6.私の居場所

 窓から陽光が差し込み僕の顔を照らす。まぶしさで目を覚まし、ベッドから体を起こす。枕元のアナログ時計を見ると、針は7:40を指している。もうそろそろ起きる時間だ。ベッドから重い体を起こし、床に足をつける。軽く伸びをしてから雛さんを起こしに行くことにした。

 廊下に出て雛さんの部屋のドアをゆっくりと開ける。


「雛さーん、もう朝ですよ」


 部屋にはベッドに腰を掛けている雛さんがいた。


「なんだ、雛さん起きてたんですね」


「ゆいとくんか、おはよう。もう朝なんだ」


「そろそろ学校行く準備しないとですよ」


「今日も学校なんだね。うん、分かった」


「じゃあ僕も着替えてきますね」


 雛さんの部屋のドアを閉める寸前、雛さんが僕を呼び止めた。


「ゆいとくん」


「はい。どうかしました?」


「私、今日学校行くのやめとく」


「どうしたんです? もしかして体調悪いですか?」


「ううん、体調が悪い訳ではないんだ。なんだか今日は行く気になれなくて」


「あー、雛さん。さてはサボリですね。分かります。朝になると無性に学校に行きたくなくなるやつですね」


「あ、うん。そんな感じ」


「分かりました。でもサボリは今日だけですよ」


「ありがと。ゆいとくんは学校行くの?」


「僕は超優等生ですからサボリはしません!」


 そんな戯言を最後に雛さんの部屋を後にした。


 今日の雛さんなんだか様子が変だったな...


 いや、気のせいか。


 

 今日の長い学校を終え、安息の時を迎えた。いつものようにあいつらとゲーセンへと向かう、はずだったがやはり今朝の雛さんの様子が心配で早く家に帰ることにした。

 自転車を立ち漕ぎで漕いで、気持ち急ぎ目で帰宅する。

 玄関の扉を開け、階段を音を立てずに駆け上がる。雛さんの部屋の前で立ち止まり、コンコンと優しくノックをする。


「雛さん、僕です。今帰りました」


 部屋の中で足音がした。足音はこちらへ近づき、ドアの前で止まった。ドアがゆっくりと開き始めた。


「ゆいとくんか、おかえり。今日は随分と早かったね」


「今日は特別用事もなかったですし早めに帰ってきました」


「そうだったんだ」


「雛さん今日一日何してたんです?」


「ちょっとね、考え事」


「そうですか。雛さん明日は学校行きますよね?」


「うん、そのつもりだよ」


 良かった。

 実は雛さんがいない一日はかなり寂しかった。行き帰りの自転車の孤独感や授業中に隣に誰もいない寂しさとが相まって、今日一日だけは世界がモノクロに包まれているかのような感覚に陥った。改めて僕には雛さんが必要なのだなと感じさせられた。


