第17話:殺意の真意 2
昼食を食べ終え、一息ついたところで俺と柊さんは面と向かい合った。二人とも背筋を伸ばす。これから話されることは今後の俺の生活へと影響していくことだろう。まあ、霊力なんて力を手にしてしまった時点で歯車が狂ってしまっているのだが。
「まずは、私の知る限りの再生者について、あなたに話そうと思う。再生者は『メタ・アース』で死んだものにつけられる呼称。再生者は霊気の可視化、及び霊力・識力を扱うことができる。なぜ、再生者という存在が『メタ・アース』にあるのかは知らないわ。
再生者は原則として、警視庁特別公務課に所属する必要がある。特別公務課に所属しなければ、有罪となり、特別公務課によって捕らえられる可能性がある」
「これはメタ・アースで死んだものに送られるメッセージみたいなものなんだな」
俺はポケットからスマホを取り出すと、昨日来たメッセージを柊さんに見せる。内容はざっくり言うと『警視庁特別公務課へと来ること 猶予期間は1週間』と言ったものだった。
「ええ。1週間以内に来なければ、有罪扱いとなる。霊気が見れて、訳もわからない状態なのに1週間のうちに特別公務課に行かなければ有罪となる。非常に酷な話ではあるけれど、それだけ再生者と言うのは世界を脅かすほど厄介な存在となり得るの。だから、一刻も早く運営側としては管理を施したいと考えている」
「あんな強大な力を野放しにはできないよね。霊力は一般の人間にも被害を与えてしまう力であるのだから」
「特別公務課に所属し、国の管理下に入ることで再生者は法的措置から守られる。しかし、だからと言って霊力を使って悪事を働いた場合は、特例が発生して捕虜されることとなる。同じ特別公務課に連絡が行き、賞金をかけられるのよ。悪事の度合いに応じてね」
「そうなのか。ねえ、それって……」
柊さんも捕虜の対象になっているのではないか。
彼女は瞳を瞑ると俺に向かって、ゆっくりと頷いた。どうしてそこまでして俺を再生者に仕立て上げたのか。
「この話にはまだ続きがあるの。特別公務課は近年できた組織であるの。しかし、再生者と言う存在は『メタ・アース』が構築されてからずっと存在するものである。ここから分かる通り、特別公務課ができる前に再生者となった人間もまた法的措置から逃れている。
特別公務課ができたことで『ログアウト』も手動的操作によるログアウトなのか、自動的操作によるログインなのかを識別するためにね。それまで『ログアウト』は一通りしかなかった。だから、現在の再生者数というのは未知数なの。特定できる方法は彼らが霊力・識力を扱える人間かどうかだけ。
さらに面倒くさい話が、当たり前の話ではあるけれど、未知数となっている人間は全員が手練れとなっている。それ故に彼らはその力を使って、政府側に忍び込んでいる可能性もある。今のメタ・アースは混沌とした世界となっている」
俺たちが平和だと思っていた世界は、全くもって平和ではなかった。唯一の救いはメタ・アース世界で死んだとしても、本当の死には直結しないということ。それでも、生活の基盤となったメタ・アースで自分の身の危険を感じながら生活しないといけないのは酷な話だ。
死なないとはいえ、痛みは本物なのだ。二度と同じ痛みを味わいたくないと思ってしまうほどに。
「柊さんはこんな過酷な世界を数ヶ月も前から経験していたんだね。大変だったよね」
「もう慣れたことよ。それに今の方がもっと大変なの。だから、あなたの力を借りたかった。今からする話が、あなたの聞きたかった本題になる」
柊さんの言葉によって手に汗を握る。ようやく聞きたかった話が来た。罪に問われてしまうのに、なぜ彼女が俺を再生者に仕立て上げたのか。
「あの日、結城くんを殺した理由は一つ。私は意図的に法的措置を受けるためにあなたを殺したの?」
「意図的に法的措置を受けるため?」
「私は、特別公務課に入る前に未知数の再生者が結成した組織へと入団することとなった。ここ最近の通り魔事件でも関与した組織。私は特別公務課に身を潜めるとともに彼らへの助力もする羽目になっている」
「何か脅されているの?」
「ええ。特別公務課に入る前にある男と出会い、彼から呪いをかけられたの。今の私はメタ・アースでの行動は全て彼らに管理されている。下手なことをすれば、彼らに何をされるかわからない」
「でも、特別公務課に事情を話せば、動いてくれるんじゃないか。話して仕舞えば、後の祭りになる」
「それも考えたわ。だけど、さっきも言った通り政府側にも彼らの組織のメンバーが所属している可能性もある。仮に打ち明けたとしても、どこかの部分で揉み消されてしまう可能性もある。ならば、法的措置を取らせれば、ある程度の人の目に私の情報を渡らせることができる。そうなれば、彼らの力では揉み消せる可能性は低くなる。
ただ、メタ・アースで誰かを殺すというのは私には躊躇われた。死なないとはいえ、罪もない誰かに痛みを負わせるのは気に病んだ。だけれど、私が動かなければメタ・アースは支配される可能性が有る。それだけはさせたくなかった。だから、あなたに頼るしかなかった。結城くんなら、許してくれるかもと思ったの。本当にごめんなさい」
柊さんは深々と頭を下げた。俺は思わず、頬を掻く。
俺になら死ぬくらいの苦痛を与えても許容してくれると思ったということか。これは信頼してくれたと受け取っていいんだよな。何だか複雑だな。
「顔あげて。柊さんにそういうことされるのは、俺にとっては心外だから。理由はわかった。ただ、それなら先に言ってくれればよかったのに」
「私が殺してもいいって聞いたら、良いって言ってくれたの?」
「……それはないな。今ので、よく分かったよ」
『好きな人に殺されるなら本望だ』みたいな感じにはならないな。普通に激痛だったから。そこまで俺には『マゾヒスト』な性格は備わっていない。
「でも、良かった。変な恨みを買って、殺されたわけではなくて」
「怒ってる?」
「んー、まあ、あんな痛い思いをさせられたらね……ただ、ずっと苦しんでいた柊さんに比べれば、安いもんだし、これで柊さんの苦痛が少しでも和らいだのなら、それで良いかな」
柊さんは俺の言葉に唾を飲んだ。眉を上げ、冷淡な瞳はキラキラ輝く。それは、彼女の中の緊張が溶けていった証なのだろう。
「本当に優しいのね。私の勝手な正義であなたを巻き込んで、ごめんなさい」
「良いよ。ただ、もし罪悪感がまだ残っているのなら、俺をこのまま柊さんの正義に巻き込んでよ。せっかく持っちまった力だしさ。俺一人じゃ、うまく使いこなせない気がするから」
俺は彼女へと手を差し伸べる。格好つけた言い方を意識しすぎて気づかなかったが、これは遠回しの告白みたいになっていないか。そう思った瞬間、体温がどんどん上昇していく感覚に襲われた。頭の中が真っ白になり、視界が歪む。
「ええ、任せて」
歪んだ視界は、手に触れた冷ややかな感触で一気に戻される。冷たく感じたのは俺の体温が厚くなっていたからだろう。まさかそんな簡単に手を取ってくれるとは思ってなかった俺は、一瞬呆気に取られた表情を見せたが、すぐに穏やかな笑みをこぼした。
花火大会で果たせなかったものが、果たせたような感じがした。
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