第5話 愛すべき『美しい』世界

「坊ちゃま」


 時刻は夜の九時、いつもならそろそろシェリカが僕が寝るのを見届けに来るのに。まさかエバンスが部屋に来るなんて。


「エバンス?どうしたの」

「お休みの前に、少々お時間をいただけないでしょうか」

「うん、いいよ。エバンスだけ?」

「……いえ、シェリカもいます。ですが少々──」

「じゃあ話が終わったらそのまま寝る準備してもらおうかな、二人とも入っていいよ」

「かしこまりました」


 エバンスはそう返答したものの数刻扉を開かなかった。珍しいな、どんな質問しても即答するし、何かお願いすれば即行動だし、何なら何か考えただけで即看破してくるのに。何か二の足を踏む理由でもあるのだろうか?


「失礼いたします」

「うん、いらっしゃい」


 夜に突然の来訪者とは、なんだかワクワクしてくる。

 そう思っているのは僕だけみたいだ、エバンスの顔にいつもの柔和な笑みは無いし、シェリカに関してはもう無だ。明かりの乏しい僕の部屋だと若干怖い。


「それで用は──」

「主たるラトゥ様の睡眠を妨げている事実、まず最初にお詫びさせていただきます。後で罰はいかようにも受ける覚悟はできています。それを踏まえ、お時間をいただけた寛大なお心に感謝いたします」


 あ~……はい。もう楽しくない。全然ワクワクしないし、胸のときめきも消え失せた。え?心臓動いてる?僕死んでない?

 そしてそんな僕よりも先に消え入りそうなほど存在感を失ったシェリカは顔をうつ向かせたまま身じろぎ一つしないし。つまらないな。


「僕は二人の主じゃない。二人の主は父上で、その父上の命令で僕を色々世話してくれてる、そうだよね?」

「しかし──」

「でも世話するって大雑把だよね?だから僕は僕のして欲しい事を手伝ってくれることだと思ってる」

「……はい」

「執事長、僕は二人の主にはなりたくない」

「……かしこまりました、坊ちゃん」

「うん、よろしくねエバンス」


 僕が主になっちゃったら、この後二人を罰しなくちゃいけなくなるし、その裁量がわからない僕は当然父上にお伺いを立てなくちゃいけなくなる。そうするとどうだ?屋敷の使用人が病弱な貴族の次男坊の休養を邪魔した、ってことが当主の耳に入ることになる。罰しなければいい?それはダメでしょ。だって使用人が主に逆らえば罰せられる、それはこの世界の決まりだから。

 僕はこの世界を愛している。当然こういったルールも含めての残酷さがこの世界の美しさだと思うから。それを僕の手で壊すのはが許さない。

 そういうわけで、僕が坊ちゃんのままなら僕ら三人が黙っていれば済むし、この夜の密会を僕の世話ってことにすればいい。僕は二人の主にはなりたくない二人を殺したくないから。


「ふぁ……それで?」

「はい、こちらの用紙についてなのですが。坊ちゃまが本日お書きになったと伺いまして」


 いつもの笑顔が戻ったエバンスが懐から取り出したのは、シェリカが持って行ったであろう僕の殴り書きだった。内容は多分、ゲームでの魔物のステータスとエバンスから聞いた戦士が魔物を狩った話から予想したステータスの変化量を書いたもの。

 話を聞いた感じだと、戦士の強さにはかなり多きな幅がありそうだが、魔物はゲームのステータスが基本になっているみたいだ。そこからは魔物の成長度合いで若干変わるくらい。だと思う。戦士は”技能”の強さを数値化すればとりあえず目安にはなるかな。


「僕が書いたよ」

「理由をお聞きしてもよろしいでしょうか」

「死んでほしくないから」

「それは──」

「もちろん誰にも」


 本当なら、誰かが死ぬ可能性があるなら広めたくない。

 魔物の強さ、戦士の強さを数値化すれば戦う際の選択肢が増える。もちろん生き残るために数値的に敵わない敵から逃げることもできる。けど、数値の低い相手に手を抜いてしまい、運に見放されて死んでしまうかもしれない。強みを生かし、工夫すれば勝てる相手なのに数値を見て逃げてしまい、戦士が成長する機会を奪ってしまうかもしれない。


「ならば何を悩んでおられたのですか?」


 うつむいて黙り込んでいたシェリカが顔を上げ、まっすぐにこちらを見据えている。先程までの無表情とも、いつものクールビューティーな姿とも違う。あえて言うなら最初に見たときの素に近い、ありのままのシェリカが真剣に問いかけている。


「ここに書かれていること、最初はまるで夢物語のように感じました。ですが直観なのです、これを見た瞬間、こんなにも不安定で命が軽い世界で生き残るための道しるべに──」

「なるかもね、僕もそう思うよ」


 なんといってもゲームではこの数値を知らなくちゃ話にならない。数値が低ければ負け、高ければ勝つ。そう、ゲームなら勝ち負け以外は考えなくていい。考える必要がない。突き詰めればゲームとは決められたシステムの中でどれだけ楽しむかということ。


「や、やはりそうなのですね!良かった、私の勘違いじゃなくて。執事長も可能性を感じていたから一緒に来てくださったんです!」

「坊ちゃまの仰っていたという事故のことは、私も考えました」


 まあ、エバンスから聞いた話だし、本人も無意識にこういったことを考えていたのかもしれない。それに『叡智の輪』が全く手を出していないとも考えにくい。


「これを広め、数値で勝るとわかって油断する戦士などどのみちたかが知れているでしょう。ですが油断ではなく心に余裕ができれば、余計な傷を負わずに安全に戦えるようになります。数値で負ける場合でもです、引き際を見誤ることがなくなれば、多くの戦士が生き残れます」


 『安全に戦える』『生き残れる』か。

 エバンスもそう考えるのか、ならこの世界の人はみんなそう考えるだろうか?多分九割九分九厘、そう考えそう。

 やっぱりこれは、ストーリーを知っている僕だからこその意見なんだろうな。


「二人の言うことはわかるよ。よし、ちょっと遊んでみようか」

「坊ちゃま!!今は真剣なお話を!!」

「まぁまぁ、もう夜遅いしこれでおしまいにして、ちょっと遊んだらまた明日話そうよ」

「ですが──」

「かしこまりました、確かに夜も深まってまいりましたので、坊ちゃまの仰る通りにいたしましょう」

「うん、そうしてよ」

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