女神の力
コナ
カンザス序曲
第1話
205X年、この年より世界は魔物の時代と呼ばれるようになる。
その日、世界の多くの都市で強烈な爆風が起こった。
一瞬で都市は焦土と化し、生き残った者たちは、ただそれを見ていることしかできなかった。
空を埋め尽くす魔物たちの姿は、出来の悪い映画を見ているようで現実感がなく、魔物たちは簡単に命を奪っていった。人々がこれが現実であることを理解したとき、世界の至るところで絶望の叫びが響き渡ったと言われている。
ベティーは鏡に映る自分の容姿に落胆した。
小さな鼻の上には無数のそばかすがあり、目はまるい。目と目の間は少し離れており、垂れた眉でお世辞にも美人とは言えなかった。平凡で、いや、どちらかというと不細工な方だ。背も高くもなく、低くもなく、太ってはいないが痩せてもいない。足は少し太い方なので寸胴に見え、とても残念な体形であった。髪の色は地味な灰色でくすんで見える。瞳はきれいな碧色であったが平凡な造形には合っておらず、目の色だけが奇妙に浮き上がって見え、それがとてもバランスが悪く、それによってかわいさも損なっていた。
ため息をつくと、同級生からださいと言われた太もものところで膨らんだ茶色のズボンを穿く。白のブラウスで襟元についたリボンを結び、髪をしっかりと両方で三つ編みにすると、鏡に映る自分に気合を入れた。先週、学校を卒業し、今日から世界機関ニューヨーク都市で働くことになったからだ。
ベティーは生まれた時から特殊な子であった。
女神の力を持った子供は両親から離され、特殊な施設に入れられる。ベティーも生後一カ月で施設に入り、それからは両親にもめったに会うことができずに施設で育てられた。施設から女神の力を持った女性が通う学校に行き、神の力を制御する教育を受けてきた。これまでの勉強はすべてこの世界機関で働くためであった。
「大丈夫」
自分を鼓舞するかのように力強くうなずくと、鏡の中の自分は不安そうな強張った顔でうなずいた。
ベティーは世界機関の敷地内にある寮に入居していた。その機関から与えられた部屋を出ると、まずはこの敷地内の中心に位置する建物に向かった。
機関の中は大きな町が一つ入るほどに広い。そして、いくつかのエリアに分かれており、ベティーが渡された案内書に描かれたエリアは北エリアだった。機関の中心から東西南北のエリアに分かれており、それぞれのエリアは所属によって分けられている。つまり所属ごとに仕事場と住む場所が分かれているということだ。敷地内は広いため、バスが通っていた。
バスに乗ると、ベティーは何度も案内書に目を通す。バスに乗ること二十分で、ここにニューヨーク機関の中心にある二十階建てのビルに到着した。バスを降りると大きな建物を見上げ、ごくりと唾を飲み込んだ。
「これが新しい始まり、頑張るんだ」
ベティーは自分に言い聞かせるように小さくつぶやくと、建物の入口へと向かう。ドキドキしながらガラス張りの扉の前に立つと、自動ドアが開いた。
建物の中は広いエントランスになっており、中央には受付がある。受付の前に立つと案内書を握りしめながら、ベティーは受付にいる男性に話しかけようとした。
「一般人は入ってはいけない場所だ」
ベティーはビクッと震える。
「ほ、本日より、ふ」
「掃除業者は南エリアだ。ここまでなぜ入れた」
「ち、違います。本日より赴任しましたベティーといいます」
受付の男性の目が、冷たくベティーを見据える。その目が険しくなり睨むようにベティーを見ると、ボタンを押した。ベティーは慌てて、案内書と一緒に送られてきた書類とニューヨーク機関の一員であるバッジを見せるために、バッグの中へと手を伸ばした。
「南エリアへと連れて行ってほしい。勝手に侵入したようだ。そのまま警察に連絡するべきだろうな」
受付の男性の声は、ベティーの後ろに向けられていた。後ろからベティーの肩に手が置かれた。
「わかりました。不届きな子だ。どうやってここまで入れたのか」
いつの間にか警備の制服を着た二人の男性がベティーの後ろに立っていた。一人がベティーの肩に手を置き、もう一人がベティーの手首をつかむと、力づくで出口へと引っ張った。
「待って、待ってください。違うのです。赴任したのです」
「この不細工が、こんなところまで来るなど、身の程をわきまえろ」
本当に泣きたくなってきた。このような扱いは少し前にもあったからだ。
ニューヨーク機関の敷地内に入る時にも、入る資格がないと言われ、門前払いになりそうになった。なんとか説明して案内書とバッジを見せ、三時間かけて誤解を解いてようやく中に入れたのだ。
「こ、これを、これを見てください」
必死に持っていた案内書を見せて、バッグの中に入っている書類やバッジも取り出そうとした。受付の男性はあきれたように首を左右に振った。
「こんなところまで入り込むとは、呆れるばかりだ。一般人が自分は機関の人間だと狂った妄想でここまで侵入したのだろう。あんなものまで用意して、よほどいかれているらしい」
