漆 狩の話
上弦町には、町を一望できる神社がある。ある方面では有名だが、別段名前が全国に知れ渡っているわけではない。どこにでもある町の氏神様、のような立ち位置である。
「
「……それ、関係者の居る所で言いますか?」
参道として整備された長い石段の上に座るサラリーマン風の男は、社に至る鳥居を見上げて汗を拭う。彼の目線の先には、陽光を背にして竹ぼうきを持った巫女がいた。彼女は男のボヤキを聞いて目を細め、静かな口調で言葉を紡ぐ。紡がれた言葉の割に口調にはほぼ棘がないのを分かっている男は、巫女の苦言に笑いながら立ち上がった。
「未希ちゃんの前だから言ったんだよ。これが貴仁さん達の前なら、僕の首が飛んでいただろうね」
「自覚があるようでなによりです。それにしても、またどこかで厄介事に首を突っ込んだんですか、
「ん~? そんなこと無いよ。まぁ未希ちゃんに用があったのは間違いないけど」
胡散臭い笑みを浮かべ、眞藤は細長い筒状の物を
「……投げないで下さい。狩猟用の短弓が怒ってますよ」
「あ〜やっぱり付喪神だったか〜。それ、急に来た人が、勝手に動くし鳴るから不気味だ! って言って置いて行っちゃったんだ。君に渡して正解だね」
眞藤の言葉に未希の目が剣呑さを帯びる。付喪神とは長く大事に使われた道具に魂が宿ったモノのことだ。そんなものを投げて寄越すなど、モノの扱いがなっていない、と文句を言うのも仕方ない。未希は丁寧に手入れされていた付喪神の気配を正確に読み取りその代弁をしたのだが、彼にはあまり響かなかったようだ。用は済んだ、と片手を上げて、石段を降りて行ってしまった。去り行く背を引き止めもせず見送り、彼女は深紅の瞳を腕の内に収まる付喪神の入れ物に向けた。
「……アレの事? アレは、只の視える人。今風に言うなら祓い屋。視えて、祓える、詐欺師じゃない方。でも、返すだけの力が無いから厄介モノを抱えてここに来る。それだけの人間だよ」
腕に抱えた入れ物に向かって、まるで聞かれたくない独り言を漏らすような小声で話す。実際、ぬぐい切れない胡散臭さを醸し出す眞藤は、その手の何でも買取屋を経営している。表向きにはリサイクルショップだが、オカルト案件にも対応してくれるということで、陰ながらの知名度はそこそこ高い。それだけの人間だが、そういう人間は意図せず様々なモノを呼び込みやすい。彼ではどうしようもできない案件も時々混ざるため、そういう時には未希達に押し付け、もとい、依頼として案件を持ち込むのだ。
「アレが寄越す依頼は、嫌いじゃない。たまに楽しい。今回みたいな事もあるし」
『この地に縁深い物が戻るなんて、珍しいものね』
『あの男は稀有な縁を手繰り、呼び寄せる星の元にある。さもありなんだ』
「……何者だ?」
付喪神に語り掛けていたのに、まさか背後から二種の声で返答が来るとは思わなかった。未希は流れるような動作で筒から弓を取り出し、番える矢を持たないままに弓を引いて振り返る。取り出された漆塗りの短弓は滑らかな手触りで、丁寧に管理されていた事が分かる良品だ。引いた弦も劣化を感じさせない強度を持っている。まるで、今張り直したばかり、といっても過言ではないほどだ。
「三度は問わぬ。何者だ?」
見開かれた深紅い左目と黒のままの右目は、虎模様の鎧を身に着ける獣耳の白髪の偉丈夫と、寄り添い立つ鹿の角を持つ新緑の髪の女性が現世にありながら隠世の存在であることを教えている。右目で見れば彼らは半透明で景色に溶け込み、左目で見れば実体を持ってそこに在った。彼女の人ならざるモノへの威嚇行動に、新緑の髪の女性が即座に反応した。彼女は龍の飾りをつけた大型の薙刀を片手で軽々と振り回すと、未希の首にしっかりと刃先を合わせた。その目は緑色に輝き、瞳孔は蛇のそれに似ている。彼女のその動きは好戦的な行動というより、咄嗟に出たもののように思えた。
