第22話 前世、という名の呪い 2


 <カズト視点>



 勇者ショウをリーダーとした捜索部隊が樹海の中を進む。


 メンバーは、勇者ショウとその従者4人、勇者クズオとその従者2人、勇者カズトとシラソバで合計10人。


 今回は騎士を連れて行かなかった。理由は、ショウが「邪魔だ」と言ったから。

 たしかに騎士は、戦力としてはいらない。だが、荷物持ちや伝令、野営の準備、食事の面倒などを請け負ってくれる存在として必要だ。

 それらの必要性をショウに説いたが、それでも「そういうのは従者にさせればいい」と却下された。


 この捜索部隊のリーダーはショウで、俺はショウのお陰で参加できているので、その判断に文句は言えない。


 ショウは、大柄おおがらな身体に黒を基調とした鎧を着ており、その鎧の表面に時折ときおり赤いラインが光る瞬間がある。

 あれは噂に聞く、神核の力とリンクする魔法鎧かもしれない。

 さらに、長身のショウの身の丈を超える巨大な両手剣を、ナナメに背負っている。

 こちらも鎧と同じ金属なのか、同様の光沢こうたくを放っている。

 その風貌ふうぼうは、歴戦の勇者そのものであり、かつて村で会った時とは随分ずいぶんと雰囲気が異なっていた。


 そのショウに従う従者の4人も、かなり際立きわだつ存在だった。

 タイプの異なる4人の美女。共通点は、全員が自信に満ちあふれた様子であること。

 まるで、ショウの従者であることを誇っているように見える。


 ショウと再会した時、まず驚いたのは、とんでもない存在感を放っていたこと。

 勇者地区で出会った勇者の中でも、群を抜いていた。

 この3か月程度でショウに何があったのか?

 俺も自分なりには訓練を頑張ってきたつもりだ。

 だが、いざショウを前にすると、勇者としての格の違いをまざまざと思い知らされる。 



 そんなショウとその従者4人が先頭となって、樹海を進む。

 歩くペースがかなり速い。傍目はためからは全力疾走しているくらいの速度だ。

 歩きにくい樹海の中で、さらに日の光も入らない暗さなのに、ものともせずに突き進んでいる。


 ショウたちの後ろを早足で追いかけているのは、勇者クズオとその従者2人。

 クズオは、5大貴族の一つアーバッハ家の嫡男ちゃくなん。この都市でも有数の権力者。

 年齢にそぐわぬ恰幅かっぷくの良さと常に余裕を持った態度は、生まれが高貴なものであることを示している。

 そのクズオに従う従者は、メイド服を着た真面目そうなメガネの女性と、胸元が大きく開いたドレスをまとう気だるげな様子の女性。その2人は対照的な印象ながらも、という点では共通していた。