腕を掴まれているので思うようにバッジが取り出せず、ずるずると引きずられ、追い出されようとしている。そのとき、入口の自動ドアがすっと開き、制服を着た年配の男性が入ってきた。
かなりの年配の男性であったが、老いても美しく、ベティーはすぐに神将だと気が付いた。その男性は何事かとちらりとベティーを見ると、驚いたようにこちらを見たまま立ち止まった。すぐ後ろから二人の男性が入ってくると、警備員につかまっている少女を見て眉をひそめた。
「申し訳ございません。この者は不審者です。すぐに連れ出します」
警備員はまるで罪人のようにベティーを引っ張り、この場から連れて行こうとする。
「連れ出す? 君たちは何をしているのかね」
年配の男性はおそらくかなりの高官なのだろう。年配の男性の一言で警備員たちの態度が変わり、緊張した表情でベティーを引っ張るのをやめた。男性は鋭いまなざしを警備員に向けた後、受付にいる男性に尋ねた。
「侵入者です」
「何を言っているのかね? 侵入者ではない。その女性は、今日、私のもとに来る手はずとなっている者だ。なぜこんなことになっているのかな」
ベティーはどうして良いかわからず、年配の男性と受付の男性とを交互に見るしかできなかった。受付の男性の顔から一気に血の気がなくなっていく。
「今日、お会いになる予定の方は、め、女神であると聞いておりますが」
狼狽した声と年配の男性の威圧的なまなざしに、警備員たちは慌てて掴んでいた腕を離すと直立不動になった。
「その女性は女神だ。なぜこんなに不当な扱いをしているのかね」
「これが女神」
受付の男性の吐き出された言葉とともに、警備の者も含め、信じられないというように蔑んだ目でベティーを見たが、誰もこの年配の男性に反論する者はいなかった。
「ベティーくんは私と一緒に来なさい」
ベティーはぽかんと口を開き、思考停止状態であっても、なんで名前を知っているのだろうとまぬけなことだけを考えていた。そして、次第に先ほどとは違う緊張感が出てくる。まさかと嫌な予感がする。
「ルイス補佐官、あとは任せる」
後ろに従っていた黒髪と金髪の男性のうち、金髪の男性が静かに頭を下げた。
「Yes、長官」
ベティーはやってしまったと泣きたくなった。
今から150年以上前に国という概念がなくなり、世界は都市ごとに機能するようになった。
国という枠がなくなった頃、世界各地で突然、魔物が出現し、生きているものを捕食するようになった。魔物の時代の始まりである。それから人は常に異形のものに襲われるようになった。異形のものたちは、爆弾も銃も効かない。この時期、世界人口が半分に減少したと言われている。
人が魔物たちに対抗するかのように、または、この世界自身が子を守るかのように、人の中から魔物たちと戦える力を持った男たちが現れるようになった。そして、その男たちに力を与える女も出てきた。
古来より霊能力者、超能力者と呼ばれる者たちは存在してきたが、魔物と戦える力を持つ男も、その力を与える女たちも、人であることを超えた力を持ち、能力者などの言葉には当てはまらないほどの超常現象を起こす。
闘う力を持った男たちは神話の神々のように風を操り、炎や水、そして地を操り、次元さえも支配した。力を持つ男たちを力を持たない者たちは神将と呼んだ。そして、同時に神を身に宿し生まれる女性を女神と呼ぶようになった。
神将たちは魔物の壊滅のために世界機関を設立した。
世界機関は神将と女神、神将の力を持った者たちで形成され、世界各地に存在する。
ここ北米大陸には北の大都市ニューヨーク、東の大都市ロサンゼルスを筆頭に十都市に機関が設置されている。世界の大都市二十都市に入るニューヨークとロサンゼルスは、規模が大きく、神将の数も多い。そして、ベティーの目の前でにこやかにほほ笑んでいる神将は、青い瞳をきらきらさせながら歓迎の言葉を送った。
「ようこそニューヨークへ、女神ベティーくん」
このニューヨーク世界機関のトップである長官の力強い視線に、ベティーのような新米女神のおまめはぷるぷると震えるばかりだ。
学校を卒業したばかりの十六歳の少女にとって、神将と会うだけでもすごいことであった。それも神将の中でも一番上の地位にいる男性を前にして震えないはずがない。それも先ほどは危なく警察のご厄介になるところであったので、着いて早々、恥ずかしいことになっているという自覚もあり、半泣きの状態であった。泣いてもいいですよね、と誰でもいいのですがりつきたい。新人が一番偉い人の前でやらかしてしまったのだ。
ベティーとしてはまだ動揺を抑えられず、なんと答えてよいのかわからなかった。
「学園を卒業してきたばかりの女神は、久しぶりだからね。ここニューヨークには多くの神将がいる。少々荒っぽいのが多いが、少しずつ慣れてくれればいい」
「はい。がんばります」
気合の入ったベティーの返答に、長官は少しほほ笑んだ。
「君の所属は決まっている。神団に入ってもらおうと思っている」
「神団は、高位の神将の部隊です」
ベティーは案内書に書かれてあった概要を思い出しながら、驚きを隠せずつぶやいた。
