第8話 気狂い町長のつまらぬ罪。

 紫色の空が見える。


 気狂いの記憶は、不自然な色調が混じることが多い。


「時々だが、俺は顔を出してやってるんだ――」


 シルミオネの外れにある墓地に居た。

 宿屋を経営していた老夫婦の墓に、モーガンがそっと花を置く。


「――聖へレナ女子修道院にな」


 町長を務めていたモーガンの許へ、祖父母と孫が挨拶に訪れたのは、押し込み強盗に惨殺される前日のことだった。


 その孫娘は、彼女を強盗から救ったとされる男の差配で、何時の間にやら修道院に追いやられている。


「どうにも、おかしな話だと思っていたんだ」


 宿の買収に来た人間が、たまたま押し入った強盗を追い払う。犯人は逃げおおせ、権利書には都合よくサインがされている。


 そして、被害者の孫娘は修道院――。


「――な、何が言いたい?」


 事件から三年が過ぎ、商売が軌道に乗っているべリックからすれば、今さら触れてほしくはない話題だろう。


「あの娘も、ようやく色々と話しをするようになってきた」

「――」


 べリックの喉が鳴ったのを、モーガンは聞き逃さなかった。

 やはり、金鉱を掘り当てたのだ。


「馬具屋の調子がどうにも、な」

「え?――あんたのところは貸馬車も始めて随分と――」


 と、言いかけたところで、べリックは目を細める。

 次は、モーガンが喉を鳴らす番だった。


「ギャリングのところにまだ行ってるわけだな」


 信仰篤き男と評判の町長が無類のギャンブル好き――と、べリックが知ったのは出会って間もなくのことだ。


 領主が売春と賭博の取り締まりを強化した時期のため、全てが地下へと潜ってしまい、伝手つてがないと参加できなくなっていた。


 裏社会に居たべリックには当然ながら伝手つてがある。


 彼に案内されたギャリングの賭場で、モーガンは大いに負けが込んでいた。


「――ああ」


 絞り出すように声を出す。

 馬を手放しても足りないほどの負債となっていた。


「馬鹿な奴め。クソッ、幾ら欲しいんだ」


 こうして、老夫婦の墓前にて、べリックとモーガンは紳士協定を結んだ。

 

 ◇


 期待したほどの罪ではなかったことに、私は少しばかり落胆して部屋を出る。


 金づるとなる情報を知り、沈黙と引き換えに負債を返す手段を得た。

 修道院から少女が消えた原因とは関係が無さそうに思える。


 モーガンの罪悪感は、隣人への犯罪を黙っていたことにあるだけだ。

 気の小さな田舎者に相応しいとも言える。


「ど、どうでしたかしら?」


 妻のミリアが不安気な表情で尋ねてきた。


 聖女らしく振舞うのにも疲れていたので、悪魔が憑りついたと答え立ち去ろうかと思ったが、ひとつだけ気になる点が残っている。


「ご主人が気狂いに――いえ――臥せられたのはいつ頃からでしょうか?」


 長らく日曜礼拝でモーガンの顔を見ていないことを思い出す。


「――もう、かれこれ、二カ月ほど前からになります」


 妻ミリアは疲れているのだろう。

 商売と気狂いの世話に日々を追われていたのだ。


 肩を落として答える母親の背を、サムが気遣うように撫でている。


「原因に心当たりは?」

「いえ――」


 ミリアは首をかしげている。


「――では、普段と異なるようなことはなかったのですか?」 


 何もなく気狂いとなったのなら、実際に悪魔憑きなのかもしれない。

 その場合は、保身のため秘事とする約束など破り捨てて、教区司教に通報する必要があった。


「何も――」

「待てよ――そうだ、母さん」


 何かを思い出したらしく、サムが手を打ちながら声を上げた。


「ほら、父さんの調子が悪くなる少し前に、アイツが来たじゃないか」

「え?」

「ほら、アイツだ。前の司祭――いや、排斥司祭だよ」

「あ――」


 私が来る前に、この町で司祭を務めていた男のことだ。


 彼は、売春宿に通っていた罪で司祭職を追われている。

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