Friend - 友達(5)

「私が息を吐くように嘘を吐く、嘘吐き魔だって言いたいの?」


 閉鎖空間で一対一という逃げ場の無い状況の中、私は動揺して言葉に詰まりながらも、そのことを悟られぬよう、茶化すように返答する。

 しかし、発言した当の本人に変わった様子は微塵もなく、湯の温度を堪能するように目を瞑り、天井を仰いでいた。


「そこまでは言ってないよー。気を悪くしたならゴメンねー? でも、今も適当な冗談言ってこの場を切り抜けようなんて思ってるでしょー? 視なくてもわかるよー?」


 「罪の数を数えたことはあるけど、嘘の数は数えたことはない」などと冗談混じりに話そうとしていたことを見透かしたかのように、遥は先手を打って釘を刺し、次に発すべき言葉を失った私は、いざとなれば逃げられるよう距離をとりつつも、普段どおりを装いながら、率直な疑問を返す。


「……遥は私の嘘の数を知ってどうするつもり?」

「ん~……? 別に何もしないよー? 正直なことを言うとね、私はかなちゃんのことをもっと知りたいって思ってはいるんだけど、無理に話して欲しいとも思っているわけじゃなくて、秘密にしたいことは秘密にしてくれていいんだよーって?」


 遥はいきなり立ち上がると、私との距離を一気に詰め、至って真剣と言いたげなその面持ちは、眼前数センチというところまで接近する。

 焦って心臓が高鳴っているわけでもなかったが、私は着実に追い込まれているような錯覚を俄かに覚え、しかしながらここで相手のペースに引き込まれてはマズいと、抵抗するように遥の真意について探りを入れはじめる。


「嘘吐いてるとか人に言っておいて、秘密は話さなくていいってどういうこと……? 一体何が言いたいの……?」

「記憶喪失になったのが私と出会ったときじゃないってことくらい、私だってもう判ってるよ? でも、記憶喪失なのが嘘じゃないことも判ってる。嘘の数は、逃げた数と同じ……だから、かなちゃんには隠し事を誤魔化すために変な嘘はついて欲しくない。かなちゃんが嫌だったり話したくないことなら、正直に言ってくれれば、私だって聞いたりしない。だから、私から逃げる必要なんてないんだよって伝えておきたくて」

「逃げる必要……か……。それじゃあ、仮に私が誤魔化すために適当な嘘を吐いているとして、それが嘘だってどうして遥に判るんだ?」


 私は極力嘘を吐かないようにしており、やむを得ない場合は真実味のある嘘で誤魔化すことにしているため、これまで嘘がバレる機会はそう多くはなかったのだが、遥はまるで

 そのため、私は何か勘繰られるようなヘマをしてしまったのかと自分の行動を振り返りつつ、目の前に迫る言い知れぬ恐怖への警戒心を一層高めていた。

 そんな私の心境もお構いなしとばかりに、遥は私の両頬に手を当てて固定すると、視線を合わせ、私の瞳の奥を覗き込む。


「信じてもらえないかもしれないけど、私、?」

「……っ!?」


 突拍子もないその発言に対して「そんなことあるわけないだろ」と、キッパリ切り捨てる――普段の私であればそうしたところだろうが、どういうわけか私の口からその言葉が出ることは無く、それどころか私はその言葉に疑問すら抱くことはなかった。


「――なんていうのは冗談で、かなちゃんは顔に出やすいから判るんだー♪ 悪いことしたあとの子供みたいで、見てて可愛いんだけどねー♪」


 遥の両手が私の両ほっぺをグニグニと引っ張り、遥は満足気にニッコリと笑みを浮かべた。


わらひをわたしをほんなめへそんなめでみへはのはみてたのか……。わらひはわたしはほろもひゃこどもじゃなひない


 緊急回避とばかりに頭のてっぺんまで一度湯船に浸かったあと、私は少し離れた場所に再浮上しながら勢い任せに立ち上がる。


「あれ……? もしかして……怒っちゃった……?」


 遥は私のことを見上げながら呆然としていたが、私はそれには目もくれず、元居た場所に戻って腰を下ろした。


「……3年前の冬。私はとある山の中で倒れているところを発見されたらしい。私が目覚めたとき、私は自分に関することを何一つ思い出すことが出来なかった」

「えっ……?」

「それでも、私にはやるべきことがあるってことだけは確かに覚えていた。だから、とりま私を発見した人たちのところで働かせてもらうよう頼み込んだわけだけど……。それがまあ酷い職場環境でね。所謂いわゆる、ブラック企業?」


 私が呟いていると、遥は拍子抜けした表情を浮かべながら、ボーッと私のことを見つめていた。


「知りたかったんでしょ、私のこと。まあ聞きたくないなら、聞かなくてもいいけど」

「き……聞く聞く!? 聞くよ! 聞きたい!! というか、絶対聞くー!!!」

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