ヒーローを引退した少女は、飛ばされた異世界で第二の人生を送る
金のゆでたまご
第一部
(プロローグ)宿命
ヒロイン:煌輝 春歌(アルティメットガール)
近況ノート:アルティメットガール イメージイラスト(AI画像)へ
https://kakuyomu.jp/users/PUON/news/16818792438510039915
2〇XX年 某日
大空を翔けめぐりぶつかるふたつの影。あるときは眩い光、あるときは漆黒の暗闇をまき散らしながら、その衝撃が地上を揺るがしている。日本の東京湾に建設された新世紀エネルギー研究所の上空で、善と悪の決戦がおこなわれていた。
人の闇から生まれたとされる黒い念。善と悪の混沌は許さず、すべてを黒く染めるために世界にあらゆる悪意を振りまき、人類を咎人へと落とす者。黒い霧に包まれた謎の存在。名をネガという。
そんな悪と戦うのは、英雄豪傑、疾風迅雷、勇気凛々、優美光明、深沈厚重、不撓不屈、勧善懲悪、天下無双。究極を体現したスーパーヒーローのアルティメットガール。派手なトリコロールの全身スーツの胸にサンライトイエローに輝くエンブレムを配し、背中には長い深紅のケープをなびかせる。ひと目で正義とわかるアメコミヒーローのような姿だ。
年の頃は二十歳に届くかどうかと言われているが、その正体は一切不明。
世界の平和を望み、常人には手に負えないあらゆる脅威から人々を救う彼女は、人類の敵対者であるネガと、二年にわたり戦い続けている。そのネガを追い込むアルティメットガールも、激しい疲労とダメージで満身創痍だった。
「今日、あなたを倒す!」
強い言葉と叫びの暗示で、彼女は残った力を振り絞った。
「このままでは……ワタシが消えてしまう」
悪意の感情生命体のネガは、アルティメットガールの親とも言える博士によって仮の器に封じられ固定されてしまっていた。そこへ彼女の渾身のエネルギーを込めた打撃を流し込むことで消失させているのだ。
「ぐおぁぁぁぁぁぁぁぁ」
黒い霧のようでありながら人の形をなしているネガを肉弾戦で殴り蹴るアルティメットガールではあったが、その戦いは自身のエネルギーを全力で叩き込む諸刃の剣だった。
(苦しい。でもお父様は言っていた。心が折れない限りわたしは最強だって)
追いつめられたネガもすべてを懸けて応戦し、超高度な格闘戦の様相は失われて野蛮な乱打戦へと変貌している。
「アルティメットォォォォハンマァァァァ!」
戦いは豪快なハンマーフックがネガの脇腹あたりに痛撃してから流れが変わる。血しぶきと
「逃がさない!」
音速を超えて飛ぶ双方は空気の壁を破ってソニックブームを発生させる。
追いつくたびにネガの存在を削り消すアルティメットガールに対し、ネガは逃げの一辺倒。それを見ていた博士は何かに気が付き、アルティメットガールのチョーカーに内蔵された通信機へと声を飛ばした。
「奴の狙いはここ。新世紀エネルギー研究所だ」
博士の言うとおり、ネガは研究開発施設に飛び込んだ。
本来は警備システムや防御フィールドなど、様々なセキュリティーによって守られているのだが、ネガに心の闇を利用された者たちによって内外共に大きな被害を受け、現在はその機能を失ってしまっている。その研究所のコントロール室でシステムを掌握し、防衛システムを使ってアルティメットガールに抗っている。
ネガの気配を追って研究所内を駆け回るアルティメットガールに、再び博士から通信が入った。
「ネガは中枢コンピューター室だ」
「了解!」
入り組んだ通路を駆け抜けて研究所の地下深くに駆けつけたその場には、巨大なコンピューターが設置されている。その操作端末の前には人型の黒い霧が立っていた。
「もう、ここまでよ」
「あぁ、ここまでだな」
ネガから暗く濁った声が返ってくる。
「何をしようと無駄よ。そのエネルギー
乱れた髪、大きく弾む呼吸、傷からにじむ血液、破損した衣装、疲労を感じる体。これらはすべて、これまでにないほどの凄まじい戦いによって刻まれたモノだ。
「あなたとわたしの宿命の戦いは終わるの。死ぬ覚悟も、あきらめの観念も必要ないわ。ただ消えて」
アルティメットガールは残ったすべての力と意志を拳へと込める。通常は可視化するようなことのないこの光が彼女の力の源である。悪を打ち砕かんとする彼女の意志が、光という形で顕現した。
「アルティメットガール……確かにオマエは最強だ。ワタシのすべてを跳ね返してきた」
この声は、これまでよりもずっと暗くざらついていた。
「そうね。わたしは世界の人々の希望なの。どんな悪にも負けないわ」
「だが、オマエが最強であろうとワタシは滅びぬ。なぜなら、ワタシは無敵だからだ」