『物騒!』
「どの口が」
『青龍よ、非礼は我等の方だ。その刀を下ろすがよい』
そんな、一触即発の状況に待ったが掛かる。白髪の偉丈夫が、新緑の髪の女性の前に手を出してその行動を制したのだ。偉丈夫の制止に女性は薙刀を下ろして唇を尖らせた。女性が薙刀を下ろしたのを見て、未希も漆塗りの短弓を下ろす。意図せず弾いた弦は鳴らなかった。
『むぅ……。白虎がそういうなら……』
「青龍? 白虎? まさか四神……? 何故ここに?」
『知っていたか。そうだ、我は白虎。これなる青龍刀を持つ者が青龍だ。我等は貴殿に頼みがあってきたのだ。狂いし勾陣を調伏せしめた、貴殿に』
勾陣。その名を聞いて未希の顔が僅かに歪む。十二天将が一柱にして四神の長、土天に属する凶将。知らないはずを知っているという、奇妙な違和感を齎した存在。その名をまた聞く事になるとは。そこでふと、違和感にぶつかる。自分は何故、勾陣が十二天将の一柱と知っているのだろうか。
「……十二……天将……、なぜそれが分かるんだ……?」
『それを考えるのは後でいいと思うよ。それより早くしないと……あ、』
「?! なんだ、この声!」
『朱雀め、早かったな』
「未希、未希! 大変! 大変だよ!! 急にでっかい赤い鳥が空に! 他の鳥もおかしくな……って、どちら様ぁ?!」
上弦町の空を飛び交う鳥達は、喚き散らしながら眼下に広がる町の中へ羽ばたきながら落ちていく。雲がまばらに浮かぶ空には、見たことない程大きな赤い鳥が狂ったような甲高い鳴き声を上げて羽ばたいていた。一体何が起こっているのか理解しきれぬまま、未希は右手に漆塗りの短弓を握りしめて虚空から突然飛び出してきた幼馴染を受け止める。白狐の面を被って未希の腕の中に収まった結美は、今しがた見てきた出来事を伝えようとして、未希の背後に立つ人ならざるモノ達を見て絶叫した。至近距離で絶叫を受けた未希が仰け反ったのは言うまでもない。
「アレらの事は後だ、白兎。怪我は?」
「ない! ありがと、み……要! でも、急がないとあの鳥……」
「間違いなく、現世の存在じゃない。……白虎、青龍! あれがお前たちの頼みだな?」
結美の身体を素早く確認した後、未希は己の背後に顔を向けた。彼女の問いはどちらかと言えば確認の要素が強く、彼らが頷く事のみを待っていた。
『その通り。我等では対等故に手出しできぬ。狂いし朱雀を止めてほしい』
「朱雀? 朱雀って、南を守る火の鳥の? あそこでめちゃくちゃに喚いてるのがあの朱雀?! 不死鳥とか、鳳凰とかと同一視されたりする? 噓でしょ、要?!」
「……詳しいね、白兎。残念ながら事実だ。だけど、アレをその名では呼べない、かな」
意外なほど詳しく、饒舌に解説してくれた結美に驚きつつ、未希は空舞う赤い狂鳥を睨む。長く垂れた五本の尾羽は五色に彩られ、冠は揺れる陽炎のようで遠目から見ても美しい。だが、その朱の翼や胴体には黒くモヤが掛かって煤けている。狂い鳥が不浄に犯されているのが、彼女にははっきりと見て取れている。ソレは金色の瞳を眇めている結美も同じだったようだ。
「まぁ、要が言いたいことは分かる、かな。なんか嫌な感じの煤纏ってるし。アレを朱雀って言うかって言われたら、ちょっと悩む」
「だが、放置もできない。現に、普通の鳥達に被害が出ている」
「……あ……。ええっと……、あの……、鳥達、人も襲ってました。カラスとか、鳶とか。スズメやヒヨドリも、です……」
「……早く言ってくれ……。なら猶更早く対処しないといけないじゃない……」
