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偶然と言うのはあるもので、土曜日、専務との待ち合わせ前にお茶でもしようと早めに日本橋に向かうと、専務宅前で加賀さんとばったり会う。
「あ! 私、加賀です。前に電話で、透助の家でも一度お会いした秘書さんですよね? もしかして今から透助と会います? 今、透助んとこ行ったら誰もいなくて、いつ帰って来るのかなあ、管理人さんも知らないらしくて」
私と会って興奮気味の加賀さんに問われるが、このあと私と出掛けるために、東京駅に双子ちゃん達を迎えに行ってますと言うわけにもいかないから黙っていると、
「すみません、そこまで分からないですよね……そうだ、ちょっとお茶しません?」
ぐいぐい間を詰められ断り切れず、誘われるがまま近くの喫茶店について行く。
カランと鳴る扉を開けると、挽き立てコーヒーの香ばしいかおりに包まれる。
窓際の席に通され、私はホットコーヒー、加賀さんは紅茶を頼んだ。加賀さんはしばらく、ロンドン留学時代の話しやら仕事――ご実家の不動産業を手伝っているらしい――の話を喋っていたが、ふと黙り込んで「透助、変わりましたね」と、声のトーンを抑えて呟いた。
「この間、家で会った日、一年ぶりだったんだけど、なんか優しくなってた、明るくなったと言うか、柔和になった感じ」
「柔和、ですか」
「そう、柔和。あの朝あなたが帰ったあと、そう思ったの。多分秘書さんって、透助が気にするタイプの女性なのかな。だから透助も、優しくなるんでしょうね」
そう言って窓の外を眺めているが、私、なんて答えていいのか分からない。
「あの、お二人はお付き合いされてたのでしょうか?」
あまりにも自然にその質問が口から出た事に、自分でもびっくりした。
「そう見えます? 付き合っていた、付き合いたかった、付き合ってるって思い込みたかった、どれが正解かな」と言って、紅茶を一口飲んだ。
「ああ、早くすっきりしたいのに、透助のやつ逃げ回ってるんだもん、今日こそぶちまけてやるって、ちょっとあれ、あの車、透助のじゃない?」
窓の外を見ると、見慣れた紺色のセダンが店の前を通って、信号待ちで停まった。透矢君と亜矢ちゃんも乗っている。
加賀さんはすっと立ち上がり、お会計を済ませてくれて、私が自分のコーヒー代を払おうとしても受け取る事なく、急いで店を出た。専務宅へ向かうと、ちょうど管理人のヨシダさんと話している専務一行と会う。
「透助」と加賀さんに呼ばれた専務は、びっくりしたように振り返った。
「なんで連絡くれないの?」
専務は、私やヨシダさんもいる中で気まずいのか質問には答えず、双子に鍵を持たせて、先にエレベーターに乗せようとしている。双子も子供なりに関心があるようだが、私が「大人の話よ」と言うと乗り込んだものの、扉は開けたままにしている。
「あの、私、外でお待ちしておりますので……」
「いいの」「いいから」と、専務と加賀さんの声が重なった。
「私、秘書さんにも一緒に聞いて欲しいから、いいでしょ透助」
出掛ける事を口外できない以上、専務の指示に従うしかないのだが、どうやら専務も私に留まって欲しそうで、結局、子供達と同じエレベーターに全員で乗る形になった。
部屋に入ると、双子ちゃん達は大人にかまって欲しいのか、壁からちょこんと顔を出してはきゃーと駆け回ったり、専務は落ち着かせるのに苦労している様子だ。私と加賀さんはその様子を、他愛もない話をしながら見ていたが、しばらくして落ち着いたらしく、やれやれと言った感じの専務が私達の所にやって来た。
「モトカ、お前、来るのがいつも急すぎるって」
「もう、そんな冷たくしなくても。この間だって一年ぶりだったのに、すーぐ追い返されちゃったし、久々に会った友人の妹よ、幼馴染でしょ、もっと労わってよ」
「俺、そんな冷たいか? だってお前、何で帰国したかも言わないし」
「だから、それを話そうと訪ねて来たんじゃない」
「確かに、この間は悪かった。飲み過ぎでつらかったんだって、すまん」と言って、加賀さんの隣に腰掛けた。
「単刀直入に言うけど、私、ちゃんとお別れ言いたくて」
「またそういう訳の分からない事言う」
「だって、やなんだもん。しっかりお別れ言えてないの」
「だから意味深な言い方やめろって」
「だって……透助言ったじゃない。二人でご飯行った時、透助酔っぱらって、私が家まで送って行ってあげてさ、その時、私の事好き? て聞いたら、うんって、言ったもん」
「お前なあ、前もそれ言ってたけど俺、記憶ないし、好きにも色々あるだろ」
「ああ、記憶ないからって、私の事もてあそんでるんだ」
そう言って俯いた加賀さんの表情は、顔に髪がはらりと掛かって確認できないが、肩を震わせているのが分かる。
「私に連絡してって、お兄ちゃんから透助に頼んでもらったのに連絡くれないし」
「それは、時差があって……」
「会社に電話したのに折り返しないし」
「それは、忘れてた、ごめん。てかお前なあ、俺だって相当忙しい人間なんだぞ」
「……」
俯いていた加賀さんは、髪をそっと耳に掛けた。静かに顔を上げると、次の瞬間、噴き出すように大笑いした。
「ああ面白い」
私も専務も唖然。
「透助、ほんとすぐ騙されちゃうんだから、だめだよ、気を付けないと」
「どういう事」
「私ね、結婚するんだ!」
「え?」
「だから、結婚するの」
加賀さんは笑いが止まらないようで、軽く涙まで流している。
「なんだよ、最初からそう言ってくれよ」
「言おうとしたのに折り返しくれないし、帰国ついでに家寄ってもすぐ帰れって言うし、じゃあ仕事中にちょっと報告すればいいかなと思っても繋がらないし、だから驚かせてやろうと思って、来ちゃった」
「兄貴通して言ってくれても良かったじゃん、メールだってあるし」
「自分の口で、ちゃんと報告したかったんだもん。ね、ちゃんとお別れでしょ、独身の私にお別れ」と、晴れ晴れとした表情で言った。
「おめでとう、幸せになれよ」
そう言って専務は、加賀さんの肩に右手をポンと置いた。
「ありがとう。これ、絶対来てよ」
鞄の中から取り出した招待状らしき物を渡しながら、加賀さんも専務の肩に手を置いた。幼馴染特有の、阿吽の呼吸を感じる。
「サンキュ」
「秘書さん、驚かせてすみませんでした」
「おめでとうございます」
「透助のそばに頼れる人がいてくれて、私、安心しました。透助の事、よろしくお願いしますね」
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