「今まさに消えそうなあなたが言えたこと? 遺言としてはお粗末ね。無敵というなら敵がいなくなるように、わたしの手で無に帰してあげる」
そんな言葉遊びとも言えるやり取りをしているとき、施設内に博士の声が流れた。
「奴はここのコンピューターと同化して、何かを企んでいるぞ」
「させないわ!」
その言葉を発したとき、彼女の太ももに向かってレーザーが撃たれた。
「あぁぁ!」
貫通こそしなかったものの、彼女を包むアルティメットスーツを打ち破って皮膚を焼いた。
「あははははははっ!」
その笑い声はおぞましく響き、彼女の臓腑を震わせた。
「ワタシを消すためにアストラルパワーを使い過ぎたようだな。大きなダメージと疲労も重なって、アストラルアーマーも弱々しいぞ」
チャージされたレーザーが再び撃たれ、身をかわそうとした彼女の肩を焼いた。
「うぅあぁぁぁ」
「この施設のシステムは乗っ取った。セキュリティシステムも掌握済みだ。第六世代型の動力炉が生み出したエネルギーを撃ち出すこのレーザーは、弱ったオマエには
壁からは強烈な衝撃波が放たれ、レーザーは雨のように降り注ぐ。今の疲弊しきった彼女にはすべてを回避することはできない。しかし、跳びはね転げるアルティメットガールのその手に溜めた力は、わずかにも揺らぐことなく
「なぶるのもここまでだ。動力炉を臨界まで上げたレーザーに今のオマエが耐えられるか試してみよう」
「それは厄介ね。でもその動力炉のエネルギーの脅威が、わたしにだけ適用されるとは限らないわよ」
「なんだと?!」
「あなたを完全に消滅させるためには、それくらいのエネルギーは必要なの。万が一にもわたしの力だけでは足りないなんてことがあっては困るから、こうなるように仕向けたのよ。名演技だったでしょ?」
「狙っていたというのか?!」
「あなたとはそこそこ長い付き合いだからね。お父さまにシステムのセーフティーレベルを下げておいてもらったわ。わたしたちがそれをやったら怪しまれるから、あなたに動力炉の暴走を手伝ってもらったってわけ」
アルティメットガールの拳がさらに強く光る。ゆるぎない心こそ、彼女の力の源であり、ネガにとって致命となる危険なモノなのだ。
「たとえ、あなたがこの施設のどこかに逃げ込むことができたとしても関係ない。この世界の次元を打ち破って跳躍するようなエネルギーが一瞬であなたを消し去るわ」
「そんなことをしたらこの施設だけではなく、日本を越えて数万キロが消滅するぞ!」
人々に絶望を与える者が絶望の声で叫ぶ。対してアルティメットガールは優しくも冷たい言葉で返した。
「言ったでしょ。この世界の次元を打ち破って跳躍するって。あなたを消滅させる爆発自体もこの次元から飛ばすから心配ないわ」
「次元からも飛ばす……だと? そうなれば、さすがのオマエも死ぬのだぞ。それでもいいのか?」
この問いに彼女は一瞬だけ言葉を詰まらすも、澄み渡る空のような心で微笑みながらネガに答えた。
「やり残したこともあるし、これからやりたいこともある。欲しいものもいっぱいあるし、手に入れられなかったモノも数えきれない。でも、あなたがいる世界でそれは叶わない。だから、あなたのいない来世で叶えることにするわ」
この状況に笑みさえ浮かべるアルティメットガールを見たネガからは、彼女がこれまで感じたどんな負の感情よりも強く、汚く、荒々しい激情の色が発っせられていた。
「未練を残した死の間際でさえ笑うだと?! ゆるさん! オマエは絶望と悲嘆と恐怖と後悔と嫉妬と憎悪と空虚の中で死んでいかなければならない! いや、ワタシがそうやって殺さなければならないのだ!」
だが、そんな呪いの言葉を彼女はすべて受け流す。
「さよなら、ネガ。あなたとの宿命は今日で終止符よ」
拳を体側に引き絞ったアルティメットガールに向けて、臨界まで高めた動力炉のエネルギーですべてのレーザーが撃ち出された。しかし、アルティメットガールから放たれる力によってレーザーはかき消されてしまい彼女には届かない。
「アルティメット……」
次の瞬間、紫電が駆け抜けた。
「スーパーライト!」
残光を引く究極の正拳がネガを打ち抜き、解放された彼女の力が内側から弾ける。その直後、臨界を超えた動力炉の爆発がすべてを飲み込んだ。
音さえも消し去ったように沈黙する研究所跡地。爆発の反動によって猛烈な風が集まり暴風が吹き荒れる。球形に抉られたその場には、アルティメットガールとネガの痕跡など微塵も残っていなかった。
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