目を泳がせながらしどろもどろに言う幼馴染の言葉に、思わず眉間を揉む。隠世を近道代わりに使って飛んできた理由はそれだったようだ。両手を合わせて謝る幼馴染を目だけで咎め、いかに対処すべきかに思考を回転させる。しかし、空に在るモノに対してどう対処するべきか案が浮かばない。人が空を飛べるはずもないし、銃などの武器は持ち合わせていない。仮に持っていたとして、当たるかどうかも分からないし、当たったところで実体を持たない存在を落とせるかどうか。
「猟銃とか、さすがに持ってない……よね?」
「無いな。それに、あったとして当たるとは思えない」
「こっちに気付かせるとか?」
「どうやって?」
「えっと……ほら、鳴り物とか?」
「……鳴り物……」
鳴り物と言われても、さすがにクラッカーや笛のような物では遠くまで響いてはくれないだろう。相手は遥か、町の上空にいるのだ。詰まるところ彼女らには、話が通じず、はるか上空を飛び、こちらに向かってこない敵を相手にした経験がないのだ。青龍も白虎も、二人に協力してくれる様子がない。狂っているとはいえ同胞を手に掛ける手助けはしたくないらしい。そんな状態で悩み頭を抱える二人に、救いというには乱暴な手が差し伸べられた。
「騒がしいと思ったら……。こんなことになっていたのか」
「え? た、貴仁さん?! いらっしゃったんですか!」
「な……兄さん……? えっと、これは聞こえて……?」
「聞こえてもいるし、視えてもいる。俺が出来ないのは関わる事だけだ」
かつかつと静かな足音が聞こえて、社務所から不機嫌そのものな雰囲気を隠しもしない貴仁が、神主の恰好をして出てきた。眉間にしわを刻んで腕を組み、未希と結美、青龍と白虎をそれぞれ視た後、空を舞う狂鳥を視てさらに眉間の皺を深くする。事態と状況を把握したらしい貴仁は、驚きが口をついて出た様子の二人をギッと睨んだ。早く解決させろ、と言わんばかりの雰囲気に、二人は僅かにたじろぐ。実力はあるのものの、貴仁はいかなる理由かほとんど現世と隠世の事変に関わることが出来ないのだと言う。見聞きできる以外何もできないから、多少の事では社務所や社から出てこない。そんな彼が見兼ねて出てくるということは、相当に大変な事になりかけているのかもしれない。
「……ところでお前、何持ってる?」
「何、ですか? 先ほど預かった狩猟……用の……。あ、そうか。付喪神」
不機嫌そのものな兄が、妹の右手に目を向けた。彼の言葉に、はたと彼女も思い出す。虚空から飛び出してきた結美に驚いて、自分の右手に握りしめていた物の存在を失念していたのだ。兄に指摘されてようやくソレの存在を思い出したことで、暴れ狂う巨鳥をどうにかする方法をも思い付く。それが駄目ならその時考えようと心に決めて、未希は己の手に添えられた漆黒の籠手に目を奪われた。
『思い出してくれて嬉しいわ。貴女、モノの扱いは上等かもしれないけど
「え? あ、え? ど、どちら様……?」
「……お前、まさかこの短弓の?」
『えぇ、そうよ』
笑う付喪神は日本風の漆黒の鎧を纏った姫武者の姿で、未希の手からさりげなく弓を取り上げ、その弦を強く張り直した。弦は張られているように見えたが緩みがあり、そのままでは矢を放てる状態ではなかったようだ。未希とて神事で弓を扱うことはあるが、その時はそのまま使えるように準備されているため、下準備が必要とは知らなかった。道理で不本意に弾いた弦から音が鳴らなかった訳だ、と心の隅で納得する。
「……使い慣れていない事……お前は咎めるか?」
『まさか! 誰でも初めては分からないものよ。すべて初めから知っている者なんて、この世にいるはずがないわ。雛鳥でさえ、親の羽ばたきを見て覚えるのだから』
心からの優しい笑みを向けられていたたまれなくなるが、目をきつく閉じて気持ちを切り替える。そして、音もなく飛んできた二本の白い鏑矢を右手で掴んだ。祭具の一つを投げて寄越す者等一人しかいない。
