鯉恋
月夜光(つくよひかる)
第1話-落ちこぼれの行く末は-
今にして思えば、俺は何をこんなことで悩んでいたのかと笑い飛ばせもできるが、高校という青春の記憶の多くが苦しみに満ちていたというのは恥ずかしく、苦々しく思う部分があることも確かだ。しかし、それでも俺の人生は俺のものなのだからこそ、あの時の自分のことにも今の自分のことにもちゃんと向き合わないといけないのだろう。あの時の俺は、今の俺をどう思っているのだろうか。
♢
またか。またなのか。2年生の春頃だったか。嫌な目覚めだった。今日の目覚ましは、目覚まし時計ではなくて、腹の方からくる強烈な痛みだった。腹の中で暴れる虫がいるのなら腹を開いてそいつを取り出して、退治してやりたい気分だった。原因はなんとなくはわかる。生活リズムの乱れ。重い課題によるストレス。進学校だった高校について行けなくなったことからの諦め。さまざまな要因があったように思う。進学校に入りたいと望んで入ったのは結局この俺なのだから、落ちこぼれたその責任は、自分で引き受けなければならないのだと感じ、誰にも相談することはなかった。いや、正確には相談できるような相手がいなかったと言う方が正しかったと言うべきか。相談できる相手がいなければストレスは溜まるだけ。高校、というか将来というものにも期待を抱かなくなりつつあった。そして学校に行く意味を見失った。
そんな悩みを頭の中でぐるぐるさせながら布団の中でのたうち回り、海老のように身体を丸くする俺。しかし痛みが治る気配はない。しばらくすると、母親が階段を上がってくる音が聞こえてきた。思わず布団を被る。
「ねぇ、洋人(ひろと)!洋人!」
うんざりしたような声で布団の向こうの声は言う。
「今日は学校行くの?」
「腹痛い」
行かないと言えばまた何か言われそうな気がして、思わず答えにならない答えを言う。
「行くの?行かないの?」
「行か…………ない」
「はぁ」
明らかにこちらに聞こえるようなため息だった。その気苦労を俺に見せつけるためだろう。
「もう別にいいんだけどさ、学校に行けないと社会でもやっていけないでしょ」
その言葉だけ残して、声の主は去っていった。
またこの人のことが嫌いになった。この人が見ているのは自分の子供の体調ではなくて、世間体でしかないらしい。確かに金は出してもらってるが、そんなの親なら当たり前のことだとしか思えない。
シャカイデヤッテイク。その言葉の裏にどこか人間の心から離れた、恐ろしいものを感じる。そんなよくわからない宗教のために俺は生きているんじゃない。そんな信者と話し合うだけ無駄だ。そうしてトイレに駆け込んで、腹の痛みが治るのを待つ。至って平凡な絶望だった。そんな日々を耐えることがずっと続くのだろうと、思っていた。
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