第21話 花火大会

 潮風が涼しく、波の音が聞こえる。

 時刻は十八時。

 俺は夏祭りのために富士ヶ浜まで来ていた。

 富士ヶ浜というと高知県の須崎市にある浜で、見た感じ全長数キロくらいの長さがあるところだ。

 近くには魚市場や漁業組合がある。

 出店がところ狭しと並んでいて、見ていて飽きない。

 俺は峠崎と杉並と一緒に屋台を見て回っていた。

「じゃあ、何か買いに行こう!焼きそばもあるし、たこ焼き、りんご飴、かき氷、ポテトも外せないね!」

「そうだな。色々と店があって目移りするな」

「そうね。私はかき氷が食べたいわ」

「それじゃあ、かき氷食べに行こうよ!この近くにかき氷の出店があったよね?」

 そう言いながら近くの出店の方まで向かう。

「レモンとかメロン、ブルーハワイにコーラまであるな。どれにするか迷うな。てかレモンって見ると米津○師の『Lemon』しか出てこないな」

 後は、新一が好きなレモンパイとかあったな。

「私はイチゴ一択よ。スタンダードこそ王道よ」

 スタンダードやら、スタンピードやら言う峠崎は真っ先に決めたようだ。王道と言えば、バ○マン。の主人公たちは邪道のマンガを書いてたな。友情、努力、勝利!ジャンプと言えばこれだね。

「私はどうしようかな~?メロンかブルーハワイがいいかな~?こみちみたいにイチゴも捨てがたいし」

 うーん、とテストの難問さながらに悩む杉並。

「じゃあ、峠崎に分けてもらえればいいんじゃないか?女子の間ではシェアとか普通だろ?」

 助け船を出すと、

「そうだね!じゃあ、ブルーハワイにするよ」

 そう言って店員さんに、「すいませーん!三人分のかき氷下さい」と注文した。

 なお、この店ではシロップはセルフサービスで自分でかける仕様となっている。

 かき氷を注文すると、すぐに出てくる。まぁ、そりゃそうだ。氷を削るだけだもんな。かき氷は仕入の原価が安い割には、値段がお高めだ。さぞかし儲けてるんじゃないかと邪推をしていると、杉並がこれでもかというほどブルーハワイのシロップをかけていた。まるで海水のようだ。

「おいおい、それはいくらなんでもシロップかけ過ぎじゃないのか?味が濃くなって気持ち悪くなるぞ」

「あっ、そうだね~。かけ過ぎちゃった!」

 テヘペロ☆と舌を出しながら頭を叩く。うわー、リアルでそれするやつ初めて見たわ。

「ドジね、かおりさんは。こういうのは適度にかけるのが美味しいのよ?」

「そうだぞ。物には限度ってものがあってな、シロップの分量にも限度ってものが存在するんだよ。ほら、料理番組とかの塩も適量とかだろ?それと一緒で、全体の調和を崩さない程度にかけるのがベストなんだよ」

