第18話 かみのりょういき

 ……同時だった。

 

 俺・山田やまだ憂治ゆうじが、ステータス画面の俺の名前を、ステータス画面ごと、殴り割るのと。

 奴が無造作に構えた手から放った魔力の閃光が俺を呑み込んだのは。


「は! 最後まで無駄を積み重ねただけだったな。ゴミらしいと言えばゴミらしいけど」

 

 そうして男はせせら笑う。

 そんな下卑た笑いを――――明確に目覚め、ある程度回復し、立ち上がったカミトさんが笑い返した。


「……言いましたね? 貴方では入り口にすらたどり着けないと」

「なに? それがなんだって……」

「彼は、憂治君は、入り口どころか……辿り着きましたよ」

「……!!!?」


 魔力の閃光が消え果てた後、俺は立っていた。


「すごいです、やっぱり。憂治君は……最高です」


 ダメージは、微塵もない。

 むしろ全身に力が漲っていた。

 というか、身体が変わっていた。

 黒く歪になっていた身体は、ちゃんと人の形を取り戻し、青く澄んだ、鎧のようなものを纏っていた。

  

「うわぁぁ! かっこいい! かっこいいですわよユージ!」

「おお……なんか特撮ヒーローみたいな姿に変身しとる……」


 我が事のように喜ぶ懸斗けんととアリスによると、どうやららしい。

 俺には俺の全身は確認できないので、何とも言えないが視界の範囲では確かにそれっぽくなっていた。

 肩にたなびくマフラーもそれっぽく、いつの間にか手にしていた弓も、いつか特撮番組で見た武器のようなデザインをしていた。


 なんとなくステータス画面を開く。

 叩き壊したはずの画面は、新しいものへと変化していた。

 俺にはすぐに理解できない膨大な量の項目が様々に記載されているが、なんとなく一番気を引いたのは、ある部分。 


神域到達しんいきとうたつ蒼穹神歌そうきゅうしんか……?」

「それが神域に到達した貴方の力の名前です、憂治君」

「神域?」

「魔法、魔力、魔術、魔技、それらはあくまで生命活動の循環にある力。

 その領域を超越した、神の振るう力の領域、それこそが神域。

 貴方は、そこに到達したのです。

 手にしているその弓は、その証たる神具に間違いありません」

「神具――!? これが……!」

「……なんだよそれ」


 呆然と、愕然と男が呟いた。

 少し前までの自信満々な様子は消え果てていて、信じられないものを見るかのようにこちらを見ていた。


「どうして生きてるんだよ、おかしいじゃないか、ありえない、ありえるはずがない。

 お前みたいなゴミが、レベル10の雑魚が、俺が手に入れられなかったものを、手にしてるなんて。

 た、ただの張りぼてだ、そんなの、ほら、ステータスを見ろよ! 

