悲恋の種第7話

 「悲恋の種?」

 あたしは思わず口にした。

「知りません」

 とジョランが首を振りながらいった。


「警察側の正式名称は恋愛特化型錯乱魔法といいます。ここ数年で流行り出した魔法でしてね。恋で人を惑わせるため、この通称になりました」

 とルディアさんが丁寧な口調で教えてくれる。

「対象の女性に魔法をかけることで、たいがいの男性を恋に落とさせることができます」


「一体何の得があるんです?」

 いらだって腕を組みながらジョラン。

「魔法を使うものが双方の不幸になる様を見て喜ぶのですよ」

 ルディアさんのことばにあたしは気分が悪くなった。


「悪趣味だ」

 ジョランが眉をひそめていった。

「その悪趣味な魔法と俺たちに何の関係があるんですか」

「エリニアさんに悲恋の種がかけられている可能性が高いんです」

 とルディアさん。


「しかも魔法が永続するような手を使っていると推察されます」

「冗談じゃない、絶対に違う!」

 とジョランが声を張り上げた。


「エリニアが魅力的だからほうっておけないだけだ」

「報告があっただけで十人もが被害に遭っているというのにですか?」

 というルディアさんの声に、あたしは体を硬くした。罪悪感と恐怖から体が震える。


 だって、十人じゃすまないんだもの。


「違うよ、あたしは忘れることがないんだから、あたしに言い寄ったのは二十三人よ」

「エリニア!」

 あたしのことばに、ジョランが珍しく声を高くした。怒りで鼻にしわが寄っていた。


 あたしはジョランにも嫌われてしまうかもしれない。でも、一度おかしいと思った気持ちを変えることはできない。

 ジョランのそばにいられなくなるとか、そんな問題じゃない。


 震えそうになる右手を左手でかばいながら、あたしはいった。

「おかしいでしょう? あたしがもしその人たちの人生を台無しにしてしまっていたら、それは過ちを犯しているのと同じことじゃないの? 過ちを犯しているものを連れた学者が考古学会で、大学で受け入れられるの?」

 あたしのことばにジョランが何もいえなくなる。

 

