第23話 応竜 vs 墨染オウカ


 霊峰の頂上、万雷が轟く空の下。

 応竜エル・クーロンは翼を広げ、その雷鱗から放たれる光だけで周囲を真昼のように照らしていた。




「……なるほど。殺意も、金銭欲もない。ただ"書きたい"がために、我が髭を求める……か」




 その声には、揶揄でも怒気でもない。まるで、稀に見る“奇特な者”に出会ったときのような、困惑混じりの興味が滲んでいた。


 墨染オウカは、霧と雷光が入り混じる中に立つ。いつも通りの筆型の杖を右手に構え、左手で羊皮紙を持っている。




「アンタの雷、アタイにゃ眩しすぎるくらいに上等だ。でもさ、墨が滲むのは、火花じゃねぇ。“魂”が焦げつくときに、筆が一番走るんだよ」




 そう言って、筆杖の毛先を墨壺にチョンと浸した。




「ならば――書いてみせよ、人間」




 応竜の翼が一振りされ、瞬間、天の帳が裂けた。

 轟音とともに数十本の雷がオウカの周囲に降り注ぎ、大地を砕き、空気を焼く。常人ならそれだけで意識を手放すような、神話級の天災だ。


 ――が、




「《電光石火》ッ!」




 オウカが筆を走らせ、閃光のように文字を描くや否や、彼女の姿が雷の一撃の直前で掻き消えた。

 刹那、彼女は応竜の後方へと“跳んで”いた。


 応竜の首がひるがえり、目がかすかに見開かれる。

 その反応速度をしても、たった今の移動には追いつけなかった。




「……ほう。瞬き一つで背後に回るとはな。しかも筆型の杖で、ルーン文字ではない文字を描いて、発動させる魔術……察するに、雷の速さを意味する言葉を、書に変えたか」


「ご名答。これが漢字魔術ってんだ……アタイの十八番さね」




 応竜が再び翼を広げる。雷雲が空を覆い、雷と暴風、豪雨を一度に呼び寄せる――応竜の真骨頂、嵐の支配。




「なるほど、口だけの小娘ではなかったらしい……我が名は応竜。嵐を統べる者……その名に恥じぬ天災を、見せてやろうぞッ!」


「望むところだ!! ならこっちも、見せつけてやるよォ!」




 オウカが荒れ狂う紙の上に、風と雨をも切り裂く勢いで筆を叩きつけるように書き記した。




「《黒風白雨》!」




 黒く、白く、凶悪な暴風と暴雨が、紙から“字のまま”に実体化し、応竜の嵐にぶつかり合う。

 大気が裂け、空が悲鳴をあげる。まさに――嵐 vs 嵐。


 遠くの崖からその一部始終を見ていたシグルドは、雷雨に打たれながら呆然とした表情を浮かべていた。




「……これが……書道、だと? いや、あれはもう……術じゃない。文字の……戦争だ……」




 嵐のただ中にあってなお、墨染オウカは――笑っていた。

 全身を風雨に濡らしながら、瞳に宿る光は燃えるように強く、楽しげに筆を走らせている。




「さあさあ、次はどうする!? まだ筆が走る、まだ墨が踊るッ! アンタの嵐、アタイの文字で、ぜぇんぶかき消してやるッ!」


「ふん! ずいぶん大きく出たな、小娘っ!」




 応竜が再び雷撃を放ち、オウカがそれを「電撃」の文字で打ち返す。

 暴風が巻き、火花が咆哮し、文字と雷が天空を埋め尽くす。


 それはもはや、戦いというより――空を使った“書の舞台”だった。


 そして、両者ともにあらゆる『天災』をぶつけ合って、一度、呼吸を置いた。


 風が止む。雷が鳴りを潜めた。


 空が静かになった瞬間――

 オウカの手が、最後の一枚の紙に向かう。

 もう羊皮紙は残っていないため、泣いても笑っても、これで最後。


 彼女の筆先が震えているのは、疲れではない。

 この瞬間を「最高の一筆」にするため、全神経を文字に込めているからだ。


 彼女が書いた四字熟語、それは――




「《驚天動地》ィィイッッ!!!」




 ドォオオオオオンッ!


 書かれた瞬間、地が震えた。

 天が軋んだ。

 空が裂け、大地が持ち上がり、稲妻と爆風が一体となって応竜を包み込む。


 応竜エル・クーロンが、その身をよろめかせた。

 雷を司る存在が、天地の力に一瞬、膝を折る。




「……ぬ、おっ……!?」


「いよっしゃ……って、やべっ!!」




 同時に、オウカの筆が、ぱきん、という音を立てて――真っ二つに折れた。

 市販品の筆では、もはや彼女の魔力と気迫を受け止めきれなかった。


 シグルドは、少し離れた場所で見ていた。

 魔物でさえ恐れをなす応竜に、嬉々として四字熟語を連発し、天地すら揺らがす術式をぶつける少女の姿を。




「……ははっ、あいつは本物だ。今の筆ですらこれほどの力を発揮していたのだ……これで本当の筆を得れば、間違いなく『世界そのもの』を書き換えるだろう……!」




 静寂が訪れた。

 雷雲は晴れ、光が差し込む。


 応竜エル・クーロンはその巨体を起こし、静かにオウカを見つめる。




「ぬうう……我が嵐を越え、雷を封じ、天地を震わせたか。そして筆折れし身で、なお立つか……」




 そして――彼は一房の髭を、顎の下から噛み切って差し出した。




「受け取れ、娘よ。雷と嵐の化身より、真に“筆”に生きる者へ。お前の魂に、竜の力を乗せていけい!!」




 オウカは髪をかき上げて笑った。




「感謝するぜ、応竜のおっちゃん。あんたにもらったこの髭、ぜってえ無駄にしねえからよ……へへ、この髭を筆にして書いたら、天地すら割れそうだなあ」




 彼女の手には、金に輝く応竜の鬚。

 それは新たな“筆”の素材となり、やがて彼女の魂と一体化する――。







 ◆◆◆お礼・お願い◆◆◆


 第23話を読んでいただき、ありがとうございます!!



 SEKIROの桜竜との戦いをイメージしてください。作者の脳内もそうなってました。



 この作品では、元ヤン書道天才ガールが、ルーン文字魔術の世界で破天荒に活躍する冒険活劇になります!!!!


 ちょっとは面白そうだから応援してやるぞ、鈴村ルカ!!


 オウカのキャラクター性が面白いじゃないか!!


 斬新な設定で、楽しめそうだ!!


 と、思ってくださいましたら、


 ★の評価、熱いレビューとフォローをぜひぜひお願いします!!


 皆様の温かい応援が、私にとってとてつもないエネルギーになります!!


 鈴村ルカより

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