 ショウたちを先頭にしてその後をクズオたちが追いかけ、さらにその後ろを俺とシラソバが追いかける。


 この状態がもう丸一日まるいちにち続いている。出発してからずっとだ。

 夜の暗闇の中でさえ、松明たいまつの少ない明かりだけを頼りに進み続けた。

 昼夜問わず出現するモンスターも、俺が視認する頃にはショウの従者がトドメを刺していた。

 常軌じょうきいっしている強行軍。

 ショウたちはこれが当たり前の様子で歩みを止めず、クズオたちはややあきれながらも平然と続いている。


 ―――問題は、俺とシラソバ。


 神核保有者とはいえ、樹海の道なき道を休みなく進み続けるのは負担が大きい。

 まだ多少の余裕はあるが、俺ですら疲労ひろうを感じている。

 なので当然だが、シラソバは息もえの様子。もう限界だ。

 シラソバは従者でない。この中で唯一の、神核も疑似神核も持たぬ存在。

 ここまで付いてこれたのが、むしろすごいくらいだ。鍛え上げられた身体と不屈の精神、彼女の努力と才能の賜物たまものだろう。

 だが、このメンバーでは独りだけひどく劣った存在。それが事実。


 なぜシラソバが同行することになったのか、分からない。

 出発当日にそのことを知った。一瞬、ショウかクズオの従者になったのかと思ったが、シラソバに疑似神核が無いことを感じ取り、その予想は外れた。

 その一方で、今回は騎士を連れていかないと聞いて、クラエアは自ら同行を断念している。きっとこうなると予想していたのだろう。

 シラソバが何を考えているのか……。

 それを問いても、明確な返答は無かった。ただその目は、何かを期待しているようだった。

 ということは、つまり―――。




「ショウ!」


 シラソバが限界なので、俺はショウに声を掛ける。


「ったく、しょうがねーな。おい! 休憩にするぞ。食事の用意をしろ」


 ショウも理解していたのか、すんなりと休憩の判断を下す。

 この先に、木が倒れて日の光が差し込んでいる場所を発見し、そこで食事をとることになった。


 ショウとクズオの従者が食事の準備に取り掛かっている間、ショウから話し掛けられる。


「おい、カズト。お前このままでいいのか?」


「えっ、どういうことだ?」


「分かってんだろ。お前自身と、シラソバだ」


「…………」


「アイナが心配で捜索に参加したい、って言うから認めたが、このままじゃ足手まといだぞ」


「―――迷惑はかけない。最悪、見捨ててくれて構わない」


「半人前が偉そうな口きくな。それにシラソバはどうする? あいつも置いていっていいのか?」


「そ、それは……」


「シラソバも『見殺しにしていいから同行を許可して欲しい』ってすがりついてきた。あいつの狙いは理解できる。だから許可した」


 シラソバの狙い。おそらく、俺と従者契約を願って―――。


「おい、そこまで分かってて、なぜ許可した! このままじゃ本当に死なせてしまうぞ」


「はあ? なに言ってんだカズト。許可したんだろうがっ。従者を持たない半人前のお前が、アイナを心配して捜索に行く資格なんてねーんだよ。だが、断られても勝手に独りで行きそうだったから、仕方なく認めたんだよ。カズト……、シラソバと今すぐ従者契約をしろ。それで2人とも少しはマシになるだろ」


「やはり……。そのためにシラソバを連れてきたのか?」


「ああ、お前が捜索部隊に加わりたいと聞いてシラソバも参加を申し出てきた。あいつも必死なんだよ。シラソバはオレとも契約したことがあるが、疑似神核が貧弱でな……。はっきり言って、このままだとあいつは従者候補者から追放される。候補者ってのはな、誰にも選ばれないと勇者地区から追い出されるんだよ。あいつは、今まで何人かの従者になった実績があるから見逃されてきたが、結局最後には誰からも選ばれていない。つまり、シラソバはもう候補者すらクビ寸前なんだよ。だから、本人もそれを分かってて、お前がラストチャンスだと思ってるんだろうよ」


 まさかそんな事情があったとは……。

 確かにここ数日のシラソバの態度は、鬼気迫ききせまるものがあった。

 どうして、そこまでして従者になりたいのか……?

 俺には理解できないが、シラソバにも何か譲れないものがあるのだろう。


「だが、俺は―――」


「言っておくが、お前がシラソバを従者にしなければ、たぶんあいつは死ぬぞ。オレも足手まといはいらねーし、シラソバもそれを覚悟の上で来ている。まっ、お前がそれでもいいなら好きにしな」


 そう言うと、ショウは従者の元へ去っていった。


 俺は―――何も言い返せず、うつむくことしかできなかった。




 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――




 ショウは食事の準備をしている従者の元へ戻ると、長い黒髪の従者から声を掛けられた。


「ショウ様、お食事までもう少々お待ちください」


「ああ、ゆっくりでいい。もしかしたら、テントの用意も必要かもしれないぞ」


「まだお昼ですが、ここで一晩明かされるのですか?」


「かもな。ついでに、オレらもするか? 昨日は久々にヤってねーしな」


 ショウは黒髪の従者を抱きしめる。尻をパチンと叩かれた従者は、うっとりとした表情でショウに身を任せた。


「嬉しい……可愛がってくださいね。それにしても、どうしてカズト様の同行をお許しになったのですか? あの方は、未だ従者を決めていない半端者はんぱもの。そんな方を、ショウ様が気に掛けるなんて……」


