5.宝物
太陽が水平線の向こうへと沈み、街の電灯が灯り始める。店内の時計は18時を指し示し、鳩のような謎の鳥が鳩時計の如く、鈍い声で鳴きながら時計から飛び出す。
僕達はWAEONを出て帰路につき、道中の公園のゼラニウムが植えられた花壇の前に腰掛けて一息つく。
「雛、ゆいと。今日は本当に楽しかった。礼を言うのじゃ」
むぎは柄にもなく、僕達の方へと体を向けて深々と頭を下げた。
「いえいえ、こちらこそありがとうね。私もむぎちゃんと一緒にお出かけができてとても楽しかったよ」
むぎはバッグから小さな小袋を取り出し、袋のテープを剥がす。黄色いフリージアの髪飾りを手に取り、両手で優しく握りしめた。
「これは雛とゆいとから貰った宝物。ずっと大切にするのじゃ」
むぎが手に持っている黄色いフリージアの髪飾りは僕と雛さんがむぎにプレゼントしたものだ。
映画を見終えた後、僕達はWAEON内の店を見て回ることにした。どの店の物にもあまり興味を示さなかったむぎであったが、途中で立ち寄ったアクセサリーショップに展示されていたフリージアの髪飾りには釘付けになる程の興味を示していた。その様子を見て、僕と雛さんで髪飾りをプレゼントしてあげようということになったのだ。
むぎは髪飾りを袋に戻し、バッグに仕舞おうとする。が、仕舞おうとする手を雛さんが掴んで止めた。
「むぎちゃん、その髪飾り付けてみようよ!」
「いや、でも。これは雛とゆいとに貰った宝物だから…」
「髪飾りなんだから付けないと意味ないじゃん。それにむぎちゃんなら絶対に似合う! ね、ゆいとくん!」
「え、ああ。そうだな。むぎなら似合うだろうな」
むぎは照れたのか伏し目になった。しばらくして目線をこちらに向け、か細い声で何かを口にする。
「じゃあ、…みに…け…」
言葉の所々が聞き取れず、内容が理解できない。
「おっけー、分かった」
雛さんはむぎから髪飾りを取り、むぎの髪を両手で掻き分けて前髪のやや右側に髪飾りをつける。
なるほど、髪飾りを髪につけて欲しいって言いたかったんだな。雛さんの行動から自己解釈をして納得した。てか雛さんよく聞き取れたな。
「はい、完成! これでどうかな?」
むぎは顔を上げて目線をこちらに向ける。むぎの姿はいつもとは異なり、まるで神聖なものを見ているかのように感じた。
「おお、似合ってるじゃないか! 可愛いぞ、むぎ」
「うんうん。やっぱりむぎちゃんには似合うと思ってたんだよ!」
僕と雛さんの誉め言葉にむぎは恥じらいながらも、目を輝かせて嬉しそうにしていた。
「本当かの、だったら嬉しいな」
こんなに恥じらいながら謙虚な姿を見せるむぎが珍しく、僕と雛さんは互いに顔を合わせて笑みを見せ合った。
バスと電車を乗り継いで自宅付近の住宅街まで戻ってきた。僕を真ん中に3人で手を繋ぎ、横に並んで暗い道をゆっくりと進む。時刻は19時半程。住宅街の道も街頭で照らされている所以外は真っ暗で何ひとつ見えない。住宅街の入り口付近には街頭が数メートルおきに設置されていたが、奥に進むにつれて街頭の間隔が広くなっていく。おかげで住宅街の奥の方では明かりがほとんど無く、非常に不気味な雰囲気が辺りを包み込んでいた。
僕の右手には雛さんが、左手にはむぎが手を強く握りしめており、心なしか住宅街を進むにつれて両サイドから握られる圧力が強くなっていく。
「この道ってこんなに不気味だったっけ? 今にも何か出てきそうな感じだし」
雛さんが声を震えさせながら辺りをキョロキョロと見渡し、僕の腕をギュッと掴む。
「雛! 変なことを言うでない。本当に出てきたらどうするんじゃ!」
むぎも声を震えさせながら、僕の手のひらを両手で懸命に握る。
「2人とも怖がり過ぎですよ! そんな幽霊だなんて出ませんよ」
「こ、怖がってなんかないよ? ね、むぎちゃん!」
「う、うむ。雛の言う通りじゃ。こんな夜道程度平気なのじゃ」
声を震えさせながら言われても微塵の説得力もない。こうして強がっている姿を見せられると、少しいじわるをしてみたくなるものだ。
