2. 七月のコロッケサンド(3)


 チン!

 トースターの加熱を終えた音で、現実に引き戻される。

 「いや、オレは別に歓迎してないぞ、今でも。歓迎してない」

 慶が小ぶりのトマトの皮に切れ込みを入れていると、樹がさっきの返事をしてきた。

 (聞こえてなかった訳じゃないのか……)

 「そうなの?その割に、ご飯が並ぶとすごい喜んでくれるよね」

 トーストに、バターを塗る。バターなんて贅沢だ、と樹に怒られたけれど、「美味しいものが好きだから、そのためにバイトしてるんだよ」と慶が言ったら、樹はそれ以上何も言わなかった。何も言わず、いつも買ってきたもののレシート分を出してくれる。

 バターを塗って、もう一度、10秒だけトースターに入れる。バターが焦げて、さらにいい香りがするのだ。熱々のところを取り出して、レタスを挟む。表面をカリカリに仕上げたコロッケをのせ、ケチャップとマヨネーズのオーロラソースをたっぷり。レタスとパンを上から乗せて、切る。

「飯が美味いのと、お前が来るのを歓迎するのは別のことだろ」

 樹の返事がまた遅れてきた。慶が出来立てのコロッケサンドと即席トマトスープをお盆に乗せて振り返ると、樹はパソコンに何かを打ち込んでいた。また、鼻をスンと動かした。慶は思わず、吹き出した。

「なんだよ」

 樹は眉間にしわを寄せて、慶を見た。不機嫌そうだ。こんな顔、高校では見たことがなかった。

 慶は笑いながら、ローテーブルのところへお盆を持って歩く。

「先生はさあ、なんでそんなに仏頂面なわけ」

「……笑う理由なんかないいだろ、オレは元々暗い人間なんだよ」

「笑う理由ねえ……いつも不幸なの?」

「……お前は直球すぎるだろ」

 虚を突かれた顔で樹が口籠った。

「オレは、先生に美味しくご飯を食べてほしいだけ」

「……お前は、直球すぎるだろ」

 樹はますます眉間に皺を寄せて、同じことを言った。そう言いながら、ローテーブルの上を片付けて、パソコンや本を床に下ろしてくれる。

(仏頂面なのに、ご飯を楽しみにしてるのが丸分かりで面白いんだけどね)

 慶は、樹がいい匂いがしてくると鼻をスン、と動かすことも、誰にも言わないでおこうと思った。高校の時の同級生たちは、樹の素がこんなに仏頂面で不機嫌な人だと、誰も信じないだろうと思ったし、誰にも言いたくなかった。自分だけが知っていればいい、と思った。自分だけが知っている先生の顔。

 「いただきます」

 律儀に手を合わせるところ。一口目に目が輝くところ。咀嚼しながら、右上を見て、多分味付けが何かを考えているところ。名残惜し気によく噛むところ。食べるのが下手で、唇についたソースをぺろっと舐めたりするところ。オレが空気みたいになっていて、油断しているところ。突然、オレの存在を思い出して、嫌いな人参をくれたりするところ。

 慶が笑っているのを、樹は訝しげな目で見ていた。でも、「かわいい」とか言ったら絶対に怒り出すので、口にはしない。

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