Wonder World for YOU

る。

η-7.004087

 ……女性は所持していた複数の合鍵について「全員に復讐してやろうと思った」などと供述しており、警視庁では今回の逮捕により犯行を未然に防いだとの見方を示しています。

 続いてのニュースです。

 花見の場所取りを発端に、またも暴動が起きました――


 プツン、と雑音にしかならない映像と音を消す。ダイニングテーブルに置かれたメモ書きは一週間経っても変わらずそこにあった。

夭輔ようすけ……」

 同棲を始めて未だひと月も経っていない。それなのに恋人は碌な理由も話さず、家に帰らなくなった。一人暮らしには広い間取りのこのマンションの一室は、元々彼が住んでいた部屋だ。ホテルにでも寝泊まりしているのだろうか。


 こうなった心当たりはある。


 毎晩遅くまで本を読み耽っていたら、取り上げられてそのままソファに押し倒されたのだ。ずっと生返事だった覚えはある。

 ――だけど。

 それまでも日課だった。同棲しても互いに気兼ねなく自分の時間を過ごせる間柄だと思っていたのに。何も言わずに覆い被さってパジャマの中に這わせる手に無性に腹が立った。

 ――嘘だって分かってるけど

 何の了解も得ずに顔を横に埋めることで目も合わせずに、下着の中に指が滑り込む。躊躇いもせずに一本二本とねじ入れて指の動きで責めていることが分かる。

 離してよ、と言えばやだ、と返ってくる。

 傍にいられたらいいなんて嘘。嘘じゃないとしたら「同じくらい求めてくれるなら」だ。


 足りなくさせた自分が悪いのかもしれない。心の内でため息をついて、ベッドに行くわ、と応じた。しかしそれでも一つ間を置いて「……嫌だ」と返ってきた。パジャマのズボンを少し下げ下着の際から挿し込まれた熱にのけぞる。ちょっと、と押し留める暇も与えず穿たれた。声が出ない。力任せの異物感。「……愛してるって、聞きたい」幼稚な試し行動だ。こうまでになるなら初めからうそぶかなければいいのに。

「……そう、思うなら、離れて」

 漸く上体を起こして、しかし両の手で包むように顔を挟んで見下ろしている。


「――そんなに冷静で、こんなに綺麗で、でも何でもしたよな、あいつ、、、の時は。壊しても壊れてもいいくらい。俺は? 未だ足りてない?」


 ふ、と微笑んで、撫でるように手は首筋に降りてくる。予感と同時に息は詰まる。

「俺の為にも、壊れたらいいのに」


 ――……


 そして、ゴメンとだけ書かれた置き手紙が残った。


 ……

 確かに、VRデートの時以降だ。ただただ優しく包み込まれてすっかり癒えて、過去の辛い恋を思い出すこともなかった。何の翳りも無いと思っていた幸せに、彼は一人影を落としていたのだろうか。タイミングは偶然かもしれない。でも。

 ウォークインクローゼットの扉の前に立つ。

 ここから突然現れたという銀髪の少女……VRを介して電子ウィルスに脳が蝕まれ、破壊的な人格の変容をもたらす……その連鎖で世界が一つ崩壊した、と言っていた。彼は全く信じておらず、自分だって当然その筈だがその時は何だか嫌な予感を拭えず、深入りをせずさせずに話を合わせて帰した。

 その未来を避ける為に彼を『抹消する』と言っていたから。

 つまり抹消しなかったら? この小さな異変が崩壊の始まりだとでもいうのだろうか。

 こくりと息を呑んでその扉を押す。整然と並べられた、殆どは自分の服が吊り下がっているだけだった。

 ほっとした。そうだ。崩壊しない世界より彼がいる世界を何度だって選ぶだろう。ここは身勝手な選択をした側の『世界線』だ。

 

 一着を取って袖を通す。あの日と同じワンピースで、外に出た。

 引き払った自分のマンション。幾人かマスコミが来ている。もう鍵を返していてあのエレベーターにR階表示があったかも確認できない。リポーターと目が合わない内に足早に離れた。

 夜の散歩をした道。昼とは重なるようで重ならない。混雑した場所は苦手と言ったから、動物園や遊園地も誘えなかったのかもしれない。ランニングした女性が追い抜いていく。――確かに、以前は甘いものや体型にもっと気を配っていた。今度彼がジムに行く時はついて行ってまた登録しよう。ブックカフェ。ショーウィンドゥにうさぎはもういない。まるで元々いなかったようにまるきり関係のないシューズで人型をかたどっている。でもちゃりとポケットから掬い上げれば青い目のうさぎはここにいる。戻ってきた。本屋の最上階の一画を借りたイベントスペース。白いポッドが並ぶ前にはしかしテープが巡っていて、ポップには「点検中」と上書きされている。

