3.迷走

「絶対。犯人を捕まえるんやからな」

寺井社長は、涙ぐんでいた。


何だか、いつもと違う。

何が、そこまで寺井社長を突き動かしたのか不明だ。


人探しは、何度か経験している。

しかし、殺人犯人を探した事はない。


警察でも無いのに無理だろう。

そう、龍治が寺井社長に文句を云った。


「だから、警察に協力するのよ」

寺井社長が、龍治から目を外らせて云った。


寺井社長が、無報酬で動く訳がない。

何か隠している。


鈴木さんの娘さんから、ジャックを暫く預かってくれと依頼されている。

寺井社長が、引き受けた。


しかし、その程度の依頼の報酬で、これだけの肩入れはあり得ない。

何かあると思っていた。


やはり、理由があった。

鈴木さんの娘婿、平沢健治とその娘が、事件の一報を聞き、帰省している。


平沢は、白亀建材の素材開発部に所属している。

栗林営業所では、工場勤務だった。

建材に関する基礎を学んでいた。

東京へ転勤になって、本格的に素材の研究に従事していた。


いくつか、新建材を開発した。

しかし、どうやら課長に、成果を横取りされているようだ。


そんな時、「何でもするゾウ」の寺井社長と、ジャックの事で知り合った。


どういう事情か、分からないが、寺井社長から花宮水産への転職を勧められた。

それで、転職を考えていた。

ちょっと、畑違いのような気もするが、とにかく、寺井社長の肩入れが強烈だったらしい。


その辺りは、千景から聞いていた。

千景が珍しく、「何でもするゾウ」を訪ねた時、偶々、鈴木さんの孫娘、平沢真由さんが居た。

その後、千景は、平沢真由さんと、進学の事で、よく相談していた。

それで、その辺りの情報を得たようだ。


ただ、千景が得た情報は、それだけではなかった。

鈴木さんは、ある女性とトラブルになっていた。


原因は、よくある金銭の貸し借りだ。

鈴木さんは、ある女性に、二百万円を貸付た。

月々、二万円の返済を約束していた。

しかし、この半年くらい滞っている。


その女性の父親が入院して、その費用が嵩むという事だ。

更に、後、二百万円を貸してほしいと云う。


鈴木さんがどう思っていたのかは、分からない。

ただ、平沢さんは、止めた方が良いと思っていた。

実は、最初に貸した二百万円は、平沢さんからのお金だった。


そんな事を考えながら、ジャックの散歩に付き合っていた。

そう、ジャックの散歩だ。


兎にも角にも、ジャックの散歩が先決だ。

当分、ジャックの一日二回の散歩は、弘が担当する。


少し迷ったが、土手道コースを散歩するコースにした。


ジャックは、土手の草叢を丹念に匂いを嗅ぐ。

気に入ったら、後ろの片足を上げる。

用事が終わったら、また、丹念に匂いを嗅ぐ。


ゆっくり、土手道をジャックと散歩していた。


中古川二号橋の手前で、女性に会った。

「ジャック。じゃないの?」

女性は、ジャックの名を知っていた。


弘は、女性に軽く会釈して通り過ぎようとした。


「あのう。鈴木さんは、元気なのですか」

女性は、更に話し掛けて来た。


「失礼しました。私、磯田といいます」

弘の怪訝な表情に気付いて、女性が名乗った。


ジャックが、また、逸れて、鈴木さんの元へ戻れなくなったのかと思ったそうだ。

弘も名乗った。


何でも屋で、ジャックを預かっている事を伝えた。


「ご存知なかったですか」

弘は、鈴木さんが亡くなった事を話した。


地元で大きく殺人事件が報道された。

磯田さんは驚いた。


磯田さんは、二年前、結婚した。

隣県の石鎚山市に引越した。


磯田さんの実父が、軽度の認知症と診断された。

今日、里帰りして来ているそうだ。


鈴木さんは、土曜、日曜日以外は、ジャックの散歩に来ている筈だ。

と思ったそうだ。


磯田さんが、鈴木さんと親しくなったのは、六年前の夏だった。


あの頃の土手には、若草色の、まだ小さい蔦が生茂っていた。

一面、草木に蔓を巻いていた。


そう云えば、何でも屋で、ジャックを預かり始めたのも、六年前の夏からだ。


「ジャックが、逃げた事があるんです」

磯田さんが云った。


そうだ。思い出した。

今日と同じ、暑い夏だ。

鈴木さんが散歩していた。

ジャックが逃げた。


その時、ジャックが、見知らぬ女性に懐いて行った。

あの時の女性だった。


何度か鈴木さんが、ジャックと散歩しているのを見掛けたそうだ。


鈴木さんから挨拶された。

それから、話しをするようになった。

磯田さんは国道沿いのコンビニでパートをしていた。


鈴木さんは、何度か、散歩がてら、コンビニへも立ち寄って、飲み物を買って帰って行く。


三年後、蔦の葉は大きくなっていた。

深緑色になり、力強く、土手に沿って、一面、生茂っていた。

 

その日、鈴木さんがコンビニへ来ていた。

突然、店舗の前で、犬が吠えている。

鈴木さんが、慌てて外へ出た。

磯田さんも外へ出た。


「あっ」

男の連れた犬が、ジャックに飛び掛かっている。


鈴木さんが慌ててジャックをポールからリードを外した。


男の連れた、もう一匹の犬は、大人しく座っている。

男は、慌てて二匹の犬を連れて、自転車に乗って走り去った。


磯田さんが、鈴木さんに、ペットボトルのコーヒーを渡した。


「怪我無くて、良かったね」

磯田さんはジャックに声を掛けた。

鈴木さんは、ジャックの首の辺りを見ていた。


「あの後も、何度か揉めたらしいわ」

磯田さんが云った。


いつの間にか、蔦は更に大きくなり、艶がなくなった。

濃い深緑から色が抜け、薄緑色になった。


弘が、鈴木さんと初めて会った時、自転車に乗って、二匹の犬の散歩をしている男の話しを聞いた。

また、トラブルになったようだ。


まさか、犬のトラブルで、殺人事件は起こらないだろう。


ジャックが、地を這うように、弘を引き摺る。


「それでは」

磯田さんが、国道の方へ農道を歩いて行った。


ジャックが、鈴木さんを発見した橋の縁へ向かっている。

まだ規制線テープは、張られたままだ。

男が、土手の縁に花を供えていた。

男も黒柴を連れていた。

ジャックが男に近付いて行く。


「こら、こら」

弘が、制してもジャックは、お構い無しだ。

ジャックは、男に、じゃれ付いた。

男の連れた黒柴だ。


「おっ。ジャック。元気やったか」

男がジャックに声を掛けた。


大変やったなぁ。大丈夫か。辛いのう。

男は、鈴木さんを知っている。


「鈴木さんを」

弘は、滅多に、話し掛けたりしない。

ただ、ジャックを男が知っていた。


それだけで、口を開いていた。

「知ってるんですか」

弘は、男に尋ねた。

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真島 タカシ @mashima-t

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