「うん、来年以降の教訓にするよ…まぁ、シロップましましでも不味いってことはないからいいじゃん」

 シロップでひたひたになったかき氷を食べる彼女。

 溶けた氷とシロップが混じった汁を一気に飲み干すと、「ごほっ、ごほっ!」と咳き込んだ。

「ほら言わんこっちゃない。結構濃いからむせるだろ?ほら、口元にシロップついてるぞ」

 持っていたハンカチで口元を拭う。

「あ、ありがとう。いきなり口に触れるからびっくりしたよ。やっぱり、シロップ多かったね。来年からは気をつけるよ」

「そうしてくれ」

「そういや、畝間君は食べないの?途中で止まってるけど」

「ああ、そうだな。早くしないと溶けるもんな」

 彼女に言われレモン味のかき氷を一気に食べてしまう。

 やべぇ、頭がキーンとする。

「そんなに一気に食べなくてもいいわよ。案の定頭が痛くなってるじゃない。大丈夫?」

 かき氷を食べながら心配をしてくる。

「ああ、大丈夫だ。久しぶりに頭がキーンとしたわ。この感覚痛いし気分悪くなるな」

「そりゃそうよ。それでまだ屋台巡るんでしょ?どこに行くの?」

「次は焼きそば食べようよ!さっき見たとき空いてたし」

「そうだな。俺も焼きそば食べたかったし、妹にお土産頼まれてるからどのみち買わないといけないな」

 近くにあった焼きそばの屋台まで行く。

 焼きそばのソースの芳醇な香りが鼻腔と食欲を刺激する。

「畝間は妹さんの分も買うから、四つだね。すいませーん!焼きそば四つ下さい」

「はいよっ!」とタオルを巻いたいかにも漢なおじさんが答える。

 焼きそばを手早くかき混ぜる。見て分かる熟練者の手つきだ。

 五分くらい経つと焼きそばの入った袋が渡される。

「じゃあ、あそこの席で食べようよ!」

 自由席と書かれたシートの敷かれたところを指差す。

「ああ、そうしようぜ」

「ええ。そうしましょう」

 シートに座ると焼きそばの入ったプラスチックのパックを取り出す。

 パックを開けると湯気が出てくる。ソースと鰹節、添えられた紅しょうがの香りが食欲を掻き立てる。ずずっと、一口。適度にかけられたソースと若干ちじれた麺の相性が抜群だ。しっかりと野菜も火が通っていてシャキシャキして美味しい。

 屋台の焼きそば等は大量に作る分、美味しくないということが稀にあるのだが、そんなことは微塵もなく旨い。

 数分ほどで食べ終える。

「美味しかったな。ソースの加減も絶妙でなかなか良かったな」

「そうだね~。あのおじさんなかなかのやり手だね~」

「そうね。店を出すだけはあるわね」

「じゃあ、また何か食べに行くか」

「うん、そうしよう!」

「ええ。そうしましょう」

「あの黄金の唐揚げって店はどうだ?全国の唐揚げコンクールで優勝したみたいだな。美味しそうだから行こうぜ」

「そうね。いいわよ」

「うん、いいよー!」

 三人とも立ち上がり、唐揚げの店まで向かう。

 唐揚げの店は端の方にあり、少し遠い。

 暫くしてから唐揚げの店までたどり着く。いかにも旨いと分かる店構えだ。

 唐揚げは、串に刺したのを販売する形でちらほら唐揚げを歩きながら食べている人を見かけた。

 唐揚げのサイズはLサイズ、Mサイズ、Sサイズとあり、お好みで秘伝のタレをかけてもらえるサービス付きだ。

「俺はLサイズにするけど、杉並と峠崎はどうする?」

「私はMサイズにするよ~。結構唐揚げ大きいみたいだし」

「私もMサイズにするわ。杉並さんの言う通り結構大きいもの」

「じゃあ、注文してくるな」

 列に並び、順番を待つ。全国の唐揚げコンクールで優勝したというのは嘘ではなく、俺を含めたくさんの客が列を作っていた。

 前の客が唐揚げを受け取り列から退く。俺の番が来たので、

「唐揚げMサイズ二つと、Lサイズ一つ下さい。タレもお願いします」

 と注文する。

 唐揚げ屋のあんちゃんは元気な声で「合計で千円ね!」と言う。

 唐揚げは既に出来立ての物があったらしく、すぐに商品を渡される。

 紙カップの外から分かるほど、温度が高く温かい。

「待たせたな。ほい、お前らの分の唐揚げだぞ」

 そう言いながら、二人に唐揚げを手渡す。

「ありがとー!美味しそうだね」

「ありがとう、畝間君」

 二人に渡してから、唐揚げを食べ始める。肉が柔らかくて且つジューシーで美味しい。ニンニクが効いており、食欲増進に拍車がかかる。秘伝のタレもニンニク等が入っており、唐揚げ単体でも美味しいが、尚更旨味を倍増させていた。Lサイズは、かなりのボリュームがあり、一人前としては満足できる量だ。もう一個食べたいくらいだ。