「雛さん、今暇ですか?」


「うん、暇だよ」


「久しぶりにあのゲームやりませんか?」


「お、いいね。一緒にやろっか」


 帰宅後から、僕と雛さんはコントローラーを握りしめて格闘ゲームに熱中していた。


「雛さん、その手はもう読めてます」


「ふふん、ゆいとくん。足元がお留守だよ!」


「あ、ずるい。ハメ攻撃は無しですよ」


「さあ、抜けれるものなら抜けてみよ!」


 そういえば雛さんと一緒に遊ぶのは久しぶりだな。最近は定期試験やあいつらとのゲーセン通いがあったせいで、雛さんと二人で遊ぶ機会がなかなか作れなかった。


「ぐっ、参りました」


「はあー、いい試合だったね」


「あんな画面の角っこでハメ殺しされるなんて...」


「ゆいとくんもまだまだだね」


 ピンポーン。

 下からインターホンの音が響いてきた。


「ゆいとくん、下でインターホン鳴ってるよ」


「こんな時間に誰だ?」


「宅配の人とかじゃない?」


「ちょっと出てきますね」


 階段を下りて玄関の前に立つ。扉の鍵を開け、外に顔を出す。


「はい、ってえ?」


「おお、唯人。小一時間ぶりか」


「遊びにきたぞー」


 外で待ち構えていたのは神原と堀江だった。


「え、なんでお前たちがいるんだよ」


「いやー、俺たちに用事あるからって説明するときの唯人の目が尋常じゃないくらい泳いでたから」


「もしかしたらなんか隠してるだろって思って家まで来たってわけよ」


「え、僕そんなに目泳いでた」


「泳いでた」「泳いでた」


 二人が声を揃えて口にした。


「んで唯人くんよ、用事とやらはもう済んだのかね」


「あ、うん。もう済んだ...と言えば済んだのかな」


「よし、じゃあ唯人ん家にお邪魔させてもらってゲーム大会といこうか」


「おーー!」


「ちょ、ちょっとまっ」


 二人が玄関の中へと押しかけてきて、自然と家の中に入られてしまった。


「お邪魔しまーす」


 神原が階段を駆け上がり、僕の部屋へ飛び込んでいった。


「おい神原、お前勝手に入っていくな」


 そうだ、雛さんがまだ部屋の中にいるはずだ。雛さんひとりを他の人と一緒に置いておくことはなんだかマズイ気がした。今すぐ雛さんのもとに行かなければ。僕もあわてて階段を駆け上がった。雛さん!!と心の中で叫びながら部屋に飛び込む。


「あれ?」


 部屋を見渡すも雛さんの姿が見当たらなかった。

 雛さんどこに行ったんだ?


「よし唯人、ちょうど起動してる格闘ゲーでトーナメントマッチだ」


「トーナメントって言っても三人しかいないけどな」


「何言ってんだ。こういうのは雰囲気が大事なんだよ」


 突然神原と堀江が家に押しかけて来て、雛さんとのゲームは中断された。そして急遽こいつらとゲームをすることになった。なんだか悪いことをしたな...




 翌朝、耳元で鳴り響くアラーム音で目が覚める。重い瞼をゆっくりと開け、窓の外から降り注ぐ眩しい光を取り入れる。布団を足元にやり体を起こす。軽く伸びをした後、床に足をつけて学校の支度を始める。まずは着替えないとだが、どうやらその必要はなかったようだ。昨日は着替えずに眠りについたらしく、僕の服装は制服のままだった。これが見つかったら雛さんに怒られるぞ…。まあ大丈夫か、バレないバレない。

 次は雛さんを起こしに隣の部屋まで足を運ぶ。ドアの前で立ち止まり、軽くノックをする。


「雛さん、おはようございます。朝ですよ!」


「おはようゆいとくん。もう起きてるよ」


 ドアの向こうから雛さんの声が聞こえた。


「ならよかったです。そろそろ学校の支度しないとですよ」


「ゆいとくん…」


「はい、どうしました?」


「私、今日も学校はいいや」


 雛さんがサボり魔に目覚めてしまったのか。いや違う。なんだか声がいつもに比べてしんどそうな気がする。最近の雛さんの様子といい、なんだか無性に心配になってきた。


「雛さん、ドア開けますね」


 部屋を開けると、ベッドの上でうずくまる雛さんの姿があった。


「雛さん!? どうしたんですか!」


 明らかに雛さんの様子がおかしい。


「ううん、どうもしないよ。いつも通りの元気な私だよ」


 雛さんが顔を上げる。雛さんの顔はほんのり赤く、目が少し腫れていた。僕は大体の状況を瞬時に察した。


「雛さん…」


「何か悩んでることがあるなら相談に乗りますよ」


「ううん、本当に大丈夫。ごめんね、心配させちゃって」


「今の雛さんは大丈夫な様子ではないです。絶対に何か隠してます」



「あーあ、ゆいとくんにはお見通しかー」


「そりゃこれだけ一緒にいればそれくらい分かるようになります」


 雛さんは少し黙り込んだ。しばらくしてから悲しそうで、そして辛そうな顔で僕の方を向いた。


「私ってさ、ゆいとくんにとって必要な存在なのかな」

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