第11話 竜と王女と赤髪の騎士は仲良く手をつなぎます

 セルビスとの打ち合わせが終わり、エスメとソフィアを呼んだら良く分からないがとても仲良くなっていた。

 エスメなどソフィアの事を『ソフィアお姉さま』と呼んでいるし、短時間の変化としては大きすぎて思考が追い付かない。どうなっているのだ?


「アートルム、ソフィアお姉さまが私に魔法や武術を教えてくれることになったの!」

「そうか。……ふむ、確かに戦い方は憶えさせた方が良いか。頼んだぞ、ソフィア。万が一の時はエスメの事を守ってやってくれ。我とて常に傍に居る訳では無いからな」

「そんな、アートルム様は最強の存在。その場にいなくとも奥様をお守りすることは――」

「どうやら人の姿と本来の姿とでは色々と勝手が違うようでな。慣れるのに少し時間が掛かる。長い時間がな……と言う事で今はソフィアの方が信頼できると言う事だ。大人しく受けてくれ」

「――は。謹んで承ります」

「やりましたねソフィアお姉さま! これでいつも一緒です!」


 やはりおかしい。いつものエスメではない。

 ソフィアの腕に絡みつき上目遣いで見上げている。

 ――羨ましい。我にもやっては……くれぬだろうな。


「……時にソフィアよ、何故エスメはこのようになった?」

「はい、それなのですが――」


 ソフィア曰く、『エスメは姉が欲しかったらしい』と言う事で丁度良いところにいたソフィアに白羽の矢が立ってしまったらしい。――丁度良いとは?

 更に付け加えて、十七年間と言う時間の間抑圧されていた『甘えたい』と言う衝動が今になって大爆発しているのではないかと言う推測だった。

 エスメのある種悲願がかなったというのは我としても喜ばしい事だが、うーむ。

 言葉では言い表せないが、何だかもやもやする。

 敢えて言うのならば『それは我では駄目だったのか?』だ。

 分かっている。駄目なのだろうと言う事は。しかし……。


「……」

「あの、アートルム様? ご気分がすぐれないのですか?」

「どうしたの? アートルム」

「何でも無い! ……すまん、それで? われはセルビスからソフィアが伝えたい事があるのだと聞いていたのだが、まさかだけでは無いだろう?」


 ――む、無意識に大きな声が出てしまった。人間の姿になってから感情や衝動の制御が以前よりも難しくなってきているのを感じる。表情も、気を抜けば崩れてしまいそうだ。

 より一層気を付けないとな。


「は、はい……。この場所、アルビオン領についてなのですが少々重大な問題を抱えておりまして」


 流石のエスメも真面目な雰囲気を感じ取りソフィアに絡めていた腕を解いて普通の姿勢に戻った。


「重大な問題か。人口か?」

「いえ、領民の四割以上に薬物汚染の兆候が確認されました」

「麻薬か」

「はい。種類は今までに六種類、これはそれぞれ異なる症状を持つための推測ではあるのですが……」

「大元は特定できていないのか?」

「アステリアが現在調査中です。が、ゴードン領が怪しいのではないかと言う事でした」

「ゴードン……あ、もしかして――ソフィアお姉さま」


 ソフィアの言葉でエスメが何か気付いたらしい。

 だがそれを言うのはソフィアに向けて、か。ぐぬぬ……。


「何か気付いたことが?」

「ええ、お父様から前にゴードン家には私の兄と同い年の嫡男が居て、その方が薬学に詳しいと聞いたことがあります。私はお会いしたことが無いのでその方は良く知りませんが、今それだけ思い出しました」

「――となるとやはりゴードン家がやっている事なのか?」

「いえ、そう決めつけるにはまだ早急かと思います。アステリアの報告を待ってからでも遅くはありません。――ですがこの情報はかなりの手掛かりになりました。ありがとうございます奥様」

