四十三 曇り眼と執着と焦がれ
そよそよと頬を撫でる風が心地いい。雲一つない晴れ模様ではあるものの、まだ風は熱を持たず、涼しさを保っていた。
ルイスはご機嫌らしい少女を一瞥すると、深い深いため息をついた。
どこからどう見ても誘拐犯と誘拐された少女の絵面である。早いところヴィヴェカを春斗へ引き渡してしまいたい。
第一、諸々の手続きをしたのはスティーブンなのだから、別にルイスでなくともスティーブンが連れて行けばいいものを、と内心で愚痴をたっぷりと吐き散らし、再び盛大にため息をついた。
「ルイス、ごきげんななめ?」
「あ?いや、別に機嫌が悪いってワケじゃねえよ。悪かったな」
「わるかった?わるいことしたの?」
「不機嫌な顔してたんならすいませんでしたって話だ。ああくそ、ガキ相手はやりづれえな」
「ふふふ、やりづらいねー?」
鼻歌でも歌い出しそうな雰囲気でヴィヴェカが返す。誰がどう見ても強面と言って差し支えないルイスを見ても特に威圧感は覚えていないらしい。幼い少女は時折くるりとターンしながらルイスの一歩前を歩いている。
念のため、とスティーブンが再度の健康診断と『鑑査』を行ったが、結局この少女の身元は不明なままだった。
分かったのは、少なくとも人間でないと言うことと、それでも身体能力は人間並みであるということだけだ。
とある生産ギルド所属の錬金術師が生み出した技術である『鑑査』は、一般的には罪人に用いられることが多い技術だ。
いわゆる身元調査の技術で、高位の錬金術師が生み出した『遠見の水晶玉』と『跳躍の物見グラス』という二つの魔導具を用いることで対象の身元をある程度洗い出すことができる、という技術であるらしい。もちろん、この二つの道具は品質が高ければ高いほどいい。
ルイスは詳しいことは知らなかったが、この技術は対象とする人間に合わせて道具を作成することで、ほとんどの場合身元含め過去の経歴を明らかにすることが可能らしい。
それでも分からない、ともなると正直お手上げだ。これ以上彼女の身分を探るのであれば、それはもはや一ギルドの範疇を超えた部分になるだろう。
「春斗!春斗だ!」
「あ!?こら、勝手に走るな!」
少し考え事をすればこれである。春斗らしき人影を認めるや否やかけだしてしまったヴィヴェカに気がついて咄嗟に怒鳴ったが、悲しいかな効果は皆無であった。
春斗は春乃と話していたらしい。絶妙に気まずそうな顔をしている両者にルイスは面倒くさそうな顔をしてしまった。
春斗は春斗で謎めいているし、春乃は春乃で面倒くさそうだ。
春乃の執着とも呼べる魔法への憧れは、この村の討伐ギルドの一部では有名だった。彼女は春斗と同じくふらりとこの村に現れ、なんとか生計を立てるべく討伐ギルドに登録した。
アイアンの五から始まり、現在はアイアンの一にまで昇格している。春乃がこの村にやってきたのはおよそ半年前だから、それなりに早いほうと言っていい。
それでも、彼女は何かに急かされるように、あるいは追い立てられるように神秘の力を求めている。
その理由をルイスは知らないし、当然スティーブンもライムンドも、ウラも知らない。踏み入るべきでないと判断したことには踏み入らないのが彼らの暗黙のルールだった。
「春斗、どこいくの?わたしもね、いっしょにいくよ!どこにだってついていくよ。わたしね、春斗と、いろんなところにね、いきたいなあ」
「旅立ちを前提に話すんじゃない」
「たび、しないの?」
「準備がいる」
「はあい。なら、わたしも、じゅんびするねー」
ヴィヴェカの言葉に返されるそれは相変わらず短い。
「お前、旅立つって話してなかったのか?」
驚いて春斗に問えば、そうだが、とやはり淡泊な答えが返ってきた。
灰色の青年の様子は変わらずだ。対照的に、春乃の方はよく分からないといった様子で首をかしげている。ヴィヴェカが来るまでの間、春斗と話していたのだから当然彼が彼女にそんな話を振る時間がなかったことは知っているからだろう。
「ヴィヴェカがどういう存在なのかは知らないし、興味はあるが無理に暴くつもりもない」
「そりゃ、どういう――」
「ただ、あの子の在り方は知りたいと願う」
青い少女は春斗の旅支度を手伝う気満々らしく、少し離れたところで、まだー、と声をあげていた。余程楽しみらしい。幼い両足が小刻みにステップを踏んでいる。
「身分証も生活費のアテもできたことだし、な。それに、『俺』はじっとしているのは性分じゃない」
「目的地のない旅ってやつ?」
「目的はあるがな」
「聞いてもいい?」
「識ることだ」
「……あはは、なにそれ。でもいいね。そういうの、結構好きだよ」
「そりゃどうも」
春乃のまとう寂しそうな空気を察しているのかいないのか、春斗は淡々と答えていた。
ルイスはといえば、流石にこういう場面でなんと話しかけていいものか分かるほど器用でもないため、ただじっと聞いていた。情けない限りである。
「お前は行かないのか」
そうして真正面から彼女の地雷を踏み抜いた春斗を二度見してしまった。辟易とした顔の春乃が目に入り、思わず、おい、と声をかける。
「さっき言ったじゃん。『私』は、できなかったって」
「戦わずとも歩く方法は腐るほどある。勝手に焦がれて勝手に失望したのはお前の執着と偏見だ」
春斗はそのまま春乃の横を通って、ヴィヴェカの方へと歩いて行く。大きく目を見開いた春乃が酷く痛々しく見えて、ルイスはそうっと目をそらした。
「知りたいと願うのなら、存外どうにでもなるよ」
言葉の割に柔らかな響きを帯びた声は、果たして春乃にどう届いたのだろう。
少なくともルイスには知る由もないが、硬く握られた両手の拳が雄弁に物語っているように思えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます