第36話 女は北へ、男は南へ ―ハルローゼ視点―


 領主から呼び出され、私とカコは領主家の館に向かう。


 館に向かう道中、私は先ほどフェイクトから聞かされた話を思い出していた。


 現在のフェイクトの中身が、実はアイナの恋人である勇者カズトで、

 現在のカズトの中身が、カズトの前世である二階堂和徒になっている。


 率直に言って、「はあ?」の一言。

 どこかで頭をぶつけたのかしら。

 もしくは、ユーメィのことで気が触れた?


 フェイクトの話す内容は理解できないところも多く、困惑するばかり。


 それでもなぜか信用はできた。理解はできなくても。


 それはフェイクト以外であの場に居た人物、カコの様子も見ていたから。


 カコはフェイクトの荒唐無稽な話にきちんと向き合っていた。

 そして徐々に確信を深めているようだった。

 私とフェイクトの2人きりだったら、たぶん信じなかったと思う。

 でも、カコが居たから―――。



 それなら、私は今後どうするべきか。


 厄災への対処。これは元から。

 カズトへの警戒。するべきね。

 ユーメィの保護。アイナも含めてかしら。


 ―――そしてフェイクトを従者にする。


 フェイクトを従者にする理由が少し変化したけど。

 それでも当初の予定通り、従者にしたい。


 だって、現在のフェイクトは―――より魅力的に見えるから。




 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 領主の館に到着すると会議室に通された。


 部屋に入ると、既に着席していた者がこちらを向く。

 ショウともう一人の男性がいる。


「ハルローゼとカコか。領主はまだ来ていないぞ」


 ショウがつまらなそうに言う。随分と機嫌が悪そう。

 もう一人の男性はこちらを値踏みするかのようにジロジロと見てくる。その反面、私の後ろにいたカコには目もくれなかった。


 会議用の長いテーブルにショウと男性が並んで座っており、私とカコはその対面に並んで座る。部屋の入り口から見ると、左側に男2人、右側に女2人の構図。


 席に着いたカコがを空けずに言う。まるで私に聞かせるように。


「おかえりなさい、ショウ。それとカズト、久しぶりね」


 この男性がカズトか……。

 平静をよそおってチラリとカズトを見る。

 身体の大きさはショウほどではないが、十分に鍛え上げられているのが見て取れる。

 顔は中性的。ととのっている。

 こういう顔って自信満々な態度だとすごく格好よく見えるのよね。

 実際目の前のカズトは不敵な笑みを浮かべていて、少しミステリアスなようにも感じて、引き込まれるような魅力をかもし出していた。


 カズトが口を開く。視線は私に向けて。


「久しいなカコ。それと、君がハルローゼで合っているかな?」


「ええそうよ……初めまして」


 フェイクトから話を聞いているので、警戒の色を出してしまったかもしれない。

 当のカズトも不審に思ったのか、目を細めた。


「僕になにか?」


「い、いえ。えっと、どうしてあなたがここに?」


「さあ。僕は領主に呼ばれただけだから」


 そんなやり取りを聞いていたショウが口をはさむ。


「決まっているだろ。カズトの神核がヤバいからだ」


 それは一目見た時から分かっていた。

 底知れぬ神核の存在感。私たち3人に引けを取らない。それどころか―――。

 でも相手の存在感から実力を正確に把握することは難しい。

 本気で力を解放しないと測れない部分もあるし、上手く力を隠せる人もいる。

 知覚する側も得意な人とそうでない人もいる。

 私は自信ある方だけど、そういえばアイナは苦手そうだった。

 そんな私でも、カズトは測りにくい。

 ただ隠し切れない不気味な存在感はひしひしと感じられた。


「つまり領主は、カズトも含めて実力者4人に声を掛けたってことね」


 カコが表情を変えずに淡々たんたんと言う。

 フェイクトの話を聞いているから思うところはあるはずだけど、その内心を一切見せずに隠せていた。


「だろうな。それに、こいつの従者がヤバい。あの2人の疑似神核……チッ、いつの間にそんな力を手に入れたんだよ」


 その態度から、ショウの機嫌が悪い原因がなんとなく分かった気がする。


「2人の従者ってことは、従者枠は2人なの?」


 カコがカズトに尋ねる。たいして興味もなさそうに。

 だけど、その問いに答えたのはショウだった。


「枠が2つなワケねーだろ。厳選してんだよ。んで、3人目はあのエルフか」


 ショウがカズトを睨みつける。

 カズトは気にする素振そぶりも見せずに言う。


「ショウも狙っているよな」


「当然だろ。あいつは渡さねーぞ」


「そういえば北の樹海で結果を出せば従者にできるって約束をしてたらしいな」


「てめぇ……なぜそれを知っているんだよ」


「もちろん本人から聞いたから。それで、成果を挙げたのか?」


 あのエルフって誰のこと?