 お前のステータスは確かに上昇してるけど、俺から見れば毛が生えた程度……」

「貴方には、そう見えるでしょうね。

 到達したものの力を、到達していない者は正確には測れないのですから」


 アリスが羽織っていたマントを受け取り、半裸の身体に纏いながらカミトさんは言った。

 その言葉に懸斗とアリスがなぜか自信満々に頷く。


「うん、俺達にはさっぱりだな」

「そうですわね。でもきっとめちゃ強ですわ」

「ああ、そうだろうなぁ」

「見た目の印象で言ってない? 二人共」

「ふふふ、でも、正しいです。張りぼてと決めつける人よりはね」

「なら張りぼてだって事を証明してやるよ……!」


 そう叫ぶと、男は魔力を全身から吹き上げた。

 その力の奔流を受けて、男の纏った鎧が鋭角的に変化、何処から……いや、鎧が作る空間に収納していた槍を取り出し、俺へと疾駆した。

 速度はまさに疾風迅雷、一筋の閃光のようだった。

 以前の、先程までの俺であればそう表現する事も出来たかどうか、いや、きっと無理だっただろう。


 だけど、今の俺は違う。

 全身が強化を越えた強化に包まれているからか、男の攻撃が、攻撃の先の展開まで容易に把握する事が出来た。

 避ける事は簡単だ。

 だけど、周囲に、近くに集まっていた皆に余波を届けさせたくはなかったので、

 手にした弓を半ばから分割、二つの剣の形にして受け止め、軽く弾き飛ばした。

 色々な武器の練習をした甲斐あって、双剣も無理なく使えている。


「ぎゃああっ!?」


 軽くのつもりだったのだが、男は大きく吹き飛ばされ、竜が鎮座していた辺りに叩きつけてしまった。

 と思ったが、叩きつけられる際、鎧から吹き上げた魔力で体勢を整え、より速度を上げて俺に襲い掛かる。

 今度は俺と同じく双剣を取り出していた。

 皆を巻き込まないよう、俺は余裕をもって跳躍する。


「見えてんだよクソがッ!」


 魔力の放出で空中で軌道を変えた男は俺の背後へと回り込む。

 だけど、余裕をもって見切っていた俺は冷静に、繰り出された双剣を双剣で受け止め、破壊。


「なっ!? これは俺が魔竜を討伐してその素材で作った……」


 何か言っていたが、直後剣を持ったまま殴りつけて吹き飛ばしたので、後半の声は聞こえなかった。

 ……今度は体勢を立て直す余裕がなかったらしく、先程激突しかけたすぐ隣の岩肌に今度こそ激突した。


「クソが雑魚が、カスが……!」


 崩れてきた岩の山から這い出て、男は俺を睨み付けていた。


「ゴミみたいな雑魚生活してるお前みたいな奴が、俺を上回る……ありえてたまるもんかっ!

 十年だぞ! てめぇとは比べ物にならない戦いを、冒険を経験してきたんだ!」

「……確かに、俺は雑魚だし、アンタから見れば面白くもなんともない生活かもしれない。

 アンタほど凄い冒険を俺はまだした事がないし、そんな中でも失敗ばかりだったよ。

 だけど、ここにいる皆とのその生活が俺は凄く楽しいし、その日々が、失敗が一つでも欠けてたら、今掴むことができたこの力はきっと、貸してはもらえなかったよ」

「貸して……そう、そうだよ! 分かってるじゃねーか! その力は棚から牡丹餅なんだよ!

 お前にふさわしくない! 俺のものだ! 俺が奪う……!!」


 そう言うと、男の鎧がいきなりパージ、嵐のように渦巻いていき、やがて一振りの巨大な剣となった。

 剣からあふれ出す力は……天変地異そのもの。魔力の嵐。まさに理不尽な力の塊だった。

 直撃したら、今の俺でも流石にただでは済まないだろう。


「おいおいおい、冷や汗出てきたぞ……」

「さすがに、怖いですわね」

「……大丈夫です」

 

 カミトさんが、目を合わせて頷いてくれた。

 ああ、呪文はまだ俺の中にある。

 だから、恐れも迷いもない。


「消し飛んで死ねぇぇえ!!!」

 

 天変地異の塊が放出される。


「趣旨変わってるぞ、それ」


 それを見て、俺は双剣にしていたものを再び組み合わせ、弓へと変化させ、構えた。

 そしてそのまま、何かを放つでもなく神具たる弓で、男から解き放たれたエネルギーを真正面から受け止めた。


「な、にぃぃぃぃぃっ!!?」


 弓へと変形した際の、弓を握る手の部分、それを保護する装甲部位に収められた宝玉が放たれたエネルギーを吸収していく。


「……空に力を幾ら放っても、受け流されるだけ。受け止められるだけ。

 その事への怒号さえも神への歌に変えて力に変える。

 それがこの力、蒼穹神歌……!!!」


 奔流を受け止め切った俺は、間髪入れず、そのエネルギーをそのまま撃ち返した。

 

「バカな馬鹿なばかな……!! しょ、召喚! わがアルティメットゴーレ……!!」


 壁にしようと思ったのか、おそらく特別な素材で製造されたとんでもないゴーレムを召喚するも。

 それは彼自身が放った遠慮のない一撃に全身を削り取られ、消え果てた。 

 そしてそのまま直進し、彼に直撃する……!