「使え。それで早く終わらせろ。いい加減にしないと、アレを視る奴らも出てくるぞ」
「分かりました。……ありがとうございます」
兄の不機嫌な檄に目線を向ける事なく頷き、投げて寄越された二本の鏑矢を持ち直す。一矢番えて狙いを定めると、横から結美が思い出したように制止の声を上げた。
「待って要! アレを撃つ気だよね?! 届く? 大丈夫?! そういえばあれ、曲がりなりにも神さまだよね?! 大丈夫なの?!」
「……アレが神? 悪戯に凶事を振りまくのが神とでも言うの?」
『たしかに、アレは狂っていても神の獣ね。ふふ、獣も人も、数多射殺したけど、まさか神を射落とす事になるとは思いもよらなかったわ』
「……違うぞ、白兎、付喪神。アレは、神ではない!」
荒れ狂う赤い巨鳥から目を離さず、未希は常にない程に声を荒げる。その声は兄さえも僅かに驚かせる程に大きく強い。構えは付喪神が直してくれたおかげで安定していて、鏑矢を番える指先は微塵も揺らぐことはない。狙いを定めた手は、目は、朱雀と呼称される狂鳥から離れない。
「ただ狂い叫び乱すモノが神であるものか! 不浄に犯され魔に堕ちたモノを神等とは呼ばぬ! 故に破魔の鏑矢で射抜くのだ! だが狙うモノが神ならば、戻って我が
漆が塗られた漆黒の短弓に鏑矢を番え、未希はそれこそ、天に届け、と言わんばかりに声を張る。その叫びと共に放たれた鏑矢は美しい軌跡を描き、巨鳥の翼を射抜いた。時を重ねた弓の付喪神の霊気に、一種の誓約ともとれる言霊が重なり、届かないはずの距離を届けたのだ。だが狂鳥は翼を射抜かれた程度で堕ちる事はなく、むしろこちらに敵意を向けて飛んできた。
「あ、当たった?! って、こっち来た!」
「白兎、雷符を前に向かって投げてくれないか? あの鳥を落とす」
「え……? マジで言ってる……? りょ、了解。頼むよ?」
「だが落とせるか、あの狂い鳥を? 雷は陰陽五行でいうところの木属に当たる。
「ですが、古今東西最強と謳われる最高神や武神は雷を扱います。そしてその力を人は己がモノとした。なら、神より堕ちたモノを墜とすのも容易い!」
やや嘲笑が混ざったような貴仁の言に、反論と言う名の言霊を返せば、躊躇っていた結美も覚悟を決めたようだ。未希の目を見てしっかりと頷き、雷の力を宿した霊符を向かってくる狂鳥に投げた。風に乗った霊符と狂鳥が重なる瞬間を狙って、未希は二本目の鏑矢を放つ。一矢目と同様、鏑矢は真っ直ぐ狂鳥に向かって飛んでいき、霊符ごと朱色の頭蓋を穿った。けたたましい悲鳴が周囲に木霊した直後、蒼天を裂いた轟雷が追い打ちをかける。脳天を直撃した轟雷で、狂鳥の翼が羽ばたきを止めた。それは上弦町の帳を超えて隠世へと消えていく。
「わ……マジで当たった……。って未希?!」
「追撃する」
狂鳥を墜とした事実に呆然とする結美を置いて、未希は黒狐の面を掛けると神社から石段に向かって駆け出した。幼馴染の制止も聞かずに石段から飛んで帳を超え、隠世へと向かって行った。
降り立った隠世の森の上を、深緑の具足を纏った未希が走る。文字通り風を纏う彼女は、木々の上を飛ぶように駆けて行く。それでも落ちる鳥の影の方が早く、落ちた先を目で追い続けなければ容易く見失ってしまいそうになる。
「追いつけるはずがないのは知っているが、確かこの先は滝壺だったはず。そこに落ちてくれれば楽なんだがな」
左手にしっかりと漆塗りの短弓を握り、木の上から落ちないように注意しつつ、落ちた鳥の影を追う。深緑の具足を纏う足が、突如目の前で上がった水柱に驚き止まる。木の上から落ちなかったのは、彼女の制御のおかげだろう。巨大な水柱から多量の水が周囲に降り注ぎ、さながら雨に降られたように木々と大地がしっとり濡れる。ただでさえ不安定な、そもそも道でさえない場所がさらに不安定になったが、彼女のとっては些事でしかない。火の鳥が多量の水を湛える池に落ちた、その事実だけで十分だった。
