第12話

 グリーンスペース国スラム街セダイラ宅──。


「痛っ」

「何じゃこりゃ、綺麗な宝石だな」

 耳たぶに穴を開けているグノスィに向かってセダイラが箱の中身を見ながら言う。

「触るなよ? 手の汗で酸化したりしたらとんでもないことになる」

「さんか? ようわからんが触らないようにしとく。そういえばアゲリアはどうした?」

「あっ…………」

 すっかり忘れていたという様子のグノスィ。

「おいおい…………」

「まあ自力で戻って来れるでしょ」


 ──どうしよっかなあ、これ。

 ファーストピアスというものがある。

 耳たぶに穴を作るために長期間つけるものだ。だが手元にそれはない。

 傷口を綺麗にするために使うのだが、それはそれとして疑問に残ったことがある。

 何故ピアスなのかということだ。イヤリングでもいいじゃないか。

 まあ簡単なことだが、光の道を作るためだろう。

 とするとファーストピアスは逆効果だ。傷口を塞いでしまうと元も子もない。

 ということで────。


「……どうだ?」

「おお、いいじゃねえか」

 流れる川をイメージした飾りの下に大粒の水滴を模した水色の結晶。

 だが──難しいな。

 光の操作は容易ではなかった。

 加えてできたところで何かが起こる気がしない。

 ひとまずこれに慣れるところから始めよう。

「九色あるっつうことは初めに代表を九人に設定したのは人間側なのか?」

 何気なく呟いた核心を突くセダイラの独り言にグノスィはハッとさせられる。


 ──なんで気づかなかった? 当たり前じゃないか。都合良く九人になるはすがない。人間の方が強かったから? いや、そんな単純な理由ではないはずだ。一体あの時代に何が起こったんだ? わからない。今いくら考えたところで答えは出ないだろう。


「せめてこれを理解している人物に出会えればなあ」

「劣等種の国にも居るじゃねえか」

「うん?」

「国王だよ。齢七十を超えるジジイだ。今じゃ過去の栄光で築いた私財を囲うだけの老害だが、大会が始まる頃には王位継承していたはずだからな」

 グノスィは全く知らぬことだが、その王の名はフォンテ・ル・シャッテン。

 かつてほんの一時期だが賢王と謳われ、隆盛を迎える国を築いた人物だった。

 ──その面影は見るも無惨に消え去ってしまったが。


「賢王なんて言われてたぐらいだ。そいつの価値は奴が一番理解しているだろうよ」

「そうか…………」

 外を眺めながらグノスィは物思いに耽る。

 次の目的地への計画をその胸にひっそりと隠しながら────。

 



 ♢♢♢



 元に戻って大樹の城の一室──。


「んぐんぐ……ぷはあっ! 苦っ!」

「くくく……。酒は慣れてくれば美味いものよ」

 高級な部屋にそぐわぬテーブル上のさかずきをよそに二人は大量につくられた料理の皿を空にしていく。

「話は変わるがここって何人居るんだ?」

「身内しか入れてない。だから十三人だ」

「すっくねえな」

 こんな広い部屋を独り占めかよ、と心の中で愚痴るアゲリア。

 第一位の新人類の一般家庭でさえそんな贅沢は許されない。

 人間には一人もいないのではと疑うレベルだ。


 パチン


 外で軽快な音がした。

 するとルフは断りを入れて立ち上がり、扉の向こう側へ姿を消す。


「どうしました、ガルーダ様?」

「終わったわ」

 ガルーダは壁に背を向けて即答する。

「わかりました。この忠実なるしもべに御命令を」

「さっさと野良犬を放り出しなさい」

「……承知致しました」

 返事を聞くや否やガルーダは立ち去りルフは部屋に戻る。

「お? なんだったんだ?」

「悪いが主人の命令だ。家に帰るように、だと」

「え? あいつは? 俺と一緒に来た奴……」

「まだ詳しく聞いてはいないが、もう帰ったらしい」

 その答えに置いて行かれたという寂しさではなく、どうやって戻ればいいんだよという焦燥感にアゲリアはさいなまれていた。

 いくら上部から街を一望できるとはいえ、スラム街は思いの外広い。

 さらに土地勘の無い場所では方向を見失う恐れがある。

 以上の懸念からそこまで深く考えてはいないが彼は簡単に返事ができなかった。

「……どうした? まさか家の場所がわかんねえとか言い出すんじゃねえだろうな?」

「………………」

「え、おい、嘘だろ?」

 ルフは頭を抱えて残念そうな目でアゲリアを見る。

 その視線に気づいてアゲリアは言い返す。

「俺のせいじゃねえよ! 元はと言えばあいつが何も言わずに俺を連れ出してきたのが悪いんだよ!」

「あ〜面倒くせえなあ、お前ら。わ〜ったよ。一戦交えた仲だ。借りにしとくぞ?」

 渋々頷くアゲリアに呆れるルフだが、部屋に取り付けてある電話で連絡を取る。

「どうすればいい?」

 受話器を戻したルフにアゲリアは問う。

「どうせあの汚ねえ服だ。碌な場所に住んでなかったんだろ? 境界らへんの家を買い上げさせた。そこに住め」

 呆然とするアゲリアを置き去りにして話はどんどん進んでいった。

 管理はどうだとか、金の工面の話だとか、アゲリアには何一つ理解できなかったが、一つだけ理解できたことがあった。

 ──結局一人じゃねえか、と。



「あいつまだ戻ってきてないんじゃないか?」

「おかしいな。もう夜だが……」

 置いてきたことに怒鳴り込んでくるはずだと踏んでいたグノスィは変だなと疑問に思いつつ、まあ昨日会ったばかりだしそんなもんかと考えるのをやめる。

「どうせあいつのことだ。疲れて寝たんだろう」

 と、全く心配していない様子であった。

 セダイラもそこまで気にしていないようで目を瞬かせながらうつらうつらと船を漕ぐ。

 ──忙しくなるな。

 今日までもすでに怒涛の日々の連続だが、それはこれからも変わらないと予感するグノスィ。

 徐々に心が凪いでいくにつれ、彼の影は小さく水面のように揺らめいていた。

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