ロックなビートで「愛に恋」

美池蘭十郎

第1話 プロローグ1

 午後三時。焼けつくようなアスファルトの上を、人々の足音がせわしなく交差していた。土曜の下北沢、カフェと古着と音楽の匂いが混ざり合う街のど真ん中。

 突然、ギィイイィ――ンッ!! と、空気を切り裂くようなフィードバック音が鳴り響いた。


 誰もが足を止めた。耳をふさぐ者、スマホを構える者、眉をしかめる者。視線が集まった先にいたのは、黒のライダースにドクターマーチン、太ももにパッチの付いたデニムを履いた若い女だった。


 肩から下げた赤いストラトキャスターが、陽光を反射してまぶしく光る。髪は金と黒のメッシュ、瞳は一点をまっすぐ射抜くように鋭い。


 少女は、マイクを握りしめて叫んだ。


「ねぇ、投票ってさ――ダルい、面倒くさい、どうせ変わらない。そう思ってる人、正直に手ぇ挙げて? 」


 挑発的で、それでいて真っ直ぐな声音。静寂のなか、数人がちらりと手を挙げ、笑い声が起きた。


「うん、わかる。わたしもそうだった。でもね――」

 少女は一呼吸おいて、電源を入れたギターの弦を静かに鳴らす。


「もし、投票がライブみたいに熱くて、自分をぶつけられるものだったら? それでも“関係ない”って言える? 」


 背後に掲げられた横断幕には、黒地に白いペンキで力強く書かれていた。


『投票はラブレターだ! 未来へ、あなたから。』


 足元には、仮設ステージ。ドラムセット、キーボード、アンプが並び、すでにPAの音響スタッフもスタンバイしていた。まるで音楽フェス。けれど、これは単なるライブじゃない。


 ――これは、選挙だった。


 主役が、少女だった。


「名前は日向リオ(25)。元バンドマン。だけど今は――衆議院議員を目指してる!」


 どよめきが走った。笑い声、拍手、困惑。冷笑を浮かべて去っていくスーツ姿の中年男性もいれば、足を止める若者もいた。だが確かに、誰もが彼女を見ていた。


「ねぇ、政治って、誰かが代わりにやってくれるもんじゃないんだよ。**自分の未来を、自分でステージに上げること。**わたしはそのチャンスを、ギターを捨ててまで掴みにきた」


 風が吹いた。彼女の髪が舞い、マイクが風鳴りを拾う。

 リオはふっと笑って、ギターのボリュームを最大にし、コードを一発、かき鳴らした。


 ジャァアアアァァァン!!


 音は、選挙演説というよりも、戦いの開始を告げるゴングだった。


「わたしの音、聴いて。これは音楽じゃなくて、“政策”のライブ。 この国を変えるセットリスト、今日から始まる! 」


 バスドラムが打たれ、ベースが走り出す。演奏が始まると、マイクの前のリオは叫ぶように語り出す。政策の話、共感AIの可能性、MVGという投票ガイドの構想。難しい単語も、彼女が言うと音になる。リズムになる。観客の手が自然と上がる。


 ライブ会場に変貌した駅前広場で、誰かの心が確かに動いていた。


 拍手と歓声が混ざるなか、ひとりの女子高生が、ふと隣の男子に訊いた。


「この人、ほんとに議員になれるのかな? 」


「……たぶん、なるよ。てか、なってほしい」


 視線の先には、ギターをかき鳴らしながら、“ラブレター”を歌うリオの姿があった。


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