アノマリーが支配する世界で、俺だけが使える才能ツリーで最強探索者になります

シンナ

第1話

第1話

「ぐはっ」


突然、地面に放り出された。硬い土の地面に体を何度も打ち付け、ゴロゴロと転がり、黒い木に激しくぶつかってようやく止まった。


「うぐぅ、痛ぇ……」


呻きながら、俺はゆっくりと体を起こす。辺りを見回すと、異様な光景が広がっていた。


空中には、四角形の箱のような物がくるくると回っている。唖然と見つめていると、箱から強烈な光が溢れ出し、眩しさのあまり目を瞑った。


「……消えた」


目を開けた次の瞬間、箱は忽然と消えていた。


「ここ、どこだよ……」


周囲には薄赤い土、幹も葉も真っ黒な針葉樹が生い茂り、空は夕焼けを思わせる色ながら、どこか異様な赤に染まっていた。


「こんな場所、知らねぇぞ。……地球か? 異世界でも来たのか?」


ぼそりと呟いたとき、少し離れた場所でギィギィと不気味な声を上げて飛び立つ鳥のような生き物が見えた。


「俺、たしか普通に歩いてたはず……穴に落ちた感覚があって……」


「おい、何ブツブツ言ってんだ?」


不意に後ろから声をかけられ、慌てて振り返った。そこには禿げ頭の大男が立っていた。


「てめぇ、何者だ?」


「あ、あぁ、お、俺は……」


ピロン『アノマリーハンターのツリーを発見しました。発見ボーナスを付与します。』


「!? アノマリーハンター?」


突然、頭の中に響いた機械音声。目の前には、半透明のウインドウが浮かび上がっていた。


「あん? ハンターには見えねぇな。装備はどうした? 普段着にしか見えねぇぞ」


「い、いや、空中に箱があって……光ったらここに……」


「アノマリーで頭やられたか?」


「違くて……本当に突然……」


「記憶系のアノマリーなんて話は聞いてねぇが……最後に覚えてるのは?」


「歩いてたら、急に……」


「ちっ、やっぱり記憶もねぇか。……いや待て。装備も普段着。空間転移系、現実改変系……どっちかってと後者か」


「こ、ここって……どこですか?」


「21地区、7番Bランクゲート《暗き森》だ。聞き覚えは?」


「ま、まったく……」


「だろうな。怪我は?」


「かすり傷と打撲ぐらいですけど……だるい、重い」


「瘴気に当てられてるな。本来なら即アウトだが……歩けるか?」


「……はい」


「よし、着いて来い。このフィールドには黒猿と赤虎のアノマリースピーシーズがいる。無駄口叩かずついてこい」


気付いたら半透明のウインドウは消えていた。


必死で大男の背中を追った。だが、体力は限界に近く、やがて担がれて移動する羽目になった。


「す、すみません……体調も悪くて……」


「瘴気のせいだ。普通の人間なら、まず生きて帰れねぇ」


「おえっ……吐きそう……」


「吐くな、下ろすぞ」


朦朧とする意識の中、大男は淡々と告げた。


「もうすぐゲートだ」


やがて、森の奥に黒い煙のような巨大な塊が見えてきた。


「放り投げるぞ」


「えっ──」


次の瞬間、ゲートに向かって放り投げられた。黒煙を抜けると、そこには日本を思わせる都市の光景が広がっていた。


──だが、もう体は動かなかった。


「立てるか?」


「あうあ……」


身体が重い。意識が沈んでいく。


「フィードバックで無理か。しゃあねぇ、呼ぶか」


最後に耳に届いたのは、大男のそんな呟きだった。


───


薄ぼんやりとした光、薬品の匂い。ゆっくりと目を開けると、白い天井が見えた。


「お、やっと起きたか」


ベッド脇には、大男がジュースパック片手に座っていた。


「ここは……?」


「21地区ゲート管理局、臨時診療棟だ。ゲート越えたやつを一時収容する場所だな」


「……ゲート? 管理局?」


まだ頭が回らない。


そのとき、スライド式のドアが静かに開き、黒スーツ姿の女性が入ってきた。冷静な顔立ち。だが、どこか親しみやすさも感じさせる。


「目覚めたばかりで悪いけど、いくつか確認させてもらうわ」


「あなたは……?」


「ゲート局、アノマリー被害対応班のユリ・アサクラ。」


ユリはパッドを取り出すと、俺に問いかけた。


