第15話 世界の中指が大好きだ 【 前編 】
黄砂が
植木の下でくるくると。
つむじ風でくるくると。
ちりぢりになったサクラの花びらは黒くよどみ、汚れ、寄り集まった有機ゴミ。耳にはささやくアルコール。鼻にはきついエタノール。のどには何か異物がつまっていくような歯切れの悪い天候でした。
ぼやけた太陽の下、私とウルルはそんなゴミをはねのけて、図書館前の白いベンチに座ります。
ウルルは高校陸上時代に着ていた青のウィンドブレーカーを着込んでいました。
合成羊毛でもこもこと。
しみた汗でもこもこと。
かなり中は温かそうですが、使い込まれて色あせていました。そで口はほつれ、えり足が汚れ、血液を感じない。ぼぶっとかさばり、ベンチの半分を占めていました。
冷たいベンチ。私は彼女の顔を見ずに話します。
「ねぇ。なんで今さらそんな服を着てるの?」
猫背のウルルです。ずうっとやや下を向き、先輩のシューズをはいていました。
「ん~~~、ちょっとした正装かな。これから派手なショーのためにね」
「ショー?」
「そう。私たちは見る側で他は見られる側。
あのさあ、私たちって、やっぱ特別なんだよ。あそこでヒラリの父親の演説を聴くやつ。図書館に通うやつ。散歩しているやつ。あいつら、明日も明後日も変わらない、変えられない、その他大勢のゴミだよ。
男? 女? 子ども? 年寄り?
ん~~~ん、そんな分け方じゃない。
燃えないゴミか、燃えるゴミか、大して変わらないって。
それに引き換え、うちらは違う。
だって、これから起こること。予想外の展開を知る、マジで限られた神なんだ。
今日は土曜日。
明日は投開票日。
そして、明後日が入学式で月曜日。
カレンダー通りだとそう。でもね、真実は今日がマドカの襲撃日。そして、ヒラリの命日なの」
ウルルはピンク色の髪。
そしてこれからアメリカへ向かうと、となりにはシールを貼りまくったスーツケースがありました。
おそらく部屋で貼っていたものと同じでしょう。再利用でしょうか? 多くが見覚えがありました。
私は彼女が口も悪く、頭も悪いくせに、よくも海外へ行けるものだと内心、感心しています。それに引き換え、目の前には何か真面目すぎるエセ優等生が直立です。
選挙カーの近くでビラを配る懸命なヒラリの姿がありました。
ウルルは声高にさえずります。
「頭で動くやつはゴミなんだよ。なぜかって、ゴミはゴミの日しか考えないからね」
冷たいベンチ。私は目ヤニをたらふくつけていました。
「 ( 。-_-。)。。。どのみち土日は神もゴミも休みでしょ。
それにしてもさぁ、考えられる?
卒業旅行へ行った四人がこうして、そろって同じ場所にいる。なんか、キセキだよね。 ほおんとうに願いはかぁなう、願いはかぁなう、願いはかぁなう」
途中から、なぜかいつもより重い声でした。私は私で言葉を発しながら、よくわからない感覚へおちいりました。
ひとつひとつが何でしょう? 私の大脳が考えた言葉じゃないみたいで。
長い舌が勝手にしゃべっているような腹話術。
のどの内側に小さなスピーカーがついているような違和感でした。
頭から、ほとほとと血が下がっていきます。何でしょう? ゆっくりとセピア色になっていく。
しかし、どうやらウルルには伝わっていないようでした。
「アケミはホント、くだらないよね。変なところでセンチなんだ。
じゃあ、あそこで真剣な顔のヒラリも犯罪者ってこと? これから正義の
ヒステリー? そう、そうなのかも。
アレッ? 激しく頭をかきむしる私です。
「ねぇ、ねぇ!!
もともと図書館前って演説していいところなの? 聞いたことないけど!」
急な声に、うざがるウルルです。
「別にいいんじゃね?」
「だって本読むところだよ。うるさくしていいわけないし。どちらにしても、そんな場違いなことして票が集まるわけないけど!」
「何、知らねぇし。それにさ、ホラッ! うるさいって、クレームつけるやつもいないじゃん」
その通りでした。
職員が出て止めることもありませんでした。むしろ、拍手や歓声さえ聞こえます。
「だから、おかしいって!
一般常識と違いながら普通すぎる。まるで、この日、この場所、役者や乗り物が用意されていて、……なんか折り紙か絵本でつくられた誰かの世界のような気がするの。まるでパラレルワールド、並行世界!」
深くため息をもらすウルルです。
「(*´Д`)~~~~、アケミさん。。。 アケミさん。。。
あんたって、良くも悪くも誰かが作ったきた世界じゃん。もともと自分の世界なんてない。繰り返しのページをめくって、最後にあのページへ戻れたらと泣きべそ。
ゴミの一生なんて、そんなもんじゃん!
だったら、しゃべりもそうだけどそんな頭してきた?」
よく言う。おまえのヒトデみたいな髪色がよぉ!
