第29話 すべては寝取られた後で 1 ―アイナ視点―



 <獅子ししの月 1日>



 城塞都市アーガルムに帰還してから数日が経過した。


 3時間くらい前に日付が変わり、こよみも獅子の月に変わる。

 つまり現在は獅子の月の1日目、午前3時頃。

 私は勇者地区にある中庭のはじっこ、大きな木の下で待ちぼうけを食らっていた。


 ユーメィを救出してからカズトと再会し、都市に帰還できた。

 再会した際にカズトと約束をした。日付が変わる頃にここで会おう、と。

 だけど、あれから毎日ここで待っているのに、一度もカズトは来なかった。

 今日も待っていたけど、もう約束の時間から3時間くらい過ぎている。


「―――帰ろっかな」


 どうして……?

 どうして、カズトは来てくれないの?


 カズトと2人で話したかった。話したいことが山ほどあった。

 カズトより先に都市に召集されてから、また会えるのをずっと待ちわびていた。

 従者を得ようとしない私は、ここでは肩身が狭かった。

 従者候補者である男性からのアプローチは日を追うごとに激しくなり、それとは反対に他の女勇者からの対応は冷たくなっていった。


「アイナ様、もし宜しければ、私と従者契約をしてくれませんか?」

「アイナ~。心配しなくても大丈夫だよ。私も初めてだったけど、ちゃんと従者契約できたし。だから、一緒にがんばろうよ」

「任せて下さいアイナ様。オレが優しくリードしますから。さぁ、ベッドにいこう」

「アイナって、まだ従者いないよね。なんで? 早くしなよ」

「聞きましたよ、アイナ様。従者選びに迷われていると。であれば、ぜひ自分を頼って下さい。えっ? いや、いいんです。あの方とは契約を破棄します。自分はアイナ様とヤリたいんですよ!」

「アイナ、みんな噂してるよ。あんたが従者を選ぶ気が無いって。ねぇ、ふざけてるの? さっさとヤリなさいよ! はぁ、恋人がいる? そんなの関係ないでしょ! 私もいたよ。でも、別れようってさ……。従者にもなってくれなかったの。だから、仕方ないじゃん! 勇者の責務を果たしなさいよ! つらいのはアイナだけじゃないのよ!」