神将の階級は一番上から特将と、次に一神将から始まり二十神将まである。高位と呼ばれる神将は十神将より上で、その能力も桁違いだと言われている。このニューヨーク機関でも神団と部隊に組織が分かれており、一神将から十神将が所属しているのが神団で、十一神将から二十神将が所属しているのがニューヨーク部隊だ。
ベティーの女神の力は同級生の中でも一番下の力しかなかった。高位の神将たちがいる神団に所属できるとは思っていなかったため、余計に緊張で心臓がどきどきする。
「女神は神将と比べて圧倒的に人数が少ない。うちは他の機関に比べれば多い方だが、それでも女神不足は深刻だ。君は貴重な女神だ。神団に入ってもらい、神将たちを助けてもらいたい」
「は、はい」
「魔物たちは常にこの世界に来ようとしている。魔物たちにとって、この世界に存在するものはすべて食事だ。魔物の数は無数だ。数万、数百万、いや、それ以上の魔物がこの世界に来ようとしている。魔物の数に対して、戦える神将の数はあまりにも少ない。だからこそ、神将たちの力を数倍にすることができる女神の力が必要なのだ」
長官はじっとベティーを見つめる。まるでベティーの自信がないことを知っているかのように言葉を続ける。
「君は、女神の力を持っている。力の大小は関係ない。君の中には、神がいらっしゃる。小さな神であっても、君は神を身に宿している。世界機関に入ったからには、それをこれから嫌というほど理解することだろう」
長官はにっこりと笑った。
「一度もその力を使ったことがないそうだね。神将に、いや神将候補たちにも一度も君の女神の力が使われたことがないと調書にあった」
ベティーは口をへの字にし、必死に耐えながら恥ずかしさに震えていた。
ベティーは神の力を持った少女たちが集まる学校に通っていた。学問はもちろんのこと、女神としての教育、つまり神の力の使い方も学んできた。
神の力は女神たちが使うのではなく、神将たちが使うのだ。
女神たちは神将たちに力を渡し、神将たちは女神の力を己の力に変えて魔物と戦う力にする。女神から神将たちに力を与えることは簡単なことではなく、誰もが簡単にできることではなかった。なぜならお互いの相性があるからだ。だから学生のころから、神の力を持った少女と神将候補の少年たちで練習を行うのである。ベティーは一度もそれを行ったことがなかった。
理由は簡単なことで、神将候補である少年たちが誰もベティーを相手にしなかったからだ。神を身に宿した女性は美しいと決まっている。強い神を宿すほど、その容貌はこの世のものとは思えないほど美しい容姿となる。同級生の誰もが美しい少女たちだった。その中でベティーの容姿は、ある意味異様であったと言える。
平凡で普通の人の中に埋没してしまう容姿で、神の力も弱く、かろうじて女神と呼べるほどのもので中途半端な存在であった。学力も運動能力も突出したものはなく、何か才能があるわけでもない、すべてが可もなく不可もなくであった。ベティー自身、一生懸命に色々なことに努力してきたが、どうしても同級生たちに比べると劣っていた。
ベティーは顔を上げると長官をまっすぐ見た。そして大真面目に言った。
「はい。一度もありません。でも、ここならきっと経験も積めます」
前向きな言葉に長官は穏やかに何度も頷くと、ふっと視線がベティーの背後のドアの方に向けた。
「たくさんの神将がいる。それはもう、いやというほどむさくるしいのがうちにはいるからな。それを束ねているおじさんを紹介しよう」
「長官におじさん呼ばわりはされたくない。歳がそんなに違わないだろうが」
低い渋い声が背後で聞こえ、いつのまにかベティーが座っているソファの右横に一人の神将が立っていた。自分の父よりも年上で確かに長官とそう変わらない年齢の男性に見えた。男性はちらりとベティーを見て、そして、あからさまにぎょっとした顔になり固まった。
長官はくつくつと意地の悪い笑みを浮かべながら、ベティーをまじまじと見て固まっている男性を紹介した。
「ベティーくん、紹介しよう。君が所属する神団、第三部隊隊長ホレスだ。階級は一神将で、神団の隊長の中では一番の年配だな」
ベティーは慌てて立ち上がる。
「ベティーくんは第三部隊所属の女神となる。ホレス、いい加減に失礼だ」
ホレスは目をぱちくりし、ようやく視線を長官へと向けた。
「個性的だな」
「いや、本気で失礼だぞ」
長官の突っ込みにホレスは苦笑しながら、若くはないが、それでも見とれてしまうほどの男らしい整った容貌が優しく笑うと、ベティーに握手を求めた。
「ようこそ、ニューヨークへ、第三部隊隊長のホレスだ」
「ベティーといいます。よろしくお願いします」
緊張でがちがちになりながら、ベティーは必死な形相で握手をした。なんといっても直属の上司である。
「ニューヨーク機関の中でも最年少の女神だ。頼むぞ」
「yes、長官」
ホレス隊長が敬礼をする。ベティーも慌てて、見よう見まねで同じように敬礼した。
ベティーのニューヨークでの生活が始まった。
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