第2話 ダンジョンに行きましょう

「急にどうしちゃったんだろうね。長谷川君はどう思う?」


「色々な不安とかが混ざり合って混乱しちゃってああなったんじゃないの?」


目の前の多分クラスメイトの女子に話しかけられながら受け答えをする。

多分というのは、あまりクラスの人の顔を覚えていないからだ。


殴り合いをしたり、止めに入ったりした人たちは今部屋に戻ったり話を聞いたりと色々と忙しそうに駆け回っている。


そんな偽善だらけのやつに何言われたってうぜぇしか感じないのにどうしたいんだろう。


彼らは何も分かっていない。

この世界についての何も分からない不安について。


そろそろ普段だったら眠る時間だったが、いつもと違うことが起きて皆目が冴えてしまっているのか珍しく今いない当事者たち以外はここにいる。


この時間にご飯を食べに来た部屋に閉じこもっている人たちもいた。

部屋に閉じこもっている人たちはこの世界にまだ適応することが出来ずに自分の中で答えを探している最中だと思われる。


その部屋に閉じこもっている人の中の一人がクラスメイトの女子と話しているときに目の前に来た。


「……はせがわくん。この世界は、わたしたちはどうなってしまうんだろう」


それはきっと部屋にいながら自分自身にずっと問いかけていたもの。

自分が納得できる答えを探し出すことが出来なかったのだろう。


ぽりぽりと頬をかき、少しだけ悩む。

簡単に答えることは可能だ。

難しく答えることも可能だ。


でも、彼女が求めているのはそういうことではないのだろう。

自分が一番納得できるもの。

それは俺も分からないし、これから見つかるかも分からない云わば命題のようなそんな抽象的な問いだ。


だから俺から彼女に答えをあげるつもりはない。


「それは俺にも分からないよ。いつか見つかるなんてことを言うつもりもないし、だからと言って見つからないわけではない。探そうとするか探さないかのシンプルな二者択一問題だよ」


