track.10 蛍の光

 メイクを落として衣裳をキャリーバッグへ詰め込み、楽器を各々のケースに入れて、街灯から浮き出た影を踏みながら夜道を歩く。

 衣装や持ち歩く楽器がいつもより重く、リドレスのメンバーは疲れてしまい駅の前で休憩した。


 駅の出入口から帰宅ラッシュの人々が、レースをするように吐き出され家路を急いでいた。


 落ち込んで沈む私たちなんて、この人達からしたら目に入らない石ころと同じなんだろうな。


 キル姐さんはため息を付くと、開口一番にイラ立ちをぶつけた。


「ハゼロ、お前がバカなパフォーマンスをするから、借金が増えちまっただろが?」


「キルだって前の会場ハコで、あのパフォーマンスをやった時、『音楽史に革命が起きるぞ!』って喜んでたじゃん」


「まぁ、そうだけど……常識的に考えて、どこに迷惑がかかるかくらい解るだろ?」


「文句言う時だけ常識を盾にするの卑怯だよ! いつも『アタシらの音楽を知らしめるには、派手な余興、話題作り、注目を浴びなきゃ意味ない』て、言ってたじゃん」


「アタシはそんなこと――――言ってるな?」


「私だってバンドの為に頑張ってるんだよ!」


「もぉー! これだから普段、真面目な奴がウケを狙おうとすると、加減が解らなくて事故を起こす」


 ハゼロが黙ったのを良いことに、リーダーのキルは説教染みた愚痴をこぼす。


「それにハゼロ。ウチらに内緒で教員免許の資格取ったの、知ってるよ」


 図星なのかハゼロは口を真一文字に結び、目線を泳がせた。

 キル姐は呆れながら言葉付け足す。


「別に内緒にしなくても良かったし、将来の保険をかけるのは良いけどさ。やっぱり気持ちが浮わついてるっつうか、音楽に真剣に取り組んでるとは思えないんだよね」


 なんか、段々と不穏な空気が増して来た。

 キル姐さんは場の空気を気にすることく、持論を続ける。


「音楽をやろうか? 普通に就職しようか? それで考えが浅くなって、見栄えばかりのパフォーマンスに逃げちゃうんだよ。やっぱりさ、音楽をやる上での覚悟が足りないのさ」


 さすがに、ハゼロは黙って聞いてられなかったみたいだ。


「……たくなかった」


「ん? 何か言った?」


 ハゼロはキル姐の耳に口を寄せて――――バズーカのような怒鳴り声で答えた。


「だから、言いたくなかったんだよぉおー!!」


 キル姐は拳で横殴りにされたようによろけた。

 普段、穏やかでメンバーの仲裁役だったハゼロが、完全にキレた。


「言うと絶対に音楽論持ち出して説教染みた小言を言われるから、教員免許の資格は黙ってたかったんだ。大体、リーダーだからって頭ごなしに物を言っていいわけじゃないでしょ? もう、だだのお局だよ。嫁をイビる姑だよ。老害だよぉ!」


「ろ、ろうがい~……」


 あっ、マズい。

 キル姐さんにも火がついた。


 すやすやと眠りについていたビッチの赤ちゃんが、二人の金切り声で驚き、盛大に泣く。

 ビッチは赤ちゃんをゆさゆさと揺らし、あやしながら抗議した。


「あ~あ~、大きな声がしたからビックリしちゃったねぇ~? ちょっと、アンタたち、いつまでケンカしてんの? こっちは疲れてんだし、私は明日、仕事パートのシフトが入ってんだから、いい加減にしな」

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