 話が見えてこないが、それでもショウがあの後どうなったのかは気になる。


「ふんっ。もう領主には報告したが、反転したリズベットはオレが仕留めたぜ」


 ショウがリズベットを⁉

 そうなると、ショウは知ってしまったはず。

 神核保有者を殺すと相手の神核の力を奪える、と。


「そうか。それで亜人の神はどうなった。そっちもったのか?」


 カズトの問いに、ショウは不機嫌そうに言う。


「―――いや、アレは見つけられなかった。亜人の数は結構減らしたけどな」


 リズベットだけじゃなく、亜人も倒せたの⁉

 私の時は亜人の神が邪魔をしてきて、かなり苦戦を強いられた。

 私はたまらずショウに質問をする。


「亜人の神は邪魔してこなかったの?」


「だから見つけられなかったって言っただろ。亜人をいくら狩ってもまったく出てきやしねえ。しかも、亜人もたいして抵抗してこなかった。あんなザコどもに勇者が3人も負けるなんてな。んで、くだらねーから途中で切り上げて帰ってきたんだよ」


 やっぱり私の時とは状況が違うみたいね。

 なんでだろう……。


 そこで、ショウが私に問いかけてくる。


「それよりもハルローゼ。ミランダの死を確認したって言ってたよな。それは見つけた時には既に死んでいた、ってことか?」


「そうよ。それ以外になんだっていうのよ」


「本当に死んでいたのか? 間違いないか?」


 ショウが念を押すようにしつこく確認してくる。

 一見意味の無い会話に聞こえるが、私にはショウの真意が理解できた。


 つまり、ミランダの神核の力を私が吸収したのではないか? と疑っている。

 そしてそれを隠すために『既に死んでいた』と噓の報告をした、と。


「ええ、間違いなく死んでいたわ。死体の状況もひどいものだった……」


 あの現場を思い出して口元を塞ぐ。

 あたかももう思い出したくもないほどに死体の状況が酷かったとでも言うように。

 実際は死んではいなかったけど、もう思い出したくないのは事実だったから上手く演技できたと思う。


 そんな私を見たショウは納得したかのか、頭をかいた。


「そうか、思い出させたみたいで悪かったな」


「それがどうしたの?」


「いや、気にするな」


「そう」


 確証は無いけど、ショウも知ってしまったと考えるべきね。

 リズベットを殺したことでを知ってしまった。

 それを知ったショウは、これからどうするつもり?

 自制して他の人に漏らさなければいいけど。

 もし、そうじゃなかったら―――。







 しばらくすると領主がやってきた。


 上座かみざすわった領主が、私たちを呼び出した内容を語る。


 それは、北の樹海で起きた内容の確認と、南西の砂漠地帯で起きた異変への対処だった。



 北の樹海での出来事の確認は、特にめぼしいものはなかった。

 先ほどショウから語られた内容通りで、後は数を減らした亜人と、その亜人の神を掃討そうとうすれば終わり。

 亜人たちの目的がいまだ不明ではあるが、脅威きょういさえ無くすことができれば別にそこはどうだっていい。

 行方不明だった3人の勇者の安否も確認できたことだし、解決に向かっている。



 南西の砂漠地帯での異変は、遠征から帰ってきた部隊からもたらされたものだった。

 そもそも砂漠地帯の先は未開領域。分からないことの方が多い。

 モンスターの活性化が生じているらしく、未開領域の探索を専門とする冒険者にも影響が出ているみたい。

 活性化の原因が厄災に絡むものかもしれない。

 それを見越して勇者を本格的に派遣した方がよさそうだと決まる。



 そうして議論を重ねて方針が定まった。


 勇者を北の樹海と南西の砂漠地帯に派遣する。


 北の樹海は、私とカコを中心とした女勇者たち。

 南西の砂漠地帯は、ショウとカズトを中心とした男勇者たち。


 勇者と男女別に北と南で分け、それぞれ対処することになった。




 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 領主との会談も終わり、解散となる。


 ショウとカズトは「2人だけで話がしたい」と言って、あっさりと去っていく。

 カズトから何かしらのアクションがあるかと思っていたが、肩透かしをくらってしまった。



 領主の館を離れ、カコと2人になる。

 そこで私はカコに尋ねてみた。


「それで、カコから見てカズトはどうだった?」


 カコは少し考えるようにあごに手を当てる。


「あれだけじゃ分からない。でも、間違いないと思う」


「フェイクトの言っていることが?」


「ええ。あれは二階堂和徒だと思う。私を避けているみたいだったし」


「なんでカコを避けるのよ」


「わたしも知りたい。それと、気になることがあるの。カズトの神核よ。ハルローゼはどう思った?」


「かなり強そうだと思うわ。全力がどれくらいかは予想できないけど」


 そんな私の予想を聞いて、カコは首を振る。


「それがおかしいの。ハルローゼはカズトの従者と会ってないよね? だから分からなかったのよ。わたしはクラエアに会ったことがある。はっきり言って、あの疑似神核は異常だった……。そんなクラエアのあるじであるカズトが、だとは到底とうてい思えない……」


 クラエア……それってクラエア様のこと?

 両親が仕えるベーゼルグスト家のご令嬢で、幼い頃によく遊んでくれたクラエア様を思い出す。

 だけど話を脱線させたくはなかったので、気にしないことにした。


「カズトは十分すごい神核を持ってそうだったけど―――」


「そんなもんじゃないの。クラエアの主なら、カズトは私たちから見ても桁違いの神核じゃなきゃおかしいのよ」


「そんなに⁉」


「わたしが全力で戦ってもクラエアに勝てるかどうか分からないくらいよ」


「カコが従者と互角って、そんなの信じられない!」


 カコは従者枠4人の勇者よ! それがただの従者と互角なんて……。


「事実よ。でも、だからこそおかしいの。カズトに何かあったのかも? もしかしたら、今のカズトなら止められるかもしれないわ」


「カコ……」


「とにかく明日フェイクトと会ってこの件の話をしましょう。それに―――フェイクトをどちらの従者にするのかも、ね」


「―――そうね」



カコには悪いけど、フェイクトは私の従者にするわ。


―――だって、こっちには交渉のがあるから。





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