第40話 今が過去になる瞬間

 過去には懐かしさがある

戻ろうとしても戻れない

それだけに愛おしい


今の方が快適だが、過去の方がちょっとだけイカれている。そこが良いのかもしれない


 幼き頃、ふと感じたことがあった

コンクリートの建物の角、直角に曲がる所で足を止めて感じた

 まがれるし、とまれる、イタクない

" そういえば、オレ、ころばなくなった " と思った

体のコントロールがまだ未熟な幼児の頃

ようやく走ってるようなもので、しょっちゅう転んでいた

ある時から転ばなくなり

不思議な感じがした


また、ある時

水道の蛇口に手が届いて簡単に水が出せるようになった

便利だ

それまでは、ジャンプしてシンクのヘリによじ登っていた。両腕と腹で体重を支え、一瞬片手を離して早技で蛇口を開けた

シンクのヘリが腹に食い込んで痛い

そして着地してからはじめて水が使える。再度ジャンプして、お腹の痛みを我慢しながら蛇口を閉めた


もうジャンプしなくていいのかと思うとホッとした


時間はとめどもなく流れる

止まってはくれない


 甘酸っぱい過去の味わいはいい

しかし、私は決して、" 今 "に負けた人でないと信じている

逃げている訳ではない


未練たらたらみたいだが、私は過去が好き

きっと、割と恵まれていたからでしょう。お金以外に限るけど

いや、待てよ

悲劇もある

中学生の時、映画館から出てきたら、自転車の前輪が盗まれていた

当時は呆然と立ち尽くした。後から考えると、ものすごく腹が立つ

何故、高級自転車でもない、何の変哲もない私のマシンを標的に・・・

サドルが無くなったとしたら、まだ理解できる。そんな性癖の奴がいるのだろうが、何故、中途半端な中古の車輪を?

理解出来ない


 前輪が盗まれたと言ったが、実は後輪だった様な気もしている。外し難そうな方を何故盗るのか、と当時思った事を覚えている

そうだとしたら、完全にサイコパスだ

後輪を外すのはえらく大変。チェーンの処理が煩わしい。5段ギアをどうする?

それを私が映画を見ている時間内にやり抜ける

そのバイタリティは何?


過去に受けた酷い仕打ちの中で、ギリギリ消化できるものの一つだ


未来が嫌いな訳ではない

ほんの少しの幸福で精神が満たされるという特な心根も身に付いている


悲劇もあったが、深刻では無いと言えるものばかりで、ツキもあった

しかし、思い出そうと思えば、次々に受けた傷が顕になる


唐突だが、それも昨日でリセット

何のきっかけもないが、そう決めた


未来も好き

そう決まったら、ちよっとだけ前を向きましょう

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