 屋台を見て回りながら、あっという間に食べ終えてしまう。

「美味しかったね!全国のコンクールで優勝したのも頷けるね!」

「そうね。味付けがちょっとワイルドながらも、どこか丁寧さを感じさせる味わいだったわね。また、食べたいと思うわ」

「正直、家のかあちゃんの唐揚げより美味しかったぞ。秘伝のタレも唐揚げとの相性抜群で美味しかったな」

「そこは、畝間君のお母さんの唐揚げの方が美味しいと言いなさいよ」

 やれやれとこめかみを押さえる。

 そんな芝居じみた仕草が絵になるのだから、彼女の所作はなんというか凄い。

「私もお母さんの作る唐揚げよりも美味しいと思ったんだけど… ダメかな?」

 目を若干潤ませながら問いかける。

「かおりさんもそうなのね。全く二人揃って親泣かせね。まぁ、正直なのに越したことはないけれど」

「まぁ、それより次は何食べる?たこ焼き食べないか?妹の土産にも買っていきたいしさ」

「ええ、いいわよ。でも、私もお腹がだいぶ張ってきたからかおりさんと分けて食べることにするわ。いいわよね、かおりさん?」

「うん、私もお腹が張ってきたからこみちとシェアして食べることにするよ」

 そう言いながら、近くのたこ焼きの屋台まで行く。

 慣れた手つきでたこ焼きをひっくり返している様子が目に入る。その職人芸に惚れ惚れする。

「すいませーん。たこ焼き三パック下さい」

「了解!」と遠くまでよく通る声でたこ焼きのおじさんは答える。

 たこ焼きは今焼いているのが出来立てのようで、手早くパックに詰めソースとマヨネーズ、鰹節をふわりとかける。

「お待ちどお!」と言いながら渡されると、杉並にたこ焼きの入ったパックを渡す。

「立って食べるのもあれだから、自由席に座りに行こう。それにそろそろ花火が始まるし」

「そうだね~。花火楽しみだね」

「ええ、花火楽しみね」

 少し離れた自由席のあるところまで行き、腰をかける。

 たこ焼きのパックを開けると、ソースとたこの芳醇な香りが漂ってきた。つま楊枝で十個入りのたこ焼きを一つ摘まむ。たこにもしっかりと火が通っていて、ソースやマヨネーズとの相性が抜群だ。

 あまりにも美味しくてすぐに食べ終えてしまう。

 すると、


『まもなく花火の時間になります。もう暫くの間お待ち下さい』


 とアナウンスがされる。


「もうすぐだね!二尺玉楽しみだね!」

「そうね。二尺玉は見応えあるものね。久しぶりに見るわ」

「そういや、俺も久しぶりに花火見るな。小学生の頃以来だな」

「そうなんだ~。私は毎年花火大会来てるけど」

 そんなやり取りをしていると、


『お待たせしました!ただいまより水上花火打ち上げとなります!存分にお楽しみ下さい!』


 そうアナウンスされる。

 すると、ヒュー、という音と共に花火が打ち上がる。

 バーン、と音が鳴り花火が炸裂する。

 綺麗な火薬の花が咲き乱れる。

 それを皮切りに次々と花火が打ち上がる。

 赤や黄色、緑、青と色とりどりの大輪花が咲いては散る。

 それから小一時間ほど、花火が打ち上げられる。


『お待たせいたしました。これより名物の二尺玉を打ち上げます!音とその華やかさに注目してご覧下さい!』


 そうアナウンスされると、ヒュー、という音と一緒に花火が打ち上げられる。

 滞空時間が他の花火と比較して長く、時間にして数秒間花火の行く末を見届ける。

 ドーン!というひときわ大きい音が響き渡り、花火の火薬が炸裂する。

 体の芯まで響き渡る衝撃、インパクトだ。

 大輪の花が大きく咲き誇る。

 鮮やかで華やかでとても綺麗だ。

 ふと、彼女達の様子が気になり横目で見てみる。

 そこには花火の光に照らされた美少女二人の様子が広がっていた。

 その様子に思わず、心を奪われる。

 峠崎の水色の浴衣と、杉並のピンク色の浴衣がまるで個性を主張しあっているようだった。

 二人ともよく似合っているなと改めて思う。

 花火を見れて嬉しいという気持ちより、二人の浴衣姿を見られて嬉しいという気持ちの方が大きい。

 方や清楚可憐で、もう一方は明朗快活さを感じさせる。

 対称的な二人だが今こうして一緒にいる。

 誰かが言ったことだが、人と人の出会いは奇跡的な確率の素晴らしい出来事らしい。

 ならば、彼女達と俺との出会いも奇跡であり、これまでの思い出も出来事も軌跡である。

 そんな小さな奇跡と軌跡で俺達の物語は出来ているのだと思う。

 思わず、某緑のグループの「キセキ」が脳内BGMで流れるくらいには、気が緩んでいる。

 それだけ、彼女達といると落ち着くという深層心理の表れではないだろうか。

 もうすぐで花火が終わる。ショーダウン、エンドロールの時間だ。

 しかし、彼女達との関係は終わらない。

 命ある限り続いていくのだろう。

 この世に無限という概念はあるが、未だにそれを体現した永久機関や物、者は存在しない。

 とどのつまり、時間やこの世の一切合財のもの、四字熟語で言えば森羅万象は有限である。

 いつかはなくなり、失うものだ。

 だからこそ、この時だけでもゆっくりと時間が流れてほしい。

 モラトリアム的なことかもしれないが、それでもすがりたい。

 少年の思いとは、うらはらに花火は次々と打ち上がり、時間もどんどん過ぎていく。

 最後の二尺玉が打ち上がり、それで花火は終了する。

 潮風と火薬の匂いと共に今日という一日が終わるのである。

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