隣のゲロインまどいさん

三月菫@リストラダンジョン2巻12/1発

1話 となりのゲロイン

「うう、鳩山はとやまさぁん……ごめんなさいッポ」

烏丸からすまさん、大丈夫? もう少しでアパートに着くから。もうちょっと頑張ってよ」

「ううぅ……鳩山さんにこんな迷惑かけて……なんでうち、生きちょるんやろ……」

「ははは……そんなこと言うもんじゃありませんよ」


 俺の隣には、フラフラとおぼつかない足取りで歩く少女。

 彼女は俺の肩にグッタリともたれかかるように、頭を預けている。

 

 俺は彼女と二人で、ほの暗い夜道を歩いていた。


「あ、見てよ。月がまん丸だよ? 今夜は月が綺麗だねぇ」

「うう、うちなんか、死んだらいいのに……うッ! うごごごご……おっぽ」

「だ、大丈夫!?」


 さっきから彼女の物言いがあまりにもネガティブなので、当たり障りのない話題に変えようとしたのだが、今の彼女には月なんか気にする余裕はないようだ。

 俺は立ち止まって、苦しむ彼女の背中をさすってあげる。


「ありがとうございましゅぅ……」

「大丈夫? 歩けそう?」

「はいぃ……」


 そうして、多少落ち着きを取り戻した彼女に肩を貸して、再び俺たちは歩き出した。



 さて、まずは俺がどういう状況に置かれているか、そのことを説明する必要があるだろう。


 俺――鳩山直道はとやまなおみちは、この春からめでたく東京の大学に進学したピカピカの大学一年生だ。


 そして、俺の隣を歩く彼女――黒髪おさげの小柄な少女は、大学の同級生だ。


 分厚い丸メガネと重たい前髪で目もとが隠れてしまっているけど、顔立ち自体は整っているほうだと思う。黒々とした髪の毛は艶やかでサラサラだ。

 それにさっきから俺の二の腕あたりにふにゅふにゅと当たるおっぱいの柔らかい感触は、否応にも彼女が女性であることを意識させる。しかもそのふくらみは結構大きいような気がした。


 そんな彼女の名前は、烏丸からすままどいさん。


 今日は大学の新歓コンパだった。

 そして俺と烏丸さんはその会場から抜け出して、二人で家路を急いでいる最中なのだ。


 …………


 うん、分かるよ。

 言葉尻だけとれば、まるでラブコメの導入シーンみたいなシチュエーションに聞こえなくもないよな。

 俺もその手のラノベは結構読むから分からなくもないさ。


 親の顔より見たボーイ・ミーツ・ガール。

 

 こういうとき主人公はさ、夜風にのってほんのりと漂うヒロインのいい香りとか、月明かりに照らされて透き通るように輝く色白の肌とか、もたれかかる身体の重みの心地よさなんか感じたりしてね。不意に手と手が触れ合っちゃったりなんかして、ドキドキするのよ。


 だけどちょっと待ってほしい。見てのとおり、彼女は今、酩酊めいていしているのだ。

 さらに言うと、ついさっき盛大にリバースをした直後なのだ。


 だから今、俺が感じているのはだね。

 

 夜風に乗ってぷーんと漂う酒とゲロの匂い。


 色白というかアルコールの過剰摂取で顔面蒼白になってしまった顔色。

 

 力が抜けきった人体ってこんなに重いものなんだなあという運動力学上の虚しい発見。


 そんな感じなのよ。


 確かに俺と彼女の身体は密着してて、さっきから柔らかいおっぱいの感触が伝わってくるけどさ。そのことに対するドキドキよりも、いつ追いゲロ二発目の直下型ボムを喰らわないか違う意味でのドキドキの方が大きいわ。


 ラブコメって、なんですか?

 これって、ラブコメなんですか?


 俺はそんなことを思いながら、もう一度、俺の隣でグッタリと肩にもたれかかる彼女に視線を移した。


(一体どうしてこうなった?)

 

 そんな問いを胸に抱きながら、俺は今日起こった出来事――烏丸からすままどいさんとの出会いを思い出していた。

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