第9話 薬指 薬師寺妃来(ヒラリ)は尻の穴も使っていたか。

 私は近くの公園にヒラリを呼び出します。

 さびついたブランコ。わざと赤いペンキでり直されていて、緑が多い公園には周囲からも浮いていました。また、くさりの部分をにぎっていると、なんとも鉄と血の臭いがこびりつく。

 それでも、ここが待ち合わせに最適でしょう。理由は目の前のれ続けるサクラにありました。


 それは残念なといいましょうか。

 二年近く前に、薬師寺という美少年が木登りに失敗。首の骨を折って亡くなりました。しばらくの間、その木の周辺は黄色いテープで立ち入り禁止になっていました。もちろん、公園を利用する人も激減。その間にも、サクラはギニギニと枝を伸ばし、むき出しの根っこも大蛇のように伸びていました。


 それからというもの、こんなウワサがたったのです。

『このブランコをこいでいると、一瞬だけ少年の姿が見える』というもの。

 それは降り戻されたときでした。力なくたちつくす不気味な霊。首を異常な角度で曲げて、にらんでいるそうです。

 そして、戻されるたびに近づいてくるらしいのです。


 三回見たら、アウトと言われました。浮いた足をつかまれて高く飛ばされるとか。だから強制的に落ちる子も続出したそうです。どのみち、それを見た人は必ずノイローゼになると言われていました。



 私もゆっくりこいで待つこと五分ぐらいでしょう。Yシャツをパリッと着こなしたヒラリが向かってきます。ただ、前回とは真逆の口調で私に声をかけてきました。

「よくもまあ、アケミはこんなところに私を呼び出しわね」

 ヒラリはあからさまに不機嫌な様子でした。そこにはかわいさのかけらもありませんでした。

「フフッ、そうよね。ここはあなたの弟君が自殺した公園だものね」

 私の言葉にヒラリがひとにらみ。ただ、彼女は低い声で反論します。

「だから、自殺じゃないでしょ。あれはだって」

 なぜかその少年の霊は選挙期間中のみ現れないというジンクスです。私がヒラリと知り合ったのは、そのいわゆるの後でした。


 本当に偶然だったと思います。

 私はこの公園を通りかかったとき、弟君が死んでいました。そして、その死体から遺書を見つけたのです。

 とりあえず、通報! でも好奇心が勝って、それを読んでしました。


『ぼくはもう、いやなんだ。

 お父さんのために使われること。この前も女の子のかっこうをさせられて、知らないおじさんから、おしりを使われた。

 どくどくと気持ち悪い何かあふれてる。口の中にも、気持ち悪いものを入れられて、とても苦しかった。

 もう、ぼくはうんざりだ。まともにごはんもたべれない。

 それも変なクスリを毎日のまされて、頭もずうっとイタい。だからもう、何もかもスッキリさせる』


 遺書をにぎっていた手にはマニキュアでした。それどころか驚いたことに女装してたんですよ、ヒラリの弟君は!

 赤いフリルのついたスカートに、赤いリボンとドール服。

 そして、赤い口紅。

 外国の着せ替え人形というか。オモチャというかメルヘンというか。気色悪いというか美味しそうというか。

 なんとも形容できません。おそらく偉い人ならこれを芸術と呼び、なめ回してたことでしょう。


 首つりの後に、ひもが切れていました。

 落ちた角度も悪く、首が盛り上がった木の根にぶつかり、ぐにゃりと曲がっていました。

 ただ、そんなとき私は笑っていたと思います。その遺書の最後には弟君をはずかしめた大人の名前もありましたから。そして、ごていねいに回数も記録してありましたから。

 

 風もないのに、サクラが散っています。薄いピンクは何度も何度もいたぶられ、しまいには花を閉じました。

 私は真顔でつぶやきます。

「ねぇ? いまさらだけど、選挙ってなんなの?」

 ヒラリも冗談なしに答えます。

「例えるなら、便所。落ちたら、すべて終わり」



 私はヒラリに、となりのブランコへ座るようにすすめます。でも、彼女はなかなか座ろうとしません。

 そうそう。以前、ヒラリはブランコをこいだことがありました。でも、弟君の霊には会えませんでした。なぜなら、目の前ではなく後ろ。ひんやりとした手の感触。あばらを抜け、心臓をつかむような低温に固まります。

 ヒラリを押し飛ばす!

「おまえも落ちろ!」

 そのとき、聞こえたらしいのですが……。


 立ったまま、いらだっているヒラリです。

「アケミはまだ、私をおどそうとしているの? 今、とってもいそがしいんだけど」

 選挙戦も大づめです。いち有権者にかまっているヒマはないということでしょうか? なんだかとても邪険にされているようです。ここは一つ、安心させてあげましょう。

「大丈夫。レコーダーとか隠してないからさ。むしろ密室より外の方がいいんじゃない?