「名前」


「……アサヒナ ジン」


「出身」


「東京都」


「住所」


「〇〇区××町△△−□□……」


ユリは情報を即座にパッドに打ち込む。だが、検索結果は──何も出てこなかった。

指紋認証も、血液検査も、生体データも──すべて【該当なし】。

いくつか一般常識なのど質問の後、ユリは眉ひとつ動かさず言った。


「嘘検知アノマリーにも引っかからない。……あなたは、嘘をついていない」


「アノマリー……?」


「おそらく現実改変系アノマリーによる影響よ」


「だから、アノマリーって何なんすか?」


「アノマリーには、現実では考えられない様々な異常現象や特殊事象を起こすアイテムや生物の事よ。例えば、人の存在記録そのものを消し去ったり、記憶を抜き取ったりするものが存在するわ」


ユリは淡々と続けた。


「近年、地球上には"ゲート"が発生するようになったの。ゲートの先には、世界の理を超えた現象や物体――アノマリーが存在する。私たちは、それらを管理し、被害を最小限に留めるために活動している」


彼女の声は静かだったが、その中にわずかな重みがあった。


「あなたの記録は存在せず、ここ数年…詳しくはゲート発生以降の知識しかない。あなたは、いま、恐らくアノマリーの影響にある。その可能性が高いわ」


呆然と、ユリの話を聞いていた。


「……当面、あなたはゲート局の監視下で生活してもらうわ」


ユリはパッドを見ながら事務的に言う。


「最低限の自由は保障する。住居も提供する。ただし、ゲート地区の外には原則出られない。監視対象としての処遇よ」


「そ、そんな……」


言葉を失った。まるで犯罪者扱いだ。


「期間は正式に許可が出るまでよ。」


「──まぁ、そんなに肩肘張るなよ」


横から口を挟んだのは、大男だ。ジュースパックをぐしゃりと握り潰し、無造作にゴミ箱へ放る。


「俺はゴウ タカミ。ゲート局の臨時探索班所属だ。……現場叩き上げみてぇなもんだな」


名乗ったゴウは豪快に笑った。


「いきなり自由だの権利だの言ったって、今のお前じゃ身動きすら取れねえだろ」


「……」


「だからよ」


ゴウはにやりと笑った。


「いっそ、アノマリーハンターになってみねぇか?」


「アノマリーハンター……?」


聞き返した。どこかで聞いたことがある響きだ。


「簡単に言えば、アノマリーが眠ってるゲートって所に潜るの探索者だ。ゲートの奥に潜って、ゲートの調査とかアノマリーの回収とか……まぁ、色々だな」


ゴウがラフに言うのを、ユリが冷ややかな目で一瞥した。


「……補足するわ」


ユリはパッドを閉じ、姿勢を正した。


「現在、地球各地にゲートが発生している。ゲートの中は現実とは異なる物理法則が支配し、危険なアノマリーが多数存在する。アノマリーの影響で、街が消滅したり、人間そのものが変質する事例も出ているわ。私たちゲート局は最低限の管理を行う組織。でも、それだけでは追いつかない。だから民間の探索者──アノマリーハンターたちが、ゲート内の探索やアノマリー回収して利益を得てるわ」


飲み込むのに時間がかかった。聞かされる内容が異様すぎる。


「……危ない仕事っすよね?」


「当然よ」


ユリは即答する。


「ゲート内部では普通の常識は通用しない。命を落とすリスクも常にある。それでも──」


そこでゴウが肩をすくめ、言った。


「面白いぜ? あそこは。普通に生きてたら絶対に見れねぇモンが見れる。普通じゃねぇ力だって手に入る。命がけだけどな」


ゴウの言葉に、思わずごくりと唾を飲み込んだ。


「ま、選ぶのはお前だ」


ゴウは立ち上がる。


「このまま大人しく監視されながら暮らすのもいい。でも、もしやる気があるなら──」


ぐい、と親指を自分に向けた。


「お前、面白そうだから。俺が面倒見てやる」


「……!」


突然すぎる申し出だった。


「俺についてこれるならな」


ゴウはニヤリと笑った。それは頼もしさと、底知れない恐ろしさが同居した笑みだった。


この世界で、生きていくために。俺は──どうする?

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