「ぐっぎゃぁぁああああああああああああああああああああ!!?!」


 最後の悪あがきで蓄魔の鎧を再度纏うものの、それでも防ぐことはかなわず鎧がバラバラに砕け散り、消滅していく。


「俺のッ、俺の十年がぁあぁぁぁぁぁぁぁぁあぁあっ!!!????」


 なにやらうるさいが、そのままだと岩肌に直撃どころか、大自然を破壊しかねないので、その寸前で軌道をそらし、空へと打ち上げる。

 実際の空も、俺の蒼穹神歌と同様に力を受け止めて、受け流してくれた。


「……よかった」


 軌道上に運悪く巻き込まれる鳥などがいなかった事に安堵の息を零しつつ、俺は振り向いてみんなの無事を確認する。

 全員元気そうにサムズアップしているので改めて安心した。

 直後、あの男がエネルギーの奔流から解放されたのか、空から落下し、地面に叩きつけられた。


「うぎ、くそ、なんで……」


 まぁギリギリ生き残るだろうという計算は正しかったようだ。

 別にこちらには安堵の息を吐くつもりはない。微塵もない。


「さて。多分漫画の主人公みたいな良い人なら、もうこれ以上は可愛そうだからと見逃すところなんだろうけど。

 ……てめぇが馬鹿にした諸々を許せるわけがないよなぁ?」


 生憎、俺は、少なくとも今の俺は、そんなに優しい人ではない。元々気が短いたちなのはまだ変わっていないのだ。


「り、理不尽だ……!」


 ボロボロのていながらも抵抗を続けるつもりか、あるいは逃げるつもりか、どうにかこうにか立ち上がった男は、俺の方を指さしながら心底恨みがましさを詰め込んだ物言いで叫んだ。


「「「「あぁん……?!」」」」


 何言ってんだコイツ、と言わんばかりの声がこの場の全員から吐き出される。

 それをまるで意に介さず、意に介するような神経を持ち合わせていないのだろう男は言葉を続けた。


「こんなことがあってたまるもんかよ……!! なんで俺が、なんで俺がこんな目に!」 

「「「……なんで?」」」


 その発言に、俺と懸斗とアリスの眉がぴくぴくと跳ねる。

 どうやら、この期に及んで、この男はまるで分かっていないようだ。

 ならばしっかと教えてあげなくてはなるまい。

 俺達三人は顔を見合わせて頷き合う。

 アリスは喉を描き切るジェスチャーを示し、懸斗はサムズアップを逆向きにした。俺達の気持ちは間違いなく一つだった。

 万が一の反撃がないとも限らないので、申し訳ないが俺が代表者となるのは許してもらおう。

 ……カミトさんは少し困惑した様子であったが、優しい彼女に負ってほしくないのであえて今はおいておこう。


「そんなの決まってるだろうが」


 最初は歩きながら。


「ええ、決まってますわ」


 二人の言葉に後押しされるように徐々に速度を上げて走り、加速をつけて、地面を跳躍。


「「「てめぇがうちの推しを泣かせたからに決まってるだろうがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!

 こんのクソやろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」」」


 我ながら惚れ惚れする飛び蹴りが、男の腹部に突き刺さり、吹っ飛ばした。

 男は地面に激突、大いに転がり地べたを嘗め、最後は火竜のフンの中に埋もれる事となった。

 だが、正直留飲は下がらない。


「……ちっ、まだ腹立つな」

「同感だな。髪の毛でも全部剃ろうぜ。ナイフを貸すから、お前らも手伝ってくれよ」

「手ぬるい。その上で全裸で市中引き回しの刑にするのはいかがかしら?

 カミト様の服を破いた罪も積み立てられたわけですし」

「「それだ!!!」」

「う、ううーん、止めたいような止めたくないような……」

「あ」

「どうかしましたの、ユージ」

「いやすごくどうでもいいことなんだけどさ。

 こいつの名前ってなんだっけ?」

「……?!」

「さぁ? 全然記憶にございませんわね」

「ああ、俺も知らん。聞いたかもしれんが忘れたし、覚えたくもない」

「「同感」ですわね」

「……ぷ」

「ん?」

「姐さん?」

「カミトさん?」

「ふ、ふ、はははははははは! みんな、すごいなぁ……すごく、素敵です……はははは!」


 そうしてカミトさんは大いに笑った。

 涙が出るくらい、大いに大いに笑いまくった。

 俺達もつられて笑いまくった。

 ものすごく楽しそうなカミトさんにつられずにはいられなかった。


 こんなに笑ったのは――――きっと生まれて初めてだった。

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