私なんて、きっちりした坊主頭です。
寝るたびにマドカの指が襲ってくるから、髪ごと切ってやりました。でも、面白いもので頭って、こんなにデコボコしているのね。
マドカめ、ケフフフフッ。頭皮には真っ赤な十本の指の
火星人のような頭で熱くなっていました。やっとウルルに指摘されただけでした。
えりのついた黄色のパジャマ姿。
口紅・アイシャドウといった顔だけは派手に太書きでした。そして、首から下は無造作でサンダルばきをしていました。
冷たいベンチ。私の目玉は半分、飛び出していました。
「頭っていうけどウルルの方は全身じゃない? ひどいアザだね。階段からでも落ちたの?」
黒いアリの行列が二人の足の周りをはい上る。
VXガスを
ケフフフフッ。あいつ、もうすぐ自分も捕まるって?_知らねぇよって言ったら、キレやがって。おかげで寝不足だよ。
ウルルの顔は派手な赤と紫のコントラスト。おまけにピンク色ときたから、宇宙人そのものでした。
冷たいベンチ。デコボコの顔を彼女はつぶやきます。
「ああ、そういえば階段って。あの旅館、ベランダの階段。ホントなんだったんだろ?」
「階段? ああ、あのトイレの底の階段のこと?」
「アレッ? アレッ? アケミはあのヘンテコなトイレの存在知っていた?」
「………え、え、まあ。以前に泊まったことがあったからかも」
ヒラリは赤いドレスに白いタスキ。まるでどこかのミスコンテストに出場するような姿でした。その上で父親は
「この国はあと1000年で水没します!
それまで子どもに、未来に、何を残せるのでしょうか? 資産? 正義?
いいえ!! この先、994体の人柱が必要なのです!」
よく言う。図書館の前でよく言うぜ。
冷たいベンチ。私ののどの奥から菊の花。確信にふれるのでした。
「はい、キャッシュで30万円ね。これでウルルとは今日限りってことで。
ところで先輩のことだけど。どうやらアメリカで飲酒運転で捕まっているらしいね。ウルルが今行っても会えないと思うけど?」
私は無造作に手渡しました。
それでも、何か彼女の様子がおかしい。
一瞬、言葉を失い、そして絶叫です。
「そんんんんんん な わけない。そんなわけあるかぁぁあぁ!!!
先輩は私が殺した!!!
だから、わざわざ先輩から盗んだシューズ。今日、無理して
もともとマドカの指がゴロゴロ入ってたから、仕方なく自分でかかとを切り落とした。出っ張った自分の中指もカッターで切ったし!血染めのシューズでここまで来るのにどれだけ大変だったか!!」
カラスが私の頭に白いフンを落としていきました。
ようやく演説も一段落したころ、ヒラリは片ひざをついていました。胸にはぽっかり銃の穴。彼女の鼻は根もとからそがれ、ブタ鼻のようになっていました。赤いドレスは彼女の全身から噴き出た血量。もうすぐよつんばいになり、溶けているような蒸気とブヒブヒとした泣き声が響いたのです。
真っ暗な図書館。そこへ白いマドカのシルエットが現れます。透けて、大きな大きなシルエット。ゆれながら図書館を浮遊する。
私は指を差して、さけびました!
「そうそうそうそう!!!!
あれはマドカだ。もともぉと、ミドリなんていなかった。それどころか私は母親を殺してもないし、母親も失ってない。ウルルの先輩? ヒラリの弟? いる、全部いる。
全部、デタラメ。何かおかしい、何か異質。記憶も感触も感情も薄っぺらいハリボテ。
どこへやったの? どうしているの? おまえが仕組んだこと?」
マドカはうっすら笑みを浮かべていました。
「うん、そうだよ。おまえら三人は見られる側の世界にいるの。ミドリは看取り。今回で2回目。何度でも何度でも、絶望の網で特別に殺したいと思って。
でも、私はおまえらにずっといじめられていたこと、死んでも逃れられなかった。それは大真面目なんだわ。太巻きも制服燃やされたこともレイプまがいのこともカラスのフンを食わされたことも全部、私のトラウマの残像として!
知らなかったでしょ? 半年前に行方不明になったとき、この指を噛み千切って、あの橋でおまえらの名前を書き呪おうとした。
フンッ、でもダメだった。呪いって、等価交換らしいのよね。
だから、嫌がるお父さん、お母さん、私。一回ずつ命を落としたわけ。
ケハハハッ、ようやく成就。あと331回だ。おまえらは最低な死を繰り返す。そして、私も私の家族も何度も何度も死んでやる。過去は未来に_未来は過去に_
地獄の業火で、手と手を、指と指をからめて、永遠のキャンプファイヤーだ。
もちろん、絶対に大学には行かせないよん」
フラフラと私。火星人だと指を差され。
スーツケースをつえがわりにするウルル。老人からゴミだと差され。
よつんばいのヒラリ。淫売薬中と指を差され。
クソッ、こんなことなら橋から落ちた方がまだマシだった。たかだかアソビのイジメごとき。
ヘラヘラしてたじゃん。なんか全然、大丈夫って感じしてたじゃん。死んじゃったのは自分で決めたこと。私たちには関係ないこと。ゴミの日にいなくなれば良かった。
何が2回目? 突き立てる中指。憎しみをもって、図書館へなぐりこみました。
呪い指 シバゼミ @shibazemi
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