第五話:ハイタイム

Scene-01 ヒビヤ・トライガン

「うーん……」


 日比谷三角の天井を見つめながら、首を捻って唸った。

 目の前のテーブルには、ニュート一緒に考えた内容やら思いついたことを記したノートやらメモ帳がうずたかく積み上げられている。

 そのニュートは大股を開いたスカートの間に入って、ぐったりしながら頭を抱えている。


『詳細がさっぱり分からん状況でどうレベルアップするかを決めるとか、難しいにも程がある』

「だよねー」


 お陰で前回の三人組についても、あまり調査は進められてない。

 足取りは結社に教えてあるけど……


 しかし方向性かー、ほうこうせいね……そんなこと呟きつつ、ニュートと一緒に溜息をつく。

 前回あった事件の最後で、イース人から再びの案内を受けている。


 よい。大変よい。グッド。

 なのだけれども、問題はヒントの類が何もないことだ。

 どうしろと!


「《イースの大いなる種族》について調べればいいかと思ってたけど、全然データがないなー」

『確かに固有の魔術とか聞かんよな……いっそ、電撃銃とかにしておくか?』


 電撃銃。別名エレクトリカル・チャージャーは、イースの大いなる種族が持つ武器だ。

 見た目は箱。

 どういう原理かは知らないけど、電気の塊としかいいようのない物を無尽蔵に撃てる。

 威力はそこそこ……なんだけれども!


「令和に帰還できなさそーなのは嫌だ」


 チラっとメモに視線を飛ばす。

 そこにはニュートを蒼く塗る、鼠に耳を囓ってもらう、お腹にポケットを付けると走り書きされている。

 あと却下のネコパンチ跡が、バンバンバン!


『どら焼きを食うまでなら譲歩せんでもないが……それはそれとして、ならばどうするかだ』

「《時》を操る力を伸ばしたいんだけど、どういうのがあるのかサッパリなんだよねー」


 そうなのだ。

 時を超える力に関する詳細が、まったくと言っていいほど残っていない。

 エルトダウンシャーズとナコト写本くらいかな……って、どっちも無いんだけど!

 というか、あったら大変だ。

 超ド特級のブラックブックの上に、どちらも作者はイース人だと言われている。何が起こるか。


「ニュートはイース人のアーカイブを読めるんだよね。なら、そこから何か調べられないかな?」

『瑛音……本棚を想像しろ。世界最大サイズのを』


 ??


「――したけど」

『次は、それが惑星の地表全てを埋め尽くすほど並んでいるところ想像してくれ。無論、本はぎっしり……』

「で?」

『イースのアーカイブはそーゆー場所だ』


 本屋の惑星をチラっと想像し、コメカミをグリグリと指で揉む。

 本当に痛くなりそうだ。

 

「そんな巨大なところから、イース人はどうやって本を探すの?」

『歩いてだな。とても嬉しそうに歩いて本を探す。時には目的外の本に足を止め、ゆっくりと読書に浸ったりもする。自分が書く方に回ることもあるぞ』

「ああ……そっか、精神と時の部屋にいる不死の神様だよね。彼ら、彼女ら」


 そもそも何故に本か……という疑問は絶対口にするなとニュートから言い含められている。

 僕はイース人のエージェントだ。

 本についての魅力を語りに現れる可能性を否定できないらしい。

 もしそうなれば、浦島太郎やリップ・ヴァン・ウィンクルの二の舞となる――とは、ニュートの談。


「呼び出して聞く……のは、よろしくないんだっけ?」

『うむ、イース人の作法に反する』


 むむむ。

 なら自分で考え、選ばないとダメか……

 時間に関係する魔術ねー

 それでいて初心者タイムトラベラーである自分にもデメリットが少ない奴を。

 特に《ティンダロスの猟犬》に対面するような事態は避けたい。


「――ん?」


 コンコン……

 そんな控え目なノックに、ガチャっと扉の開く音が続いた。

 隙間からそーっと覗き込んできたのは、少年用スーツの景貴とドレス姿の清華だった。

 手にはサンドイッチの山が乗ったお皿……ああ、お昼ご飯か。


「瑛音様、ご飯をお持ちしました」

「少々ご休息いたしませんか?」

「ありがとー」


 んー! と伸びをする。

 転生前よりずっと柔らかいので、腰とかが派手に曲がって捻れる。

 ニュートも同じように逆エビで大あくび。

 その間に清華がささっとテーブルの一角を片付け、そこに景貴が大量のサンドイッチと紅茶のポットを乗せた。

 ホテル備え付けカップに紅茶を注ぐと、良い香りがふわりと広がる。

 双子はトテトテと歩み寄り、ぽすんとソファの両側で僕を挟むように座った。

 美少女と、美少女顔の美少年に挟まれる。


「瑛音さま、何かお悩みのようですが……」

「イース人の宿題がちょっとねー」


 ぱくっ。

 サンドイッチから胡瓜の青さとバターの風味が広がった。

 マーガリンは使ってない。

 なにしろ、まだ発明されてないからさ。

 マーガリンがないから人々が健康かというと、別にそーゆーことはない。そもそも大正の方が死亡率は圧倒的に高い。

 