「あ、あそこの電柱の影に首の無い人が」
「え、嘘! どこどこどこ!」
「なんじゃと!? 嫌じゃ嫌じゃ嫌じゃ嫌じゃ!」
僕の発した冗談により、暗闇に怖がる2人は軽いパニック状態だ。雛さんは僕の指さした電柱辺りに視点を固定しながら、先ほどより強く僕の右腕にまとわりつく。むぎは僕の左腕と左脚にセミのように張り付いていた。
てか雛さん、怖がってるのに幽霊の姿は見たいんだな。
周囲はやや騒がしくなるも、僕達は自宅へと足取りを進めた。
うっ、これめっちゃ歩きにくい...。ふざけたことを言わなければ良かったと今更後悔をした。だが悪いことばかりではない。何がとは言わないが、右腕に不思議と柔らかい感触と右側から良い香りがした。この点では自らの行いを讃えてやりたい気分だ。
しばらく暗闇の道を3人で歩き、やっとのことで自宅に到着した。
「ヴァァァ、やっと着いたー」
雛さんとむぎは疲れ切った様子だった。
「じゃあここでお別れじゃな」
「そっか、むぎちゃんは神様のところに帰らないとなんだよね。今日だけでもゆいとくんの家に泊まっていくなんてことはできないの?」
「できないことはないが、今日は帰って調べないといけないことがあるんじゃ。すまないが、また今度泊まらせて欲しいのじゃ」
「そっか、じゃあまた今度一緒に泊まろうね」
雛さんとむぎはグータッチをして約束を交わした。
「なあむぎ、次はいつこっちに来れるんだ?」
「明日の夕方くらいには来れると思うのじゃ。用が終わったらまたこの家に来るのじゃ」
「そうか、分かった。むぎ、次は石ころを投げるなよ」
「そんなこと分かっておる。ワシは過ちを直ぐに修正できる優秀な存在なのじゃ」
僕は目線であの件について訴えかける。むぎはすぐに合図に気づき、親指を立ててグッドサインを僕に向けた。
「じゃあ、もう行くでの。また明日会おう」
むぎはそう言い終えると、一瞬にしてその場から姿を消した。
翌日、いつものように目を覚ましベッドから重い体を起こす。カーテンを開け、陽光を部屋に入れて体に朝を感じさせる。ベッド横の時計の針は11:30を指していた。随分と良く寝たな。
昼近くに起きた時点で既に半日を無駄にしている。何とも形容しがたい喪失感に襲われた。この時間だと雛さんはさすがに起きているだろう。だったら起こしてくれれば良いのに。
布団を向こうへと投げやり、床に足をつけて立ち上がる。節々の痛む体をゆっくりと動かして、雛さんの部屋へと向かった。
「雛さん、起きてますか?」
僕は雛さんの部屋の扉をコンコンとノックした。
......
扉の向こうからの返事は無く、耳鳴りの音だけが際立って聞こえる。まさか雛さんもまだ寝ているのか。まあ僕は人の事は言えないんだけど。昨日は色々とあったし疲れているのだろう。
「おーい、雛さーん。おーい」
僕はさっきより強く扉をノックした。だが返事は聞こえてこない。
「雛さん、入りますよ」
僕はゆっくりと扉を開け、部屋の中を覗き込む。部屋の窓が大きく空いており、窓から扉の方へと心地よい風が吹き抜けた。ベッドの方に目を向けると、そこには綺麗に畳まれた布団が置かれているだけで、雛さんの姿が無かった。
あれ、やっぱりもう起きてるんじゃないか。僕は雛さんの部屋を出て、1階へと降りた。リビングは部屋の電気がついていないことが扉越しから見て分かり、中に誰もいないことは明白だ。洗面所やトイレも確認するも、どこにも雛さんの姿が無い。
もしかしたら外出してるのかもしれないと思い、玄関の下駄箱の隅を覗く。が、親に見つからないよう隠している雛さんの靴がそこにはしっかりと置かれていた。
この靴の存在を確認した瞬間、僕の中に嫌な想像が溢れるように湧きだした。
まさか、そんなわけないよな。またあれなのか。
僕はその場に立ち尽くし、様々な可能性を考えた。思考する内容はどれも嫌なものばかりで気が滅入ってしまいそうだ。
頼む。雛さん、出て来てくれ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます