第6話:強制的帰還

 真っ暗だった視界が開ける。それでも、薄暗い空間であることには変わりがなかった。

 無意識に息を止めていたのか、大きく呼吸しなければ体内の空気が足りないような状況だった。額から一筋の汗が流れる。


 息切れしつつも、自分の胸から腹にかけてを軽く撫でた。

 手元を覗くが特に何もない。それを見て、気持ちが落ち着いたのか思わずため息をつく。


 仮想世界で起こったものなのだ。現実に反映されている訳が無い。

 しかし、あの時に感じた痛みは本物だと感じざるを得ないほどの激痛だった。改めてメタ・アースの感覚共有のクオリティを思い知らされた。


 物思いに耽っているとポケットに入った携帯端末から通知音が響く。

 ポケットから取り出し、画面を見ると柊さんからメッセージが届いていた。


『今着いたけど、結城くんはどこにいる?』


 俺がログアウトしてすぐ彼女があの場所にやって来たようだ。急いで彼女にメッセージを打つ。


『今、そこには誰もいない?』

『ええ、人気はないわね? 何かあったの?』

『ちょっとね。急で申し訳ないんだけど、一緒に見るのは止めにしよう。その場所は危険そうだから』


 柊さんへのメッセージを送ったところで俺はカプセルから体を出した。

 腕を伸ばし、体を捻る。体は特に不調な部分はない。仮想世界で死んだとしても、ログアウトするだけなのは確かなようだ。

 

 では、一体なぜフードの人物は俺を殺したのか。


「お帰りなさいませ、柃様。夕食にいたしますか。それとも先にお風呂に入られますか?」


 リビングへ足を運ぶとヒューマノイドがこちらへと歩いてきた。人間の容姿をしており、可憐で清楚な女性のロボットが顔を見せた。ヒューマノイドの凄いところは、人によって顔の見え方が変わるのだ。髪はどちらに取られても違和感がないようにショートボブに統一されている。


 俺や父には美女の容顔が映るが、妹や母親には美男の溶顔が映るようになっている。

 朝はゴミ捨てに行っていたのか、出会うことはなかった。それでも、音声で僕へ色々と声をかけてくれた。


 このヒューマノイドはオラクルの核の部分を担っている。彼女が僕たちを終始管理し、部屋の要所要所に設置されたシステムに指示を出しているのだ。


「夕食をお願いしてもいい?」

「かしこまりました。すぐにご準備させていただきます」


 オラクルは一礼をするとキッチンの方へと足を運んでいった。俺はダイニングにある自分の椅子に腰をかけて待つことにした。


「オラクル、テレビをつけてもらっていい?」

「チャンネルはどういたしましょう?」

「バラエティでおすすめのやつを流してもらっていい?」

「かしこまりました」


 するとテレビのスイッチが入り、番組が流れる。俺は顔を横に向け、テレビを見る。画面にはバンジージャンプを行おうとする芸人の姿が映っていた。

 メタ・アースで撮影しているため、バンジージャンプでもしものことがあっても、死に至る事はない。それでも、芸人は怖がって、一向に飛び降りようとしなかった。


「早くしろよ!」という他の芸人に逆ギレする有様は何だか面白かった。

 いくら死なないと言っても、五感を刺激する恐怖は現実世界と変わらない。現実世界でバンジーができなければ、メタ・アースの世界でもできる事はないだろう。


「柃様、お楽しみのところ失礼いたします。夕食の準備ができました」


 オラクルはテレビを見る僕の斜め右へと着く。俺の視界に映るテレビの領域を邪魔せず、自分の存在を知らせてくれる。この気遣いは人間でもそうできるものではない。

 俺はオラクルが持つトレーを置きやすいように肘を退けた。オラクルは俺の行動を見計らって、トレーを目の前におく。


 夕食は主食に玄米。メインメニューはピカタ。サイドメニューとしてなめこの味噌汁、レタスときゅうりのサラダとなっていた。


「先ほど身体スキャンを行ったところ、ストレス値が高くなっておりました。そのため、豚のヒレ肉、卵などストレス緩和の食材をメインとしてお作りさせていただきました」

「ありがとう」

「いえ、何か向こうの世界で嫌なことがありましたか。私でよければ相談に乗らせてください」

「じゃあ、少しだけ。オラクルの情報網で分かることで構わないんだけど、メタ・アースで起こっている『通り魔事件』について過去の事例を教えておらってもいいかな?」

「かしこまりました。少々お待ちください」


 オラクルは瞳を閉じ、情報の収集にあたる。

 通り魔事件。あのスポットで出会ったフードの人物は、この事件に関与している可能性がある。聞いている限りでは無差別に殺害を行っているのかと思った。だが、もしかすると意図的に行っているかもしれない。オラクルの情報から何らかの共通点が探せるかもしれない。


「ここ3ヶ月での全国の報告件数27件。その全てが十代、二十代になります。男女比は五対五でほぼ同数といったところです」

「十代と二十代の比は? また場所もわかると嬉しい」

「十代と二十代の比は七対三。場所は都内が8件と多めですが、全体的にはまばらと言った形になります」


 地域、性別は関係ない。特徴的なものとしては若者を狙っていると言ったところか。共通点が一つあるだけでも意図的な犯行である事は間違いない。

 

「情報提供ありがとう」

「他に何かできることはございますか?」

「いや、大丈夫。もしかすると、これからの精神状態に支障を伴う可能性があるから、身体スキャンを入念にお願いしてもいいかな?」

「かしこまりました。メタ・アースの世界は仮想的なものではありますが、絶対的に危険がないわけではありません。どうかお気を付けて」

「うん。肝に銘じておくよ」


 ひとまず、今日は休息に当てるとしよう。下手に今、行動しようとするのは危険かもしれない。オラクルの注意をガン無視するような行為だ。

 明日、少しずつ調査を行っていこう。そう思い、冷めないうちにオラクルが用意してくれた夕食を召し上がることにした。

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