零壱

第1話 腐

夏の強い日差しが照りつける中、高校生4人組は意気揚々と別荘地へ向かっていた。


緑豊かな山々と、きらきらと輝く清流。バーベキューの煙と笑い声が、彼らの青春を謳歌していた。夜になり、焚き火の炎が揺らめく中、彼らは怪談話で盛り上がった。まさか、その話が現実になるとは知らずに。


深夜2時、静寂を破るノックの音が響いた。


トントン・・・


一番いたずら好きなタケシが、「こんな時間に誰だよ?」と不機嫌そうにドアを開けた。そこに立っていたのは、蒼白い顔をした若い女性だった。小さな赤ん坊を抱きかかえ、目はうつろで焦点が合っていない。


「すみません…道に迷ってしまって…」


か細い声で女性は言った。


「こんな時間に一人で…」


驚きながらも、優しいユウジは心配そうに声をかけた。すると、タケシがニヤニヤしながら言った。


「迷ったんなら、お礼にそこの川の水草でも摘んできてよ。じゃないと、泊めてやんねーぞ」


ケンジとマサルは顔を見合わせ、「おい、やめろよ」とたしなめようとしたが、女性は静かに頷いた。


「…分かりました」


そう言って、女性は赤ん坊を抱えたまま夜の闇に消えていった。

川のせせらぎだけが聞こえる静寂の中、不気味な音が響き始めた。


ブチ…


ブチ…



水草を引きちぎるような音。


その度に、赤ん坊のけたたましい泣き声が聞こえてくる。

それはまるで、引き裂かれるような、苦悶に満ちた叫びだった。

30分後、音と泣き声はぴたりと止んだ。


そして、再びノックの音が響いた。


トントン…


今度は、先ほどよりも重く、執拗なノックだった。


「ほら見ろ、ちゃんと謝れよな」


タケシはそう言いながら、嘲笑うようにドアを開けた。

ガチャ…


その瞬間、4人の顔から 血の気が引いた。


そこに立っていた女性は、先ほどとはまるで別人だった。


顔は血のように赤く染まり、目は憎悪に燃えている。


抱かれていた赤ん坊はぐったりと力なく、頭からは無数の髪の毛が引き抜かれ、血まみれになっていた。


女性の手にも、赤黒い血がべっとりと付着している。


「ちゃんと…持ってきたよ…ほら…」


女性は、自分の手で引き抜いた赤ん坊の髪の毛を、ニタリと歪んだ笑みを浮かべながら差し出した。


「ほら…」


その異様な光景と、耳に残る赤ん坊の悲痛な叫び声が蘇り、4人は悲鳴を上げた。


「う、うわあああああああー!」


彼らは我先にと別荘を飛び出し、必死に走り続けた。背後から、何かを引きずるような、ヌチャヌチャとした音が聞こえた気がした。


管理人の家に辿り着き、一夜を明かした翌朝、彼らは昨夜の出来事を震える声で伝えた。管理人は、彼らの話を聞くと顔面蒼白になり、信じられないといった表情で呟いた。


「やはり、出てきたか…」


管理人の話によると、戦時中、その別荘地の近くに住んでいた親子がいたという。


空襲から逃れるために山に身を隠したが、その後、二度と姿を現さなかった。


村人たちは、その親子は山の中で亡くなったのだろうと噂していた。


そして、時折、夜になると赤ん坊の泣き声が聞こえるという話もあったらしい。


「あの女性の顔、赤く染まった手、そして…髪の毛を引き抜かれた赤ん坊…」


ユウジは、昨夜の光景を思い出し、再び恐怖に体を震わせた。


あの怨念は、今もこの深山に彷徨い続けているのだろうか。そして、あの時、もしタケシがあんなことを言わなければ…。


後悔と恐怖が、彼らの心に深く刻まれた。二度と、あの別荘地を訪れることはなかったという。

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