 そんな言葉を毎日のように浴びせられる。

 やがて都市側も問題視するようになっていき、より立場が無くなっていった。


 そんな時に、ユーメィからをされた。

 フェイクトを私の従者ということにして決心が着くまで時間を稼いでいい、と。

 実際には従者契約はしない。フェイクトの主はユーメィのまま。

 周囲に対して、フェイクトは私の従者、と嘘をついて偽装すれば、少なくても都市側からの圧力は無くなるから。


 その提案を受ければ、2人に迷惑をかけるということは十分に理解していた。

 でも、これしかないと思った。

 だから私は―――――。


 その後、そのが最悪の結果に繋がってしまったと知る。


 ユーメィが一番信用をしていて最も頼りにしているフェイクトを連れずに遠征に行った。そして、行方不明になる。

 最終的に保護できたが、四肢を失ってしまい、今なお意識が戻らない。

 そんなユーメィを発見して、フェイクトも絶望していた。感情が抜け落ち、うつろな目をして。


 これは私のせいだ。私が2人を傷つけてしまった。

 ユーメィはもう取り返しがつかない。もしかしたらフェイクトも……。



 ―――だから私はカズトと再会した時、カズトには従者を持って欲しいと言った。



 カズトには、私のような苦しい思いをして欲しくないから。

 そして、私のように間違って欲しくないから。


 でもその前に、フェイクトの事に関するは解いておきたかった。


 そもそもカズトが都市に召集されたことすら私はかなり後になって知った。

 いつ召集されてもおかしくないけど、それがいつなのか伝わってこなかった。

 それくらい男勇者と女勇者との壁は厚い。これは予想外だった。

 そのせいでずっと会えないでいた。知った後も会うことすら出来なかった。


 だからカズトは誤解していたと思う。それは仕方ないけど。

 もしかしたら身体だけではなく心もフェイクトに……なんて思われたくない。

 そっちの誤解だけは絶対に解いておきたかった。



 ―――だから2人で会う約束をして、きちんと話し合いたい。



 そう思って、待ち合わせの場所に毎日来ていたのに……。


 どうしてカズトは会いに来てくれないのかな。


 疑問と不安で頭がぐちゃぐちゃになりながら、今日も私は部屋に戻るしかなかった。







 朝になって、食堂に向かう。


 寝不足の日々が続いていて、頭がぼーっとする。

 ここ数日、私はずっとひとり。

 以前ならフェイクトがいてくれた。偽装とはいえ、彼は律儀りちぎにも完璧にをしてくれていたから。


 フェイクトは私にとってありがたい存在だった。

 ユーメィに忠誠を誓っている彼は、私に何の気も無いことがひしひしと伝わってきていたし、それでいてきちんと従者としてのサポートをしてくれる。

 それはとても身勝手で楽なシチュエーションだったと、今になって実感する。

 そんなフェイクトも今はユーメィにつきっきり。


 他の女勇者からは距離を置かれている。仕方ないけど少し寂しい。

 声を掛けてくるのは、従者候補者の男性くらい。

 これに関しては、面倒でしかない、の一言。

 私の従者枠が1人だと公言しているので、アプローチされる回数はかなり減っている。それがせめてもの救いかな。




 ひとりで食事をしていると、予想外の人物が現れた。

 それは―――ハルローゼ。


「えっ、ハルローゼ!?」


「久しぶりね、アイナ。ちょっといいかしら?」


「もちろん。いつ帰ってきたの?」


「昨日の深夜にね。領主にはもう報告が終わっているのだけど、アイナとも話しておきたくて」


「そう……お帰りなさい。無事でよかったわ」


 捜索部隊として一緒に行動していたハルローゼ。

 少し疲れた顔をしている。あれから何があったのかな。


「そっちもね。それで、お互いの情報を交換しましょうか」


「うん、わかった。それじゃあ、まずユーメィは―――」


 ハルローゼと別れてからの話をする。

 一通り伝え終わると、今度はハルローゼの番になった。


「―――なるほどね。その突然現れた『奇妙な女性』は、間違いなくね。私も遭遇したの。特徴が一致しているわ」


「亜人の神……」


「ええ、あれはやっかいよ。私でも倒せなかった。それに、そいつのせいでリズベットを仕留しとそこねたわ」


「リズベット!? やっぱり反転してたの?」


「残念だけどその通りよ。もう正気を失ってたわ。だから、せめて私が楽にさせてあげようとしたんだけど、そこを亜人の神に邪魔されたの」


「なんで亜人の神がリズベットを助けたの?」


「わからない。でも、仲間って訳じゃないと思う。リズベットはもう敵味方の区別もついてない状態だし……。それにそもそもリズベットを反転させた原因は亜人たちよ」


「そうね……。なら、亜人の神がリズベットを助ける理由は―――」


でもする気なのかしらね……」



 それ以外にもハルローゼはいろいろと報告してくれた。

 ・ショウが未だ樹海に残っていること。

 ・亜人の神の力をぐために亜人たちを狩ろうとしたが、ここでも亜人の神に妨害されてあまり狩れなかったこと。

 ・リズベットとの戦闘中にハルローゼの従者が1名死亡したこと。



「ハルローゼの従者が1人死んだの……?」


「ええ。ザルバックよ」


 ザルバックはハルローゼの従者の中では最も若い人物だった。

 若く才能のある弓使い。

 ハルローゼの従者になる前には、私にもよくアプローチしてきていたっけ。


「そう……。それは残念ね」


「そうね。私の従者の中ではだったけど、もっと強くなれる可能性があったと思うわ」



 入れ替え候補とは、複数人従者がいる場合、を指す。

 つまりスタメンぎりぎりにいる存在。

 他にもっと良さそうな従者がいれば、契約を切られる立場。

 実際、従者枠が2人なら2人目はコロコロと入れ替わることが多い。従者枠が3人なら3人目が。

 ハルローゼの場合、従者枠が4人なので、ヨハン・カゲムネ・サルナーが固定で、4人目が何度も入れ替わっていたんだと思う。

 今回はそれがたまたまザルバックで、そして不運にも死んでしまった。



「それで都市に戻ることにしたの。私も戦力を補充する必要があったから。それに、ミランダの死体は敵に追われてて持って帰れなかったけど、ザルバックの死体は回収できたから」


「そっか……」


 淡々と話すハルローゼ。そこに悲しみの顔は無かった。


「そこでだけど―――フェイクトはどこかしら? 一緒に居ないの?」


 ここで唐突にフェイクトの話題が出る。何か用があるのかな?


