第41話 水鯨モブの矜持

「六王様の支援に犯罪奴隷、ねぇ」


 就寝時間となり、一人になった自室で先程シェリカが言っていたことについて考える。

 この世界で人類を統率しその命運を握る、各種族の頂点である六人の王。

 ゲームでは勇者が活躍した一大イベントや、魔族との最終決戦の時にしかその姿が描かれることは無かった。


「それが僕みたいな一貴族の次男程度をそこまで強く認識してるのか」


 これは本来のゲームでは絶対に起こりえない、モブによるメタ的な行動だからだ。


「キャラクターがステータスの数値を認識してる様子は無かったわけだしね」


 ゲームの世界で生きている人間キャラクターに、その世界の外側から来た人間プレイヤーが別の理を無理やりねじ込もうとしている。本来ステータスなんてプレイヤーの為に存在するシステムであって、ゲームの登場人物はそんなもの知らずに生きているんだから。

 そして僕自身、この考えを広めることが多くのキャラクターを殺すことに繋がるのではないか、という懸念を拭えないでいる。


「やっぱりこれを広めたら混乱するんじゃないかなぁ?」


 勇者のサポートの為に実行しようとしていた能力のステータス化。

 それを僕だけが認識して勇者の為だけに使えれば特に不安は無いんだけど、六王が絡んでいる以上人類に広まってしまうのは避けられない。

 だからといって一度盛大に失敗した後で個人的に……とはいかない。そんなことしてたらゲームの開始時期に間に合わないかもしれないんだから。


「うぅ、勇者第一のサポートをするつもりだけど他のキャラがそのしわ寄せをくうのは嫌だぁ!!」


 こんなことをぐるぐる考えているせいで全く眠くならない、だが生まれ変わってから初めての夜更かしはそれだけで終わらなかった。

 ほとんど無意識で周囲の音を拾うこの耳と雷属性の振動制御には、見回り当番の足音ぐらいしか聞こえてこない。しかしその中に一つだけ、比較的小柄で不規則な足音が混ざる。


「見回りじゃないな……使用人か?」


 屋敷内を停止と前進を繰り返しながら庭へと向かう足音。想像するに曲がり角を止まって確認し、その後前進を繰り返しているのだろう。

 しかし、屋敷の使用人がそんな風に行動する必要はない。この移動の仕方は何かやましいことがある人物の動き方だ。


「外からの侵入者じゃない、入ってくる足音はしなかった」


 気になりだしたらとまらない。

 どうせ寝られないのだし、深夜徘徊の下手人を拝みに行ってみるか。



──────────



「こんなに綺麗な夜空は前世も含めて初めてだ……」


 音を抑える為に裸足で移動し庭に出る。

 夜間灯されている屋敷の明かりは庭まで届くことは無く、明るい月とちりばめられた星屑だけが頼りだった。

 視界の端に映る暗闇、不意に生み出された小さな火が意識を引き戻す。


「日課の木の方か」


 見覚えのあるその火をまっすぐ見据え進む、足に触れる草の感触が心地良い。

 風が葉を撫でる音に混じって僕が地面を踏みしめる音が空気を揺らしていき、しばらく歩くと木の下の人物の耳にも届いたのだろう、ゆらいだ火が主の動揺を表す。


「誰ですか?」


 緊張による硬さ、そして他者に対する壁を感じる冷えた声。


「僕だよ、ソファト。まだ寝ないの?」

「なんだ……」


 いくらか気を緩めてくれたのか口ぶりに硬さがなくなる。

 拒絶されなかったことに一安心し、そのままソファトが居るであろう木の根元まで近づいて行く。


「家だとこの時間位まで起きてたのよ。暗いほうが集中できるし、万が一部屋の物を燃やしでもしたら大変だからここで火制御を訓練してるの」


 僕が隣に座ろうとすると入れ替わるように立ち上がり、一定の距離を取るソファト。

 昼間と違い、周りに人がいない為最低限取り繕う事すらしない彼女のきっぱりと線を引く様子につい笑いが漏れてしまう。ずいぶん嫌われてしまったかな。

 そんな状況で我ながら気持ち悪いと思うが、彼女はもっとそう感じているだろう。暗くて表情を確認できないが、きっと何とも言えない顔をしている。


「ラトゥこそ何してるのよ、しっかり休まないとまた血を吐くわよ」

「そうなんだけどね、考え事してたら眠れなくなっちゃって」


 物理的に距離を取ったくせに会話では超接近戦をお望みとは恐れ入るね、真正面からやり合う気は無いので受け流させてもらう。


「否定しなさいよ……考え事って?」

「なんて言えばいいかな。例えば戦場に向かう戦士に『君は誰よりも力があるし相手は素人同然だから勝てるよ!』って送り出していいものかどうか、ってことかな」

「はぁ?別にいいでしょ」


 突然の例え話に対し、どこに悩むことがあるのかといった様子で呆れているソファト。


「ただ、その言葉は戦士自身が強く信頼している人からの言葉で、それを意識した結果酷い怪我を負うことになる。それを考えたら送り出す人は言わない方が良かったりしない?」

「ああ、そういう事ね」


 言葉はどんなに屈強な戦士にも効かせられる武器になり得る。

 もし六王がステータス化を広めれば、それは今後の人類の基準になり得る。そして六王への信頼は絶大だ、ほとんどの戦士がそれを基準に戦いへと赴くことになるだろう。


「そもそも、言わなければ死んでたかもしれないじゃない」

「え?」


 特に深く考える様子もなく言い放つソファト。本当に、何の含みもなく耳に届いたその言葉は、僕のこんがらがった脳内の迷路を突き抜けて核心へと一直線に迫る。


「戦士って送り出す人を信じるんじゃなくて、信じて送り出されるんじゃないの?その信頼に応えようと頑張った結果、死ぬはずだったのが生き抜けたのかもしれないわ」

「いや、だとしても信頼してる人にお墨付きをもらったら安心したり油断したりするでしょ?」

「一緒に戦わない人からの戦いへの助言なんて信じるべきじゃないわ、その時点でその戦士は未熟でしょ。それに例えその人の見る目が確かだったとしても、その場に居ない人やその言葉に縋ったりはしないわ」


 たかが二歳、この世界で二年長く生きているだけでこんな風に考えるのか。

 それもそうか。前世も合わせれば僕の方が年上としても、戦いに身を投じる人生なんて送っていなかったのだから。

 それにかなり腕の立つソファトを見れば、水鯨族すいげいぞくの平民としての生活は戦いと切り離せないものだったんだろう。

 その衝撃から立ち直る為、脳内の悩みがほぐれていく感覚を実感していた為に口を閉ざしていた僕を挑発するように彼女が口を開く。


「戦いは戦士の物。贈られた言葉を力にするも枷にするも本人次第」


 多分笑っているのだろう、手合わせしていた時の様に楽しそうな声色が混じっている。


「振り回されるのは未熟者か……」


 脳内のぐちゃぐちゃとした悩みを一掃するに飽き足らず、心の奥底まで見透かしたように言葉を紡ぐソファト。

 勇者第一を掲げておきながらそれ以外にも意識を向ける、そんな僕の本心を無遠慮に暴き出す。


「自分の言葉すら恐れる臆病者くらいね?」

「……へぇ?臆病者か」

「当然」


 本当は戦士が死ぬことに悩んでいたんじゃない。

 僕の言葉が命を左右することを恐れていたんだ。

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