第22話 応竜エル・クーロン
王都より北、荒天に包まれた霊峰は、どの地図にも「進入禁止」と赤字で記された未踏の地だ。
空はいつも雷雲に覆われ、山肌には魔力の濁流が絶えず流れている。一般人が足を踏み入れれば、ものの数分で魔物に喰われるか、気を狂わせて戻って来られない――そんな場所だ。
「へっ、噂通りの凄味だねぇ……。まるで山そのものが、"生きてる"みたいじゃねぇか」
オウカが山の麓から見上げながら、肩を鳴らすようにして笑った。
風に揺れる黒髪の中、筆杖の毛先が、雷気を吸って紫色に染まっている。
「この山には、人の手で記された道はほとんどない。十数年前から、霊的な存在の棲み処とされている。今では王都の騎士団すら立ち入りを禁じている理由が……ようやくわかった気がする」
シグルドが腰の剣にそっと触れた。いつでも抜刀できるよう、目線は常に草むらや木の陰に走っている。
「ふん、そういう場所こそ、アタイは燃えるんだよ!」
オウカがにやりと笑って、ブーツの爪先で一歩、霊山へと踏み込む。
瞬間――大地が呻くように鳴り、山の上空で雷が閃いた。
その合図とでも言うように、霧の中から蠢く気配がいくつも現れる。
闇色の毛皮に雷を帯びた四足獣――《迅雷牙獣》が、牙を剥いて駆け下りてきた。
「きた! さぁ、お出迎えってワケだねぇッ!」
オウカが筆杖を構え、足を踏み込んで空中に字を描く。
「《一刀両断(いっとうりょうだん)》ッ!」
空に瞬時に走った文字から、稲妻のような斬撃が飛び出し、迅雷牙獣の胴体を一閃した。
バチッという火花が走り、獣はその場に吹き飛ばされた。
しかし、それは始まりに過ぎなかった。
山の陰影からは、羽根のない飛竜、
さらに地中からは巨大な節足生物、
「数が多い……っ、オウカ、囲まれるぞ!」
「上等ォッ! こちとら、書道十番勝負を一日で終わらせた女だよッ!」
オウカの手が、風のように素早く筆を走らせた。
「《疾風怒涛》ッ!」
風と波の字が一体化し、巨大な竜巻と津波を生み出して魔物を巻き込む。
飛竜は翼をもぎ取られ、虫は水流に呑まれた。
一方、シグルドもまた、ᚢ(ウルズ)のルーン魔術を発動した状態で、神速の剣術で地竜を斬り裂き、飛竜の息吹を斬り払う。
その剣筋に無駄は一切なく、オウカの攻撃と見事に連動していた。
二人の連携によって、魔物たちは次々と倒れていった。やがて地面に静寂が戻り、霧が少しだけ薄くなる。
「……これでひとまず終わりだな」
シグルドが息を整えながら、肩で呼吸する。
「ふぅ、ちょっとは手応えあったねぇ。お……なんか来るよ、すげえのが」
オウカがそう言った直後、空が鳴り、雷が落ちた――その閃光の中から、影が降りてくる。
黄金の鬣を持ち、雷を纏い、全身が雲間から形成されたかのような巨大な龍。
《応竜エル・クーロン》が、空を裂いて降臨する。
その存在だけで、周囲の木々が一斉に葉を震わせ、地の魔力が逃げるように波打った。
まるで山そのものが、この竜に敬意を表しているかのようだった。
応竜の瞳は人間を超越した知性を湛え、鋭く、それでいてどこか飄々とした印象さえあった。
「我の領域に人間が足を踏み入れるのは50年ぶりか……おぬしら、名を名乗れ」
その声は、空気の粒子が震えるような重低音でありながら、はっきりと人語だった。
「墨染桜花(すみぞめ・おうか)。江戸っ子気質の筆使いさ」
オウカは一歩も引かず、まっすぐ応竜を見上げて言った。
「用件は一つ。アンタの
そのあまりに直球な発言に、霧が一瞬、凍りついたように静まり返る。
応竜の金の双眸が、ジッとオウカを見つめる。
「……爪や牙ではなく、髭が欲しいのか?」
「そう。髭だと、なんか不都合でもあるかい?」
「……我を倒して名を挙げようとする愚か者はたびたび現れたが、髭を欲する者など初めてだ。我の肉体を武具の素材にしようとしても、たいていは爪牙やウロコ、あるいは宝珠(心臓)を狙いに来るが……おぬし、変わっておるな」
「まー、他の人間があんたに何を要求したか知らねえけど、アタイの筆に最も相応しい“穂先”は、アンタの髭だと聞いた。アタイはな、その髭で作った筆で、空すら裂く字を書きてぇんだ。世界が震える“書”を、ここで始めたいだけさ」
そこでオウカがにやりと笑い、気勢を発した。
「つーわけで、ちょいと髭の一束をおくれよ。竜のおっちゃん」
その一言に、シグルドが顔をしかめて小声で囁く。
「オウカ……応竜はこの山の守護者であり、このアルトガルド王国における竜種の頂点だ。あまりに挑発的な言葉は……」
「へっ、ビビってちゃあ、髭一本ももらえねぇよ」
小さく返すと、オウカは再び応竜をまっすぐ見据えた。
「で、どうする? 断るってんなら、無理にゃ言わねぇ。ただ、やる気があるなら、アタイの“気合い”見せてやるよ」
応竜はしばしの間、無言で空を見上げ、静かに雷雲をまとった翼を揺らした。
そして――口元にわずかに笑みを浮かべる。
「……良かろう。我が髭、一束をかけて、“試練”を課そう。汝がそれを乗り越えるに足る者ならば、その筆は天も裂けよう」
その声と共に、山全体が低く唸りを上げた。
雷の中に試練の影が立ち現れる。
オウカは、ぐっと拳を握って言う。
「よっしゃあ……上等だァ! 天がなんだってんだい、書で殴るなら、今がその時だろうが!」
◆◆◆お礼・お願い◆◆◆
第22話を読んでいただき、ありがとうございます!!
話が通じる竜で良かった(迫真)
この作品では、元ヤン書道天才ガールが、ルーン文字魔術の世界で破天荒に活躍する冒険活劇になります!!!!
ちょっとは面白そうだから応援してやるぞ、鈴村ルカ!!
オウカのキャラクター性が面白いじゃないか!!
斬新な設定で、楽しめそうだ!!
と、思ってくださいましたら、
★の評価、熱いレビューとフォローをぜひぜひお願いします!!
皆様の温かい応援が、私にとってとてつもないエネルギーになります!!
鈴村ルカより
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