「フェイクト? 彼は今ユーメィの看病をしているわ」


「ああ、そうね……。そっか……。別にのよね」


「えっ、どういうこと?」


「んー、なんでもないわ。じゃあ、私はこれで」


「う、うん……。またねハルローゼ」


「ええ、アイナもきちんと決断することね。私の言いたい事、分かるでしょ?」


 それは、従者のことだよね。

 でも、それは―――。


 私が何も答えない様子を見て、ハルローゼは呆れたようにため息をつくと、振り返らずに去っていった。





 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 <獅子ししの月 3日>



 今日もカズトと約束した場所で待つ。


 あれから一切会っていない。無理をして手紙を届けたが、その返答すら無い。


 どうして……。どうして……?


 ただ同じ時間に同じ場所で待つことしかできない。

 カズト……会いたいよ……。




 中庭の木の下でたたずむ私に、誰かが近づいてきた。

 カズト!? 私は顔を上げて、近づいて来る人物をじっと見つめる。

 日付が変わる夜中の暗闇の中、現れたのは―――。


「シラソバ……?」


「アイナ様……。あの時以来だな。やはりここで待ち続けていたか」


 カズトとの約束の場所に現れたのはシラソバだった。

 たしかにカズトと約束した時、シラソバもいたことを思い出す。


「どうしてシラソバがここに?」


「うむ。やはり、アイナ様にはと思ってな……」


「筋を通す……?」


「ああ、まどろっこしいのは嫌いなんだ。結論から言おう。私は今からカズト様に抱かれてくる。―――従者契約をしてもらえることになった」


「えっ……」


 一瞬だけ申し訳なさそうにしながらも、覚悟を決めた表情のシラソバ。

 私は突然の物言いに驚くことしかできなかった。


「以前約束したな。アイナ様がカズト様と会うまで従者になるのは待つ、と。その約束を守るつもりだった。だが、これ以上は無理だ。すまない」


「そ、そんな……」


 カズトとシラソバが従者契約をするの……? つまり性行為をする……。

 覚悟はしていた。そうなるようにカズトにも言った。

 でも、……。


「あの時に私が言ったことを覚えているか? 『カズト様から求めてきたら遠慮はしない』と。まさか本当にそうなるとは思わなかったが、実際にはそうなってしまった……。アイナ様には申し訳ないが、私ももう我慢できない」


「ね、ねえ、どうして……? どうしてカズトは私に会いに来てくれないの?」


 それが一番知りたかった。どうしてなのカズト! 会いに来てよ!


「―――わからない。私も何度か言ったんだが、カズト様にはその気が無いらしい……。実はこのやり取りをここ何日か続けていたんだ。カズト様が都市に帰ってから3日くらい屋敷を出なくてな。その後、突然私に会いに来て、従者契約を誘ってくれたんだ。その際に、アイナ様に会ったのか? と尋ねたんだが、『今は会えない』の一点張りでな……。理由も教えてくれなかった。その後もアイナ様に会ってからにして欲しいと頼んだんだが、駄目だった」


「今は会えないって……わからないよ……わからない……」


「アイナ様には悪いが、私も自分の願いを優先することにした。今日はそのことを伝えに来たんだ。本当に済まない……」


 そう言って去っていくシラソバ。

 私は去っていくシラソバの背中をただ茫然ぼうぜんながめることしかできなかった。




 それからしばらくして、立ちすくむ私にが会いに来た。

 それは―――。


「初めまして。アイナ様でお間違いありませんか?」


 話し掛けてきた女性を見た瞬間、私は驚きのあまり声を失う。


「…………」


「―――どうされました?」


 その女性は、美しかった。

 元の容姿の美しさもそうだが、それ以上に存在自体が美しかった。

 紫色の髪、背筋の良い立ち姿、気品のある態度、そして身体全体を取り巻くあわいオーラのような光。

 まるで天使が降臨したかのような、光り輝く印象を暗闇の中でも感じさせていた。


「あなたは……?」


「私は、クラエア・ベーゼルグスト。もう一度おうかがいしても宜しいでしょうか。貴方はアイナ様ですか?」


 この人は、勇者……? いえ、従者だよ……ね?

 とてつもない存在感を感じる。今まで感じたことがないくらい……。

 こんな凄い疑似神核なんてありえるの?

 私が知る限り、最も強大な疑似神核だった。しかも、ダントツに一番。


「そ、そうよ。私がアイナです。あなたは一体……?」


 何者なの? 


「―――そうですか。では、あらためてご挨拶を。私はクラエア・ベーゼルグスト。です」



 余裕を感じさせる微笑みを浮かべながら、クラエアは言う。


  だと。





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