第30話 善人に宿る悪魔

 人間は基本的には善人だと思いたい

しかし、疑わしい場面に出くわすことがある


その昔、運動部にて、下級生を困らすことに喜びを感じる先輩がいた。" 困らす " は、鍛えるとも言えなくもない

しかし、その時の先輩は心から楽しそうだった。そんな人間性には共感できない

しかしそれをもって悪人とは言い切れない。普通の人だった


私は他人を鍛えるには甘いのかもしれない

しかし、そんなことを喜べる感情は悪人の萌芽だと密かに思っていた


 就職してからもあった

後輩が困難な事柄を乗り越えて完成の喜びに浸っている時、やり直しを命じ、その後輩の落胆をすごく嬉しそうに感じている。そんな人間がいた

ダメな部分は、より良くするアドバイスをするだけで良いのに、なんでわざわざ落胆させるのか、その心がよくわからない


私はその男の先輩であったから、実害はなかったが、どんな育ちをしてきたのかと思っていた


他人の落胆を喜ぶ精神的な恍惚が、ある種の人達にはあるのかもしれない


怖い


 そこで私。果たして善人だろうか

外出すると誰かを助けたくてしょうがない衝動に駆られる

それもちょっと異常だが善人ぽい

これは日常で人を助ける場面が少ないから来るもので、もし貧しい国に生まれ、助けなきゃいけない人が街にあふれていたら、きっと無視するだろう

度合いの問題


更に、私の中の悪魔の部分に肉薄した場面があった


 出張

私は一泊に対応する為、重いのであまり使わないカバンに荷物を詰めて出発した

そのカバンは、角が丸みを帯びて深い緑色で

スタイリッシュだったが、実質は硬くて重いアタッシュケースだった


出張の全てが終えた帰り道。安堵に包まれて新幹線に乗るのだが、待っている列が長く、ものすごく混んでいた

指定席に乗れば良いのだが、自由席を選んだ

指定席でも会社からお金が出るかもしれないが、その交渉がめんどくさかったからだ


 長い列と一緒に新幹線に乗り込む。座席も満員の状況だった

 それでも空いた席を探そうと私を含んだ1列は真ん中の通路を速足で歩いた

その時、私の持っていたカバンが「ガン」という音を立て揺れたが歩みは止めなかった

なかなかの衝撃

体格の良い、いかついオッサンが「うっ」と息を飲んで目をつぶった

 通路に足がはみ出ていた。いかついオッサン

の、いかつい石膏で覆われた足に激突して通過した


骨折でもしているのか、オッサンは膝から下を石膏で固めていた


スピードにのっていた私は振り向きざまに、すいませんと言えたが、列に押されて進んでいってしまった

悪い事したなぁ

大丈夫だったのかな?

通路に石膏の足がはみ出ているとは予想できなかった


申し訳ないな

そうは思ったが、後にあの場面を思い返すと

なぜか、ふっと笑えてきてしまう

トムとジェリーのジェリーがトンカチで、トムの足を叩いて、トムが叫ぶ感じ

チャップリンの時代の活劇で、ちょっと悪めの人にひどい目をあわせながら逃げてゆく感じ

ドリフにも似ている


いかにも気が強くて、口うるさそうなオッサンが導入部

いかつい石膏に、いかついカバンが当たって

瞬間的に、強そうなオッサンが目をつぶり「うっ」と痛みにさらされる


少し笑ってしまう

これは私の悪魔の部分


あれが、いかついオッサンでなく、おばあさんだったり、子供だったりしたら、これは笑い事では無い

後悔で、ずっと自分を責めるような出来事だ


自分に悪魔性があるのか

笑える点が何処なのか


いかついオッサンが、いかつい石膏を付けているそのビジュアルがまず笑える

その石膏の足を通路にはみ出して座っていることも、何かおかしい

ぶつけた私が無意識なのに強力な打撃

私が持っている中で、一番硬く重たいカバンを、文字通りお見舞いしてしまった

骨を痛めている足に重いカバンを激突させたことへの謝罪が、小声での「すみません」という軽い反応。この対比のアンバランス


喜劇でしかない


これは後輩が落胆するのを喜ぶ先輩と同じなのか

同じではないと思いたいが、種類が似ている


オッサン、悪かったな


くっくつく

また、笑ってしまった




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