「……天狗の長殿から聞いてはいたが、凄まじい滝だな。しかもかなりの水量だ。追撃は不要か?」
水柱から降った雨は落ち着いているが、その影響は未だ濡れる木の上に残る。滑らないよう細心の注意を払い木の上から崖下を覗き込めば、とんでもない水量の大滝とその滝壺に圧倒された。杉の木一本分程度の巨大な穴に相応しい水の量が流れ込むなら、相当な大きさの狂鳥が落ちても問題なく沈められるだろう。そう思って滝壺を覗き込んで、青く濁った水の中に鳥の影がない事に気づき未希は木の上を蹴った。丁度狂鳥が落ちた辺りで水面が僅かに持ち上がり、セミロングの赤い髪を持つ色白の顔が現れた。ソレの周囲の水が蒸発しているのを見る限り、ソレが人型の狂鳥であると推察できる。
『オ……のれ……。オノ……れ……! ……エ?』
「的が小さくなったからと言って、当てられないと思ったか?」
顔を上げ、赤く濁った眼で空を睨むソレは、己の頭上に翳されたモノを見て困惑の声を上げた瞬間、再び水中に沈められた。崖上の、さらに高い位置にある木の上から飛び降り、さらには風を纏って速度を上げてから繰り出された未希の渾身の踵落としをモロに喰らったのだ。正確無比な一撃は、彼女の纏う風による調整が大きい。ただし、その攻撃方法は彼女の帰還を許さなかった。ソレが顔を出したのは滝壺の中心で、そこに下へ向かって吹き下ろす風の力も加えて攻撃を叩き込んだのだから岸に戻れるはずもない。そのまま濁った青い水の中へ飛び込む事になるのは火を見るより明らかだ。さらに不運は重なり、滝からの水流によって上に上がれず、沈み続ける羽目になってしまった。
『貴女、考えなし、って言われたことないかしら?
左手に握りしめている短弓の付喪神が焦ったような声を上げる。その言葉にぐうの音も出せず、身動いだ未希の口から泡が漏れ出る。帰還を想定していない追撃に、後悔してももう遅い。上がれず沈み、溺れて朦朧とする意識の端で、それでもと藻掻くように伸ばした右手を、水流に逆らった誰かが掴んだ。そのまま強い力で引き上げられ、未希は禍々しい夕陽の下に戻ることが出来た。水から引き上げた誰かは彼女をしっかりと抱きしめたまま岸に飛び、そのまま身動ぎ一つしなくなってしまった。その腕の力に耐えられず、未希は強く咳き込む。咳き込んだ拍子に、飲んだ水を彼の者の肩口で吐き出したが、それでもお構いなしに腕の力を強めてきた。さすがに潰れる、と力なく黄色い鎧の背を叩けば、ようやく腕の力を僅かに抜いてくれた。
「……ころ……す、気か……?! 人の……身体は、軟弱なんだ。加減しろ……」
半分朦朧とした意識の元、未希は命の恩人に文句を言う。首がしっかりと肩口に固定されているせいで、彼女からは黄色みの強い茶髪しか見えない。纏う気配から、人ではない事は察しがついている。少女の文句に、微かに震える腕の力が更に弱まる。それでいてなお、離さない、という意志をみせる彼の者は弱々しく震えた声で囁いた。
『……申し訳、ございません……。貴女を、主を再び失いたくはなかったのです……』
若い男の声で、吐き出された言葉の端々から強い動揺見て取れる。敵意が欠片もなく、また聞き覚えがあるその声に力が抜ける。彼が落ち着いてその腕を離すまで、赤く禍々しい夕陽はただ静かに彼らを照らしていた。
現代アヤカシ怪奇譚 ディアナ @diana_1202
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