 ピーターパン、か。自分はVRに懐疑的で然程共感を覚えなかったが、もっと純粋に楽しんで共鳴していたらどうだっただろう。シンクロが深い程その影響を受けるとしたら。

 彼は一体どこに失踪してしまったのか――


「あ、」


 カチャリ、と白いポッドから白衣を着た男性――が出てきた。まるで未来からワープしてきたように忽然と。しかし、自分に気づいて「あー……」と気まずそうに頭を掻いた様子に、今の彼、、、だと――分かった瞬間に、駆け出していた。テープを飛び越えて、その胸に顔を押し付ける。そんな自分に驚く。考えないようにしていた。でも、どこかでもしかしたらもう二度と会えないんじゃないかという不安が過ぎっていた。彼が会いたがらないだけじゃない。もしまたあの女の子が現れたら? やっぱり彼があの話を鵜呑みにしたら? 『抹消』を受け入れるんじゃないだろうか。私の為だとか嘯いて。


「葉那……ごめん。俺、あの時――」

「いいの」

 顔を見上げた。

「そんな夢の話はどうでも良いから、帰って来てよ」

「……もう二度と、起こさないから」

 肩を包むように優しく腕が周り、安堵した。


「「ところで、どうしてここに?」」

 

 二人声が重なって、ふっとお互い笑って先ず彼が口を開いた。


「言い訳するつもりはないんだが……あの、前に来た変な子の話が妙に気になって、開発ラボで研究協力していた。知人がいたのと、医学者の箔を借りて」

「どうだったの?」

「『電子ウィルス』は定かじゃないが、被験者の脳波に一定の傾向は見られた。確かに怒りや攻撃時に近い状態になる。リアル過ぎる非現実に脳が混乱して興奮状態を引き起こす為と仮定できるが、器質的変化に及ぶのか、潜在性や持続性については未だ不明な部分が多い」

「まあ、とりあえず開発は中止するそうだ。どうもチームやモニターの間でも『不祥事』が多発しているらしい。あえて突き止めて明るみに出すこともしないだろう。近辺の犯罪率上昇との関連性を疑われたら企業のイメージダウンは開発コストの比じゃないからな……」

 と、USBらしきものをポケットに入れたのが気に掛かる。

「それは?」

「ああ、もっと専門機関で解析してもらえば医学的有用性に繋がるかもしれない」

 許可は取ってある、という彼にそうじゃなくてと口ごもる。

「そんなの持ってるとまたあの子、、、が現れそうで怖いんだけど……何で貴方だったのか、という疑問もあるし」

「大丈夫だよ、逆に放って置く方が怖いだろ」彼は軽く言う。

「そんなにポジティブならもう“治って”そうね」

「そうだな……もう悪い夢は見なくなった」

「それって、夜の散歩に出て屋上に行ったりする?」

「葉那も?」と彼は驚く。「途中で醒めようとするのに、毎回昇ってしまうんだ」

「見なくなったのは、“実現”してから?」彼はサッと顔を曇らせる。「どうかしていた」

 強張った手を開いて繋ぐ。

「それでも嫌いだなんて言ってない。どんな貴方でも――ずっと傍にいるって、言ったでしょ」

 だから、と睨んで見せる。

「連絡くらいはしてよね」

「ごめん、電波が入らないところにいた」

「返信を面倒がる男の常套句いいわけね」

 

 桜並木を歩いていく。もうすっかり春らしい。ひらりと薄桃色のハートが白衣に落ちた。


「白衣が好き。何度も私を救ってくれた。優しいところも。根拠なくポジティブなところも。危険を避けるより未来に繋げていこうとするところも。おかしくなるくらい一途なところも。声も瞳も、キスも抱きしめ方も。全部好き」

「何だ? 急に」笑うけど繋いだ手が弾むように大きく振れる。

「分かってなかったみたいだから――私があなたが良い理由いいわけを」

 どこに向かっていようと、あなたと行く。


「帰ったら、壊れるくらい愛してね。あなたに壊されたいくらい、愛してるから」 


       ここはあなたと私の世界線おとぎせかい


                                      END  

 

      

                       

 

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