 少しの間の後、

「君に怒っているわけじゃないんだ」

 と静かにいった。

「自分自身に怒ってる。君を追い詰めるようなことをしてしまった」

 とジョランが大きく息を吐いた。


「ジョランが主犯かと思ったが違うね」

 といままで沈黙していたロマナさんがしゃべった。

「これまでも何度か遠回しに行いを戒めるような口伝を聞かせていたんだけれど、申し訳なかったね」

 とロマナさんが苦笑する。


「ジョランが全部考古学の話にしてしまうから効き目がなかったようだし」

 はじめからこうすればよかったんだね、とロマナさん。

「いいえ、ジョランさんとエリニアさんを思いやった結果です」

 とヴィルハルトさんがロマナさんをなぐさめた。


「あの、待って!」

 とあたしは叫んだ。皆あたしを見つめる。

 あたしは震えそうになる体に力を入れて、いった。

「どうかあたしが悪いことにしてください。そしたら、ジョランが研究を続けられるから」

 とあたしの懇願に、

「エリニア、だめだ!」

 とジョランの怒声がかぶる。


「ジョランさんのいうとおりです、エリニアさん」

 とあたしをなだめるようにルディアさんがいった。

「ジョランさんを守りたいという気持ちはわかりますが、我々としてはこの事件の全体像が知りたいのです」


「全体像ですか?」

「はい」

 あたしの問いに、ルディアさんが笑顔で答える。


「簡単にいってしまえば、誰が何のためにジョランさんとエリニアさんを苦しめているのかが気になっているのですよ」

「誰って……」

 ジョランが何かをいいかけて口を閉ざした。

 顔色も悪くなっていく。


「心当たりがあるのか?」

 とヴィルハルトさんがジョランに向けて少し厳しい口調でいう。

「ジョラン、どうしたの?」

 というあたしの質問にジョランが答えられないままだった。


 ジョラン、何か答えて。


 あたしが祈るように思っていると、

「おい、ロマナ!」

 という怒鳴り声が外から聞こえた。

「おや、ようやく来たか」

 とロマナさんがのんびりとした声でいった。


「一体何事ですか?」

 ジョランが怒鳴った。

「『タイラウの末裔』ですよ」

 とどこか弾むような声でルディアさんがいった。


「ジョランさんとエリニアさんは後ろに下がってくれ」

 とヴィルハルトさんが手であたしたちを制した。あたしたちはいわれたとおりにする。


「出てこいロマナ、ここにいることはわかってるんだ! お前たちはタイラウとは無関係だ、なんぞと手紙なんかよこしやがって! きょうこそうそばかりいう口をふさいでやる」

 外で男の声がしている。


 あたしは怖くなって近くにいたジョランの左腕に、両腕を絡める。

「大丈夫だ、エリニア」

 とジョランがあたしを抱き寄せ、あたしの右手に自身の右手を重ねる。


 心地よさがあたしの思いの石に走った。

 心地いいのは、何故?

 落ち着きなさい、エリニア。


 これは敬意よ。だってモルダルさんがいっていた。あたしがジョランに感じているものは敬意だって。


 敬意なのだから怖くない。

 敬意なのだから受け止められる。


 この感情は敬意なのよ、とあたしは自分に言い聞かせる。言い聞かせる、どうして。


 謎かけなんてどうでもいいよ。ああ、この瞬間がもっと続いてくれたら。


 いけない、とあたしは自分を叱りたくなった。

 恐ろしい状況になっているのに、ロマナさんが危ない目に遭うかもしれないのに。

 あたしはひどいことを考えている。


 あたしの考えなど知らないとばかりにロマナさんが歩き出し、窓を開けると、

「悔しかったらここまでおいで」

 と『タイラウの末裔』の面々を挑発して窓を閉めた。近くにはロマナさんを守る様にルディアさんが立った。


 外には何人いて、武装しているのかどうかさえあたしにはわからない。ただ広場に集まっていることだけはわかる。


 ジョランがあたしをきつく抱きしめた。

 ジョランも恐ろしいのだと、あたしは思う。

「ジョラン、落ち着いて」

 とあたしはわざと冷たく声をかけた。

「……うん」

 とジョランが短く答えた。


「どんなことがあったとしても、君を守ってみせる。いいね?」

 とジョランが決意を口にした。あたしを抱きしめたのは、あたしを守るためだったのね。


 あたしは身をよじってジョランを見た。

 ジョランの瞳は使命に燃えている。

 いつもとは違う、使命感に満ちたジョランの表情に、あたしはうなずくのがやっとだった。


「頃合いですね」

 とルディアさんが楽しげにいった。近くではヴィルハルトさんが大きく息を吸いながら窓の近くまで歩いていき、窓を開けた。


「連邦警察だ、全員動くな!」

 というヴィルハルトさんの鋭い声が響いた。

「もう少しで終わる、怖い思いをさせて申し訳ない」

 とヴィルハルトさんが優しくいいながら、あたしたちを守るように近くにきた。


 ヴィルハルトさんの声とは対照的なのが外の声だった。

 怒号、ということばが一番似合いそう。

 あたしとジョランはまた強く身を寄せ合う。

 ふれ合う体が互いに熱を発して、また心地いいと感じる。

 恐ろしいと感じなきゃいけないときに、あたしはどうしたんだろうと自分をまた叱りたくなった。


 少しすると、外からは声がしなくなっていく。

 誰かが階段を昇ってくる音がして、

「よう、お疲れ様」

 とねぎらう声がした。ジョランと言い合いになった酔っ払いを諫めた人だった。連邦警察の服装をしていて、酔っ払いの姿よりもよく似合っていた。

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