第35話 最期まで ※パトリック王子視点

 パトリック王子は捕らえられて、牢屋に放り込まれた。薄汚い部屋で過ごすなんて生まれて初めてで、看守の対応も悪く、出される食事も粗末。屈辱の日々を過ごしていた。


 側近たちも捕らえられたようで、助けは期待できない。希望もないまま、いつまでこんな生活が続くのかと彼は絶望していた。


 そんな時に、彼女が生きていることを知った。


「護国の聖女だったクローディ様が王国に残ってくれていたら、こんな大変な事にはならなかったのになぁ」

「ホントだよ。まさか、帝国に行ってしまわれたなんて」

「それもこれも、この王子が王国から彼女を追放してしまったから、らしいぞ」

「なんてことを。それじゃあ、護国の聖女が王国に戻ってくることは無いのか」


 クローディが、生きている? 看守たちの雑談を耳にして、パトリック王子は目を見開いた。


 帝国から伝わってきた情報について看守たちがわざと周りに聞こえるように語り、王子を非難する。


 護国の聖女だったクローディは帝国に居るらしい。王子が追放したせいで、彼女は王国から去ってしまった。そのせいで、王国の聖域は失われた。今の王国の状況は、お前のせいだと。


 だけど、看守たちの話を聞いたパトリック王子に反省する様子は見られない。


 絶望の淵に立たされていた彼の心に、一筋の光が差した。そうか! クローディが生きていたのか!! まだ、希望はあったんだ。


 かつて婚約者だった彼女。今の状況を知ったら、きっと助けに来てくれるはずだ。この牢屋から出してくれるに違いない。何の根拠もなく、彼は信じていた。そして、待ち続けた。


 とうとう処刑の日がやってきた。兵士に連行されるパトリック王子は焦るけれど、不安はなかった。きっと、彼女の耳にも届いているはずだ。そうすれば、必ず助けに来てくれるはずだから。婚約は破棄したけれど、それまでに培ってきた関係が残っているはずだから。見捨てないはず。


「きっと、クローディが助けに来てくれるはずだ……。まだ私は、死ねない。王国のためにも……」


 牢屋での生活ですっかりやせ細ってしまった彼は、まだ助けが来てくれると信じて疑わなかった。そんな彼の様子を見て、兵士達は憐れむような視線を向ける。彼は、狂ってしまったのだろう。この状況を受け入れられなくて。


 助かるだろうと信じ続けていた。希望を持ち続けて、不安も軽減されていた。その能天気さは、ある意味では幸せだったのかもしれない。




 断頭台の前に連れていかれたパトリック王子は急に恐怖を感じていた。民衆の前に引きずり出されて、多くの視線に晒されている。その瞬間に体が震えだした。呼吸が荒くなる。心臓が激しく脈打ち、汗が噴き出す。


 助けが来ない。もう間に合わないかもしれない。死ぬかもしれない。嫌だ、怖い。死ぬのが怖い。死にたくない。唐突に、死の恐怖が王子を襲ってきた。


「早くしろ」

「い、嫌だ……」


 兵士が急かしてくる。パトリック王子は、首を左右に振って拒否を示す。体も硬直したまま、動けない。


「た、助けてくれ! 私は悪くない! 父が何もしなかったから! 母やサブリナも助けてくれなかった! 許してくれ、クローディ! 謝るから私を助けてくれッ!」

「この期に及んで、何を言っているんだ?」

「頼む、私が悪かった! だから、処刑を中止してくれ!」


 必死に命乞いをするパトリック王子。その姿に、群衆たちは冷ややかな視線を向けている。彼らは、護国の聖女だったクローディを王子が追放した事実を知っていた。エルメノン王国が大変な状況になってしまった理由を全て知っているのだ。


「うるさい、黙れ! さっさと歩け!」

「嫌だ、嫌だぁあああああああああああっ!?」


 兵士によって、パトリック王子は断頭台に無理やり座らされる。首に縄をかけられ固定された。身動きが取れず、ただ叫ぶことしか出来ない。


「助けてくれ、クローディ!」


 最期の瞬間、彼が助けを求めたのは元婚約者だったクローディ。


 彼女の名前を叫んだ直後、彼の首は落とされた。地面に首が転がって、胴体からは血が噴き出し、倒れた体から血が流れていく。


 その光景を目撃した者たちは、少しだけ気分が晴れた気がした。

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