ノイエラント ~バイオリン無双。音色が領地をつくるまで~

ちくわ天。

第1部 旅の中での出会い

第1章 旅立ち(という名の追放)

第1話 夜の帳の中で

「陛下、皇帝陛下?」


 突然、皇帝と呼ばれても誰のことか分からない。強烈な眠気に襲われていたレオンシュタインは、意識がもうろうとしていた。


 ようやく目を開けると、目の前に異様な光景が広がっていた。


(ここ、どこ?)


 300平米(半径15mの円形)もある大広間の真ん中の椅子にレオンシュタインは腰掛けていた。椅子は二人でも座れるほどの広さを持ち、背面の高さも2mを越えている。


 周囲を見渡すと壁は明るい黄色の煉瓦が積み重ねられ、町でよく見かける茶色の煉瓦と比べるとひときわ明るい印象を受ける。


 思わず椅子から立ち上がったレオンシュタインは、贅をこらした窓の側に走り寄っていた。窓に手をつけ外を眺めると、庭園がはるか遠くまで広がっていて、視線を建物に移すと壁しか見えず、高さが分からないくらい巨大であることだけは、かろうじて分かる。


「陛下、危のうございます」


 近衛らしい赤毛の女性騎士が近寄ってきて、レオンシュタインの前に立ちはだかっていた。


 燃えるような赤い髪に、イタズラそうな美しい瞳と薄紅色の唇が印象的だ。レオンシュタインがこれまで出会った姫君の誰よりも綺麗だとドキマギしながら眺めていた。20歳くらいだろうか。


 思わず初夏の晴れの日を思い出してしまう、ライラックの香りがふわりと周囲に漂っていた。


 じっと見つめていた時間が長かったのか、女性騎士の頬が少しだけ赤みがさしてきた。ぶしつけな視線だったかと、思わず視線を逸らして目線を下にした。


「主(あるじ)。見つめてくれるのは嬉しいけど、それは二人きりになってから……ね」


 片目をつぶって小さく笑うとレオンシュタインの腕を優しく掴んで、もとの椅子に戻してくれたのだ。レオンシュタイン胸の動悸がなかなか収まってくれない。


「皇帝陛下。次が最後の謁見となります」


 40歳ほどの銀髪の紳士がレオンシュタインに話しかけてきたけれど、周囲が気になって上の空でした。


 大広間は円形で、天井を見上げると巨大なフレスコ画が描かれているのが目に入ってきた。大空に天使たちが舞い、その中央には5人の乙女に囲まれた王が杖を持って立っている画でした。


 こんな色鮮やかで華やかなフレスコ画は、レオンシュタインが育ったシュトラント城にもなかったほどだ。


 目を下に戻すと、両脇には有能そうな年配の男性二人が付き従い、その周りには屈強な将軍たちが立ち並ぶ。そして、椅子を取り囲むように5人の美女が立ち、レオンシュタインを優しく見つめている。


 それぞれの髪色は、金色、銀色、赤、ライトブルー、黒と華やかで、顔立ちも北方やゴート族など多岐にわたっていた。


 その中でも、ひときわ目立つ金髪の美少女が美しいソプラノの声で話かけてきた。


「レオン! あんた、また寝ぼけてるの? 北の帝国から使者が来てるっていうのにしょうがないわね」


 まるで女神が絵画から抜け出してきたような整った目鼻立ちと、ドレスの上からでもひときわ目立つプロポーションに内心たじろいだ。


 眩しすぎて直視できない。


「……君、誰?」


 すると、その女の子は僕のすぐ側まで寄ってきて、心外そうに目をつり上げて怒ったのだ。


「レオン! この私を忘れたの? いっつも貴方の側にいるこの……」






「うわっ!!!」




 

 その瞬間、いつものベッドの上で起き上がったレオンシュタインは、現実と夢の区別がつかずに混乱していた。時間がたつにつれ、いつもの見慣れた灰色の石壁の部屋で天井を見上げていることがようやく腑に落ちたのだった。


 いつの間にか部屋は真っ暗で、月明かりだけが窓から差し込んでいる。


(夢か……そりゃそうだよね。皇帝だなんて……)


 シュトラント伯爵の三男に生まれたレオンシュタインには、とうてい叶わぬ地位だった。長男ならいざ知らず、三男ともなれば、田舎の領主になれるだけで御の字の時代なのだ。


 周囲を見渡すと、いつもの石壁が月の光を反射している。


 部屋には横たわっていたベッドと机、椅子の他には何もなかった。つんと埃っぽいような、石の土臭いような匂いがレオンシュタインを現実に引き戻す。


 そのとき、一人の召使いが荒っぽくドアを開いて部屋に入ってきて、非難の声を上げたのだ。


「レオンシュタイン様、また、夕食を食べないで寝てしまったんですか? この前も止めてくださいって言いましたよね」


 召使いでさえ、この憎々しげな口調で話しかけてくるのだ。聞き慣れているとはいえ、レオンシュタインの胸にちくりちくりと突き刺さる。


「ごめんね。今度から気をつけるから」


 テーブルの上の夕食を片付けながら散々悪態をついた召使いは、そそくさとドアの外へと出て行き、去り際に微かに聞こえるような声で呟いたのだ。


「そんなんだから太るっつうの!」


 バタンと閉じられたドアから視線を移し、レオンシュタインは体型を鏡に映して見た。


 100kgを超えるお腹は、お世辞にも引き締まっているとはいえず、ぽっこりと突き出ている。


(だって、それしか楽しみが……)


 言い訳をしそうになったレオンシュタインは自分を戒める。


 彼女だけではなく、お見合いに来ていたお姫さまたちも同じ目つきでレオンシュタインを眺めていたのだった。


「すみません。レオンシュタインさまには私などより、もっと相応しい方がおられると思いますので」


「テムズ家は武門の家柄。レオンシュタインさまは何かたしなんでいる武術はありますか?」


 つい先日、10回目のお見合いが失敗したところだった。伯爵家で10回も失敗するのは、世間的にも体裁が悪い。

 

 鏡から目をそらして窓際まで移動し、窓枠にそっと手を伸ばして、そっと力を込める。キイッと音をたてて開いた窓から、冷気が部屋の中に忍び寄る。


 月明かりがレオンシュタインを照らし、空には白い雲が暗く光っているのだった。


(綺麗だ)


 窓の下に置いてあったバイオリンを掴み、顎の下に挟んで軽く調弦をする。弓をそっと弦に当て、月のアリアを小さく小さく弾き始めた。


 その曲は、まるで差し込む月の光が音になったかのような美しさだった。


「うるせえぞ!!」


 下の階から男のだみ声が聞こえてくる。この城では女性だけではなく、男性もレオンシュタインに冷たい視線を向けるのが常だった。出世の見込みのない伯爵家の三男など、惨めなものだ。


 太っているから? それとも……と考えながら、レオンシュタインはすぐにバイオリンを置き、そっと窓を閉める。そのままベッドに戻って、思い切り伸びをして毛布を肩まで引き上げた。


(今日は、ちょっとだけいい日だった。夢のあの瞬間だけは皇帝だったものな)


 また、素敵な夢が見られるようにとレオンシュタインは目をつぶる。


 きっと、明日も悪態をつかれる日常がやってくると溜息を何度もつきながらも、やがて部屋には静寂が訪れ、その中を月光が照らすのだった。


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 第1話を読んでいただき、心から感謝申し上げます<(_ _)>

 本当にありがとうございます!

 

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