第5話

「──という感じだ」

 聞き終えた青年、グノスィは予想以上にことの深刻さを理解していた。

「人間、劣等種の国は今世界にいくつある?」

「あ〜確か…3つだったか? タンジー」

「……俺に聞かれても困りますよ」

 やれやれと首を横に振るセダイラ。

「だがな、何にせよ陸にある国はそれだけだ。しかも小さい島国の、な……それに、あの浮遊島だ」

「代表を決める、あの?」

「そうだ。あれだけで……はまだ大会に出られ続ける」


 セダイラはまだ微かな望みを抱いているようだ。

 だが、あえて青年はその言葉を聞き流した。


 あの島は──出場権の役割を果たしているのか。

 大会の詳細次第で方針が決まると感じた青年は次の行動に出る。


「代表はどうやって決めるんだ?」

「代表か……この街で情報は入ってこない。だからこの街に来る前までの話なら教えてやる」

「お願いします」


 頭を下げてグノスィはお願いする。

 この世界でも頭を下げる行為は懇願を意味するようで、セダイラはその申し出を受け入れた。


「選抜される頭数は9人。すなわち──団体戦だ」


 つまりそれは青年一人勝ったところで意味がないということ。

 少なくとも他半分を勝たせなければならないということ。


「……だが勘違いするんじゃねえぞ、それはあくまでも一対一の勝負の場合だけだ」

「つまり?」

「最終的にお前が生き残ってれば勝ちとなる手合いにすればお前が勝てる可能性は高まる」


 だがそれは試合の内容をこちらが指定できる場合に限るだろう。

 白星がゼロの状況で、こちらが勝てる余地がある勝負に指定できれば。

 或いは種の垣根を関係なく取っ払う、知力のみの勝負ならば。

 人間は白星をつけられたはず。


 実際にはそうはならなかった。

 それが意味するのは──上位種が形式を指定できるということ。

 絶望的だ。

 一人の強者は八人の弱者より弱いのだ。

 知力、武力ともに彼らを鍛え上げなければならない。

 それでもやらなければならない。

 そんなふうに考えているうちに部屋の中が暗くなってきた。

「もう……夜か」

(夜? 夜があるのか?)

 セダイラが呟いた一言に青年は疑問を感じた。

 確かに昼があれば夜はあるだろう。

 その光はどこから来ているのか。

 わからないことだらけな世に孤独感を覚える。

「タン爺さん」

「どうした、小僧」

「世界の外はどうなっているんだろうな」

「外って……何言ってんだお前?」

 眉をひそめて訝しむ彼に青年は黙ることしかできない。


 たとえ──この世界が偶然の産物だとしても。

 神に創られたものだとしても。

 そこに真理を求めるべきではないのだろうが。

 世界の異物であることへの恐怖か。

 それとも他者との繋がりを欲しているのか。

 いづれにせよ、青年の心を埋められるものは果たして現れるのか。

 それだけが今の彼の青い悩みであった。


 小さい電球が部屋を明るくすると、暖色が心地良かった。

「若者は〜辛えよなあ……」

「?」

 部屋の奥から戻ってきたセダイラがよっこらせと言って椅子にどかっと座った。

「──その時期は色々悩むもんだ。いつ自分が死ぬのか、大人になるのが怖いとか、なんでもな……なんでも」

「セダイラさんもそういった経験があるのですか?」

 タンジーが怖ず怖ずと声をかけると、セダイラは膝をバシッと叩いた。

「ああ、おいらの頃は丁度戦争やってた時期だからな。いつも明日生きることを考えて生きていた」

 コップを差し出すセダイラはそこに熱い液体を注ぎ込む。

「あの……これは?」

 覗き込むと茶色の濁った液体。

 少なくとも水には見えない。

「見たことねえのかい?」

 驚いたようにセダイラ。

「私が居た場所では見たことがないな……」

「嘘つけ」

 タンジーまでも嘘つき呼ばわりする始末。

 ──何故だ。何故彼らはそんなふうに言うのだ。


「それ、緑茶だぞ?」

「………………は?」

 この濁水が?

 まだ烏龍茶と言われた方が受け入れられる。

 もしくは玄米茶か何かと間違えているのではないだろうか。

「ちなみにこれは何色だ?」

「ん? 茶色だろ?」

「…………」

 茶色の緑茶。意味がわからん。

 確かに匂いは緑茶だ。

 味も……緑茶だ。

 おかしいのが自分か、世界か。

 もうどうでも良くなってきた頃、

「これからどうするんだ、あんた」

 と、セダイラが言った。

「まずは仲間を探さないといけない」

「それもそうだが……宛はあるのか?」

「……ないな、残念なことに」

 最初からここの住人だったなら。

 そう何度も考えた。

 僅か数時間程度の間でしかないけれど。

「ここに良い人材はいないか?」

「──居るには居るが……」

 言葉に詰まるセダイラ。

 一方、タンジーも難しい顔をして唸っていた。

「何か問題でもあるのか?」

「……あいつは狂犬みたいなもんでな。お前と同じくらいの年頃なのだが、スラム生まれで教養もないうえ、俺とセダイラさん以外には威張り散らしているんだ」

 セダイラの代わりにタンジーが答えた。


「……わかった。一人目はそいつにしよう」

 短い時間で青年は決断した。

 これは──世界挑戦への第一歩なのだと。

 こんなところで躓くようではこの先やっていけない。

 時間もない。

 だから早足で行かなければならない。

 それが最適解に繋がることを信じて──


 青年は布の隙間から覗く暗闇に浮かんだ、一つの島を、静かに見つめていた。

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