「……もう、エスメと呼んでくださいって言っているのに」

「あはは……すみません」



 ♢



 アステリアが戻るまで下手に動けなくなってしまった我らは、ソフィアの案内で薬物被汚染者を集めていると言う集落に向かう事にした。

 全く、領主になって早々大事件だな。

 正直ゴードン領よりも、この事態を把握し切れていない王国に文句を言ってやりたい気分だ。

 ――まあ、言った所でまた面倒になるだけか。


 今は我とソフィア、そしてエスメを連れていて、エスメは我の右に。そしてソフィアは我の左を歩かせている。

 ――別にこの二人の関係性が妬ましくて一緒にさせなかったわけでは無い。……本当だぞ。


「私、ソフィアお姉さまの隣が良かったのに! 何で!」

「何でもだ」


 エスメはこう文句をタレこそするが、冒険者ギルド以来手はしっかり繋いでくるちゃっかりした女だ。可愛いな。


「ソフィアお姉さまもその方が良かったですよね?」

「そ、そうですね……あはは」


 ソフィアは明確な答えは出さずにはぐらかすが、それよりも彼女の羨ましそうな目線が気になった。

 ソフィアの目線の先には、我とエスメのつながれた手がある。

 ソフィアは誰かと手を繋ぎたいのか?

 ――そのくらいの願いなら我でも叶えてやることができる。幸いなことに今我の左手は空いているからな。


「ソフィア」

「はい、何でしょう――あっ……」


 ソフィアの手を握ってやる。

 恐らく幾千幾万の魔獣や魔物を斬ってきたであろうその手は、しかししなやかで柔らかく、かつ力強い。

 別れたあの日の面影はあれど全く違う。

 ――努力の手だな。


「あの、アートルム様これは……?」

「何やら羨ましそうに見るソフィアの目線が気になってな。間違いだったか?」

「あ、いえ…………大正解です」

「ん? ――まあ良い。エスメもこれくらいは目を瞑れよ?」

「本当なら蹴り飛ばしているところだけれど……ソフィアお姉さまたっての希望ならそれに免じて許すわ。ソフィアお姉さまだけの特別よ?」

「良かったな、ソフィア」

「……はい」

「アンタに言ってるのよこの女たらし!」

「女たらしだと?それは心外だな……」


 ソフィアが何を言ったのかよく分からなかったが、エスメのお咎めもなく、本人も嬉しそうにしているので良かった。

 そして我は女たらしではない。可能な限り関わった者に寄り添おうとしているだけだ。

 特に『超越者』のソフィアやセルビスはエリザの一件も鑑みてせめて目が届く場所に居るのならば最大限配慮したい相手だと言う理由もあるが。



 ♢



 アートルム様と手を繋いでしまいました。

 どうしましょう、手汗とか大丈夫でしょうか。

 ――いえ、しっかりするのですソフィア・ボールドウィン。この先の集落でこんな浮ついた気持ではいられません。

 今私達が会いに行くのは被害者たちです。こんなところを見せる訳には……。

 ――ああ、いっそ思い出が思い出のまま終わってしまえばこんな気持ちになることは無かったのに。

 『女たらし』ですか……確かに、正しいかも知れませんね。


 奥様が何か怪しい目でこちらを見ていますが、気付かないふりをします。

 流石は王族の血筋と言いますか、彼女の考えている事はその表層を触れる事に難しさはありませんがそれ以上の内容は全く見えません。

 アステリアのような仕事が向いているかもしれせんね。


 ――取り敢えず戦闘の指導はアステリアと共同で考えるとして、生活力なるものの指導はセルビスさんに助けてもらうとしましょうか。


「……天幕が並んでいる。あれが例の集落か?」

「――え、あ? はい、そ、そうですね。あの辺りが目的地です。ローレンスさんがいる筈なので話してきましょうか」

「ああ、頼む」


 名残惜しいですが、アートルム様の手を放して先行する。

 ――の前に、一応言った方が良いですよね。


「――特に奥様は覚悟してきてくださいね。見ていて気分の良いものではありませんから」

「え、ええ。分かりましたわお姉さま」

「……では、先に行きます。少しここで待って居て下さい」 


 私は今度こそ、駆け出して天幕連なる集落に向かった。

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