 風の音とか車の音とか雑音が入るからね。なんなら、ブランコをこいでもっとわからなくしておけばいいかもね。そのためにも、ここにしたんだけど」

「ねぇ、そんなことどうでもいいけど。

 レコーダーとかじゃなくて、そんなヒマないって、言ってんだけど!」

 よく見ると、彼女のきれいなこめかみが引きつっていました。


 私はもったいぶっていたのでしょう。

「ヒラリにとっても大事な情報なんだけどな~」

「どうせ、それもウソ!

 ここを選んだのはズバリ、私への当てつけでしょ!

 さんざん、ミドリのいじめに協力してやったのにまだ、何かしてほしいの? 言っておくけど、来週が投票日。ホント、かまっているヒマはないのよ!」

 

 私はむしろ、このぶれないヒラリを賞賛したいと思いました。この家族は本当にたくましい!

 前回は弟君の急なにも、動ぜずに当選しました。むしろ、児童施設の拡充や点検を公約に追加するですから、さすがです。


 もちろん、私たちは親しい仲間。誰かにうらまれ、背中を押される。誰かにうらまれ、髪をつかまれる。地の底へでもひきづり落とされるとしたら、一緒に手をつなぎたいほどです。

「私も来週は入学式でいそがしいの。ヒラリは入学式も出れないと思うけど」


 うんざりするヒラリはその場の土をっていました。

「あのさぁ。いつもアケミって、回りくどくない?

 霊が出るってウワサを流したのも、あなたじゃないかって私は思っている」

 どうも覚えていません。

 翌日、あれが事故と紙面に出たときには驚きました。弟君は自殺ではなく事故って、もみ消されたようです。



 ほうら、鉄と血の臭い。私は自分の手のひらをかぎます。

「そんなわけないって。『姉様にも強制された』って、書いてあったかな~と読み直していただけ」

 待ち合わせまでの時間。官能小説をながめるように朗読していましたから。


 もう、ヒラリの髪は怒りで逆立っていました。

「そんなわけないでしょ!!! 単刀直入で要件を言ってよ!!!」

「そう、あわてないで。私も、もう面倒なのよ。こんな重い遺書を持っているの。

 だからね、これが最後の依頼。

 ヒラリにはウルルが好きな先輩。彼が新天地に行っているのか確認をとってほしいのよ、具体的に。

 いつからいつまで、誰と、何のために、もしくは行っていないのか?

 それが渡す条件。そう、前払いでいいよ」

 

 となりには空のブランコ。ギニギニと不協和音を響かせていました。



 ヒラリは私からガサッと奪い取ります。少しホッとした表情で、それでも落ち着かない表情で悩んでいました。

 きっと、きっとですよ。

 ヒラリは内心、私のことを殺したいほど憎んでいると思います。そして、口の軽いウルルから遠ざけたいとも思っていたはずです。だからこそ、私たちとずっと行動を共にしてきたと思います。

 まさか彼女も高校生活の半分ほどを、ビクビク過ごすはめになるとは思っていなかったでしょう。


 ただ、それもこれで終わり。

 すぐにでも読み出したい気分だったのではないでしょうか?


 そうは言っても、気をゆるめることはできないようです。

 今回の選挙戦では張り切り方が違います。弟君の分までかなり腰を振っているようです。

 私は心配するふりをします。

「ヒラリ、顔に出すぎじゃない? つかれているの?」

 彼女は深く頭をふります。

「それはおしりも突かれているからよ。本当のことを言うと、ブランコに乗れないのはそれのせい。例え死んだ弟に押されようが、私たちは絶対に落ちることは許されない。

 なぜなら、落ちたら全部否定されるからね」


 震えるのどに、張りついた声。

 それというのもつい先日、対抗馬が急死しました。選挙運動がたたって心筋梗塞しんきんこうそく。デザートを食べている間に、目を白黒させて倒れたそうです。

 ただ、不思議なことにヒラリ家には票が集まっていないとのことでした。おかしな話ですが、安心してしまったのが原因でしょう。


 ヒラリはうなずきます。

「わかった。いそがしいけど、調べてあげる」

「リミットは三日以内。いける?」

「そっちも本当に性急ね。いいわ。ただしこっちも条件じゃないけど、アケミ! ここで今すぐバンザイしてよ!」

 ヒラリは何をするかと思えば、私のスマホを取り上げたのです。

 もちろん、録音しているかどうかの確認です。ただ、待ち受け画面を見て、ようやくクスリと笑っていました。


「ねぇ、アケミは今でもお父さんとSEXしているのかしら? ピルの飲みすぎは生理不順になるから気をつけてね」

「フフッ、どの口が言うのかな? このあと、どれくらいのが起こるの?」

 ふと、ヒラリは枯れ続けるサクラを振り返ります。

「そう言えば、あの千住大橋なんだけど。もともと菊があったって話でしょ?

 つまりは事故現場、………だったってことなのかな?」

 

 ええ。落ちる夕日に願いをなんて、縁起が悪いと思いませんか?

「三日以内だから。変な考えごとしたら、ヒラリも落ちるよ」

 私は彼女の背中を押していました。

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