春 その六
無理にまたごうとすると、エンジンルームの隙間やタイヤハウスのサスペンションに引っ掛かって、ずるずると引き摺ってしまうことになるので。よけられない場合は、一旦車を停めて、道端に寄せる。
こういったこともあるので、ペースは遅い。しかし緊張感はある。道が道だけに。だから、退屈はしなかった。
このくねくね道を下りきったら、道が2車線になる。少し走ればまた狭くなるが、しばらくしたら2車線になる。ここらへんは、集落がある、生活のある区間だった。整備が進んで、走りやすくなってきていた。
走った、走った、ひたすら走った。とことこと、ゆっくり車を転がすように。
「帰ってきたなあ」
久しぶりに走る酷道に、思わずなつかしさを感じてしまう。
2車線と1.5車線が交互に入れ替わる。
「お?」
狭い区間で、何か動くものがあった。
「猿だ」
車に気付いて、すぐに山へと逃げて、木にしがみつき。こっちをじっと見ている。車を停めて、少し窓を開け、猿を見れば、にらめっこしているような感じになって。
「きー」
と、少し鳴いた。デジカメで撮ろうとしたら、さっと逃げられてしまい、もう見えなくなった。
こうした、野生動物との遭遇もある。
鹿や猪もよく見るけど、今日はまだ遭遇できていない。
ツキノワグマもいるが。さすがにこれとは遭遇したくはなかった。幸いツキノワグマとは遭遇したことはないが、ずっと遭遇しないままの方が、お互いに幸せなので、遭遇がないことを祈るばかりだった。
家屋や地元業者の建物が点在する区間から、集中する集落に来る。
ある木造の家屋の横の空きスペースに車を停める。そこは雑貨屋さんだった。
入口前にある冷蔵庫から紙パックのリンゴジュースを取り出して、中に入り。ジャムパンとアンパンと、帰宅後に食べるエビせんべいを買い求めた。
対応してくれたのは雑貨屋を営む老婦人だった。
愛想のよい笑顔で、
「あったかくなってきたねえ」
と言ってくれて、オレも、
「そうですねえ、過ごしやすくなりましたねえ」
と笑顔で返して。会釈して雑貨屋を後にした。
この雑貨屋さんには必ず立ち寄っている。間隔が空くけど、オレのことを覚えてくれていた。ちょっとしたことだけど、やっぱりこういうやり取りは、いいもんだなあと、ふとふと思うのだった。
この集落から2車線になり、狭くなることはなくなった。変な言い方だが、この雑貨屋のある集落が、酷道区間の最終地点になり、反対側から進めば最初の地点となる。
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