それを言うと彼女はキョトンとしたあとに口元を押さえてふふっと笑った。

それはこの世界に来て初めての笑顔だったのかもしれない。


さてと、と席を立つとそのまま自室へと入った。

伊織はまだ戻ってきていないのか部屋は真っ暗だった。


月明りだけが部屋を照らす光源となっていた。

自分の寝床を月明りが照らしているのは中々現代社会に生きていると遭遇しないよなぁとベッドメイキングがされている真新しい綺麗なベッドに横になる。


ふわり、と柑橘系の匂いが宙に舞う。



その香りに誘われるかのように深い、深い眠りに落ちていった。





それから1週間。

騎士の人たちに訓練をつけられ、しごかれた日数。


そして今日。

これからダンジョンへ初めて足を踏み入れる。


前衛、中衛、後衛と分けられそれぞれが緊張の面持ちで自分のずっしりとした武器を握りしめこの世界を受け入れ始めたことを示した。


部屋に当初閉じこもっていた組も途中からではあるが、しっかりと参加をし力をつけていった。


でも、異世界での数日の違いは大きい。

そのため後衛へと宛がわれている。


俺は武器を作ることも出来るし、戦うことも出来るため後ろから敵が来た場合は対処できるようにと中衛へと配置された。


先陣を切るのは英雄と勇者の二人。

その背中はこの1週間での鍛錬のお陰か少し筋肉がつき、ごつくなった。


あの二人が使いやすい武器っていうのがまだ見つかっていないから作る側としては厄介なんだよなぁと二人の背中を見る。


例えば刀が得意だと分かれば、今度は刃渡りは何センチでととことん得意に合わせることが出来る。


二人はそれが判明していないために、まだまだその場で俺が思いついた武器を作って渡している現状だ。


だが、リーチの短いナイフは苦手そうだった。

苦手が一つだけ分かっているだけでもいいか、と今は納得させている。


魔法の詠唱に関してだが、今はまだ無詠唱を安定して出すことが出来ないため省略してなんとかしようと思っている。



この少しだけふわふわした空気が何か分からないけど良くない気がする。

小さくため息を溢す。


伊織は俺に視線を向けるとそのまま前方を向いた。

実は伊織としばらく会話をしていない。


元々会話自体が少ないほうだったし、特に気にはしていないがくすくすと笑われるこの空気に苛立ってしまう。


何でも対処できるようにクラスの人たちにばれないようにナイフだけポケットに忍ばせている。


これがどうなるかは分からないけど。



前衛部隊が歩きだしたため、中衛、後衛も後に続く。

無言を一応みんな貫いている。


出発前に私語はしないようにと注意を受けているためだが。


前衛から止まれと手が出る。


索敵を持った後衛の子が声を荒げる。


「敵3体!! こっちに近づいてきてる!!」


「戦闘準備を!」


前方をみんな警戒している。

ナイフを追加で5本取り出すと、指に挟んだ。


みんなの心音が聞こえてきそうなほど静かな一瞬。

中衛。

つまりは俺の頭上から緑色の子どものような体系のモンスター。

ゴブリンが現れた。


頭上は予想外だったのか、前衛は気づきもしていない。

落ちてくる一瞬後衛から悲鳴が上がる直前、気づいた俺は持っていた5本のナイフを投げた。


2本は頭に命中するように。

残り3本は外した。


全部を俺だけで倒すと誰の経験にもならないから。


「やばい! 取り漏らした!!」


「大丈夫!! 後衛! 弓! 弛緩魔法!!」


ほら。

こうやって俺の望み通りに動いてくれる。

ニコニコと笑いながら、「ありがとう」なんていうと2体倒してくれたお陰だと返ってくる。


そしてヘイトは前衛へと向く。


「なんで前衛が気づかなかったの!? ちゃんと見てる!? ここは遊び場じゃないのよ」


ほら。

こうやってどんどん俺の存在を大切に、大事に思っていく。


人間は焦るとその本性が現れるといわれている。

所詮はこの程度の本性ってわけだ。

そのときグラりと揺れた。



地震。

俺たちが生まれ育った国、というか世界では当たり前であった現象。

それに誰一人として慌てずにその場に立ち止まった。


でも、ここは地震大国のあの国ではない。

地震、というか地揺れの原因があるはずなのだ。



今回の場合は、突如現れた大型モンスターのようだけど。



目の前にとてつもない大きさの熊のようなモンスターが現れる。

先ほどの口論で乱れた隊列に亀裂を入れるためか、二足歩行になり大きく手を振りかぶった。


「よけろ!!」


左右にそれぞれ避けると同時に、振り下ろされた手。

その手は土埃を起こしながら、ダンジョンの地面を割った。


たったの一振り。

されど一振りだ。


その一撃で俺たちを簡単にひねり殺すことが可能なのが分かってしまった。

そしてこの不安は伝播する。


左右に避けた状態で、這いずって逃げようとするクラスメイトたち。

勇者も英雄も使い物にならない。


俺だって怖い。

俺だって逃げたい。

俺だって帰りたい。


唯一、怯えを見せなかったせいか。

勇者に言われた。


「お前!! 俺たちが逃げるまでの殿を務めてくれ!」


それだけを言うと驚いている伊織を引っ掴んでそのまま走って行ってしまった。


「俺、いいって言ってないんだけど……」


大きく咆哮した奴は唯一残っている俺に突進してきた。

それを右へと転がりながら避ける。


コイツはきっと俺よりも体力とパワーが優れている。

今のままじゃ倒せない。

殿って言われたけど、俺いいって言ってないから放棄しても大丈夫なわけで。


コイツが見た目通りの熊なら。


「これを見逃せないよなっ!!」


そう。

蜂蜜。


某黄色い熊のやつでも蜂蜜だ~い好きと言っているくらいだ。

あの蜂蜜は俺のおやつにかけているものだが、命よりは惜しくはない。


熊は俺の手から放たれるその瓶をそのまま頭に被った。

瓶が割れ、どろりと零れる内容物。


熊はそれを手ですくい始めた。

ざり、ざりと背中を見せないようにゆっくりと下がっていく。


ぴたり、ぴたりと下がる。

汗が流れ落ちる。


その部屋のような場所から出たところで溜めていた息を吐きだした。

どっと疲れが襲い掛かり、まだ出口に到着していないのにそこで意識が無くなってしまった。




その意識はゆらり、ゆらりと揺れ動く振動で起きた。

誰かに抱えられているようだった。


そこでパチリと目を開くと、先ほどの熊がいた。


「っ!!」


臨戦態勢を取ろうとするとバチバチッと体に電気が走った。

息を呑む。


それにと、先ほどとは違うのは熊の手のひらの上に誰かが座っている。

その者と俺はそれなりに距離が離れているために、顔が読み取れない。


熊が歩み寄ってくる。

いくら虚勢を張ろうとも死ぬという現実を前にしたとき、俺は本能で死にたくないと思った。


身体がガクガクと震え、熊から逃げ出したい思いが強く出ていた。


それを止めたのは、熊の手のひらに載っていた者だった。


手のひらから飛び降りてくると、そのまま着地をし俺にグイッと迫ってきた。


呼吸を忘れて俺はその人に魅入ってしまった。



「少年。一人でなぜコヤツと戦った」


「……俺、は。任されたから。やらなきゃって」


「だが、それは押し付けられ、反故にしてもよい約束であろう?」


俺の目にソイツの睫毛が触れるのではないかと思うほどに近い距離で顎を掴まれ、俺は当惑していた。


確かに反故にしてもよかった。

俺だって逃げたかったし。

でも、逃げることのできるビジョンが、イメージが全く湧かなかった。


決して勇者どもを救いたかったわけではない。


「俺は、自分が何をしたいのかが分からないんだ……俺は自分の気持ちの成熟期間を全て刃物に費やしたから」


「……ふむ。おぬしはここで死ぬのも厭わぬ表情なのだな」


「この量を倒すことは出来るかもしれないけど、お前は倒すどころか俺は触れることすら出来ない」


「頭がいいんじゃな?」


黒髪の長髪をなびかせる彼は俺にとっては畏怖の存在だった。


「おぬし、わしのところで刃物を振るう気はないか?」


「おまえが誰かも分からないのに?」


その瞬間相手の顔がニタリと歪んだ。

頭の中で警鐘が鳴る。

コイツはヤバい。


「われは、現魔王直属部隊長ローズハート・アイン。おぬしら勇者召喚の儀式にて召喚された者を数減らしを行う予定じゃったのだが、それよりも惹かれる原石に出会ってしもうた」


「だが、おれはそれを承諾するわけには……」


「ここで死ぬのも厭わない顔だしなぁ。しょうがないなぁ。他の者を殺したらこちらに来るか?」


それに、と付け加える彼。


「おぬし、あちらにも肩入れしているわけではなかろう? 貴様が気にしているのは外面であろう? 『何を思われるか』。それだけなら問題はない」


手をこちらに差し出してくる。


「貴様を捨てた者など捨て、こちらに来い」


その手を俺は―

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異世界に転移させられたけど、全員を裏切ってみたいと思う ¿? @may-be

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