4. 八月旧盆、チェイサーグラス(7)


「起きろ」

 激しく揺さぶられる。

「起きろ!」

 眩しい。誰?怒ってるのは。疲れてるんだよ……いろいろあって…… 

「あっ」

 慶は飛び起きた。現実に戻された。眩しい。明らかに朝だった。昨日、見た部屋は光に満ちていた。

「ようやくお目覚めか」

 そこには、不機嫌な顔の樹がいた。

「あ、着替えてる」

「そらそうだろ、お前、なんでここにいるんだ」

 こざっぱりとした紺色のポロシャツに着替えた樹は、風呂上りらしく、薄っすらと清潔な石鹸の香がした。

 昨日の酔いつぶれた名残りが何もないことに、慶はホッとした。

「先生、覚えてないんですか~。酔いつぶれてた先生を、オレ、送ってきてあげたのになあ。それで終電、逃したのに」

 慶は、敢えて暢気にふるまう。ベッドの横の床で寝落ちしたらしいが、薄い掛け布団がかけてある。

(冷たそうにふるまっていて、こういうところが優しいんだよな)

 慶は布団にそっと触ってから、身体を起こした。

「先生、すごい酔っ払いでしたよ。連れて帰るの、大変だったんですから」

 慶の軽口に、樹は腕を組んで突っ立ったまま、苦虫をかみつぶしたような顔でいる。

「すっごい大変だったな~、夕飯食べそこねたし~お腹ペコペコ!朝ごはん食べたいな~」

 起き上がってきた慶が近づいてくるのに、樹はチラッと視線を走らせた。腕は組んだままだ。慶がもう一歩近づくと、樹は一歩下がった。

「分かったよ。……昨日は、助かった。覚えてないけどな」

 怒ったような顔で、樹はキッチンへ入って行った。

 

 「食ったら帰れよ」

 樹がローテーブルの上に置いたのは、プロテインドリンクだった。樹は立ったままだ。

「え?」

「何だ」

「朝ごはん?」

「何か文句あるか」

「「朝ごはん、食べたいな~」って答えがこれ?」

「……悪いか」

 慶は吹き出した。樹のバツの悪そうな顔を見て、慶は吹き出した。

「あははっはは!信じられない!」

「なんだよ、料理が苦手なのは知ってるだろ」

「あはははは!苦手だからって、シェイクしたプロテインドリンクって!あーおかしい。じゃあ、オレが作ってあげるよ」

「え、いや、それは」

 樹が「困る」と言う前に、慶はかぶせていった。拒否できないように。

「オレがまともな朝ごはん、食べたいんだよ。お盆前に買った材料、残ってたっけ」

 有無を言わせずに立ち上がった慶に、樹はやっぱり、微かに身じろぎした。

(やっぱり、びびってるよね)

 何もしてないのにな、何も覚えていないようなのにな、と慶は思いながら、樹に距離を詰めないようにしながら、キッチンへ入った。


 「はい、どうぞ。材料もあまりなかったから、簡単なものだけど」

 慶が、テーブルに並べたのは、ハムエッグ、白米、納豆入りの味噌汁だった。

「冷凍ご飯がまだあったから。みそ汁はインスタントだけど」

「……旅館の朝食みたいだ」

 樹がご飯を見て感動している。

「ああ、いつもパンだもんね。オレが作るとき」

「……」

「先生?」

「あ、おお」

「あははは!先生ってほんと分かりやすいよね!」

「……何がだよ」

「「美味しそう!」って顔が言ってた」

「そ、そんな顔してない!」

 樹は、顔を真っ赤にして否定した。でも、不機嫌そうではなかった。

「食べよ、食べよ。頂きまーす」

 樹の清潔な横顔が慶の作った食事を飲み込むために、喉ぼとけが上下する様子に、慶は目を伏せた。

(怒ってたのに、びっくりするくらい無防備だな……)

 慶はため息をついた。樹はニュースを見ていて、気づかない。

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