「瑛音さま……あの」

「ん?」


 清華がテーブルの資料の束を見てから、そーっとこっちを覗き込んできた。

 伯爵家のご令孫であり、堂々の美少女である。

 それが大きな瞳を伏し目がちにして、こっちを覗き込んでくる。

 僕を挟んで反対側にいる景貴も、美少女顔をちょこんと僕の肩へ乗っけるようにして身を寄せてきて……なんだ?


「どしたん?」

「瑛音さま、もしや未来へお帰りになられてしまうのでしょうか……」

「……」


 清華が僕の服をきゅっと掴み、景貴も体温を感じる面積をじわりと広げる。

 ああ、そういう。


「帰還を諦めたりはしない」


 呟き、立ち上がると二人から離れた。

 置いていかれた景貴と清華が悲しそうにこちらを見る。


「でも、まだ帰らない」


 トコトコ歩いて、ソードホルダーに収めたままの愛剣をすらりと引き抜いた。

 石とも金属ともつかない、柄まで一体形成の両刃剣。

 これこそ《接触》魔術の究極にして極北、僕の愛剣プラトー


 これ抜くと写されるんだよね……イース人に。

 なので身だしなみに気が抜けない。

 こないだ写した一部を見せてもらったけども、最初の頃はまあ酷いもので……特にパンツとかは勘弁して欲しい。

 パチンと剣を戻してから双子の間に戻った。


「これはイース人から与えられた使命その物。果たすまでは、過去でも未来でもなく、ここ――に留まる。もうしばらくはよろしくね、景貴、清華」

「瑛音様……!」


 破顔した景貴と清華が左右から抱きついてきた。

 悪い気はしないな、うん。

 あと格好いいことを言ってはみたけど、帰りたくても帰れないのが正しいわけですが……

 

 胸中で嘆息しつつサンドイッチをパクリ。もくもく。

 ニュートに炭水化物は駄目なので、中の胡瓜とかポテサラを分けてあげる。

 ハムは少しならいいかな。

 最後にバターを舐めさせてあげると、ニュートは満足そうに膝に戻った。

 分けた残りは僕が食べる。

 

『瑛音、さっきのだが……お前が言った通りでいいと思う』

「何のこと?」

『勿論、レベルアップのことだ』

「??」


 聞き返そうとしたところで電話が鳴った。

 景貴が立ち上がると、木と金属とゴムでできた箱から古風な受話器を取り上げ、耳に当てる。


「はい……ああ、村茉ムラマツさん」


 景貴が魔術結社の偉い人の名を呼ぶ。

 仕事か……なら急いでご飯。

 残りのサンドイッチを紅茶で流し込んでいると、景貴の気配が変わった。

 凛々しい目つきでこちらを見る。

 

「――瑛音様、例の連中の一人が日比谷三角へ向かっているとの報が」

「ダゴン秘密教団の三銃士って奴? それのどれ?」


 ついこないだイプティックの末裔を焚きつけて犯罪に走らせた三人の住所氏名年齢職業は、既に調べてある。

 僕は過去を自由に見ることができるチート能力を持ってるからね!

 ただ教団そのものが動き出したら厄介極まりないので、現在は慎重に背後を洗っている最中だ。

 景貴が電話口で二、三話すと、こっちに向き直った。


「――山田武生ヤマダ=タケオだそうです」

「丸刈り眼鏡さんか」


 三人とも東京に住んでるんだけど、この人だけ実家住まいだ。

 なおかつ事件後に一度帰宅している。

 くく……なので、プライベートは丸裸だ。ただ視たことに気付かれたら厄介なので、教団についてはまだだけど。


 ちなみにダゴン秘密教団だけど、存在自体は秘密じゃない。

 住所も公開されていて、えーと……米国のマサチューセッツ州、エセックスのどっかにある、ニュー・チャーチ・グリーンだっけ。

 素っ気ないけどパンフレットとかもある。

 ただ黄金の夜明け団とかフリーメイソンみたいに、構成員や教義、ルールは部外秘にしてる。

 それ自体は珍しくないけどね。

 だから実際は《教義とかが部外秘》教団なんだけど、語呂が悪いので秘密教団……なのは、いいとして!


「公開情報の範囲では三銃士なんて役職はない、折角来てくれたんだから本人に聞いてみようか」

『その前にレベルアップだ。瑛音、どうする?」


 む。むむ。

 悩んでいるとニュートがニヤリと笑った。

 ああ、そういえば何か言ってたっけ。


「ニュート、さっき言ってたの意味を教えて」

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