 ショウは従者からの質問に、心底楽しそうに笑う。

 その手は、抱きしめた女性の長い黒髪を触っていた。その目は、手の中で乱れる黒髪を通して遥か彼方かなたを見ていた。

 まるで、長い黒髪がを思い浮かべるように。


「互いに別の相手従者と関係を持てば、も終わるだろ……。そうすれば、オレにもチャンスはやってくる。あいつらとは違って、オレはそういうのは気にしないからな。ははっ、楽しみだぜ……」


「まあ。ショウ様ったら、別の女性のことを考えてますね? ひどい勇者様だわ」


くなくな。お前たちを手放すつもりはねーよ。なんてたって、このオレが選んだ従者だ。誰にも渡さねぇ、


「はい。わたくしのすべてはショウ様の物です。おしたいしております」


「いい子だ。よし、準備は他の者に任せよう。お前はオレに着いてこい。ちょっと休憩しようぜ―――2人でな」


 従者を肩に抱いたショウは、樹海の奥へと消えていった。




 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――




 従者たちが食事の準備をして、カズトとショウが会話をしていた頃、そこから離れた場所では、クズオとシラソバが2人になっていた。


 出発してから丸一日以上が経って、始めての休憩。

 しかも移動中の速度は、シラソバにとっては足場の悪い樹海の中を懸命に走らなければ追い付けないものだった。

 息を切らし意識が朦朧もうろうとしながらも、弱音を吐かず意地だけで付いてきていた。

 だが、それも限界。ショウから休憩が告げられると同時に、その場で膝をついて まったく動けずにいた。


「はぁ、はぁ、はぁ……くそっ……はぁはぁ……」


 そんなシラソバを見下ろすクズオ。

 クズオにとって、そんなシラソバの様相は、彼の嗜虐心しぎゃくしんを満たすものだった。


「シラソバ。どうして付いてきたんだ。そんなにボクの従者になりたかったのか?」


 クズオにとって、シラソバはお気に入りの従者候補者。

 シラソバの凛とした態度、この地方の女性とは異なるタイプの美しい顔、肉付きの良い身体、特に隠そうとしても隠し切れない大きな胸。どれを取っても最上級の女。

 本来なら、こんな極上のメスは、勇者同士で取り合いになる。

 実際、シラソバが従者候補者として勇者サロンに初めて現れた時は、その場にいた勇者のすべてが殺到した。クズオやショウも含めて。

 だがその後、誰と従者契約を交わしても疑似神核がすべてイマイチだったせいで、多くの勇者からにされている。

 キープ扱いになると、定期的に体を求められるが、疑似神核が弱いままなことを再確認されると、また契約を破棄される。それの繰り返し。


 そのたびに絶望して心をすり減らし、でも意固地いこじになって従者となることを望み続けるシラソバ。


 そんな強くもはかない、美しくもみにくいシラソバが、クズオはたまらなく好物だった。


「君のボクへの執着は心地良いけどねぇ、さすがに無茶し過ぎじゃないか? ボクには他の従者がいるんだよ。ネネは当然として、もう一人新しく従者になった娘もなかなかの疑似神核でね……。正直言って、戦力としては君はいらないんだよ。でも、どうしてもって君が頼むなら―――今、試してあげてもいいんだよ」


 シラソバの弱みに付け込んで、己の欲望を隠そうともしないクズオ。


 だが、息をゆっくりと整えていたシラソバは、冷ややかな目を向ける。


「断る。私に構わないでくれ」


 突然の拒絶に驚くクズオ。今までのシラソバからはありえない態度だった。


「なっ……。ど、どうしてだ? このボクがしてやるって言ってるんだぞ! 大人しくまたを開けよ!」


「断る、と言ったぞ。従者契約は双方の合意が前提だ。私はもうお前のモノにはならない」


「くっ……。なぜだ? 君に選ぶ権利なんて無いはずだ。まさか、ショウ君を狙ってるのかい? 無理だ、無理無理。ショウ君の従者はどれもトップクラスだ。君に入り込む余地なんてないよ。だから、ボクの言うことを―――」


「しつこいぞ、勇者クズオ! 勘違いするな。別に勇者ショウも狙ってなんかいない。私は気づいたんだ。なぜ、私の疑似神核がこんなにも弱いのか……。それは、私が勇者に出会ってなかったからだ。―――だが、今は違う。もしかしたら……そう、もしかすれば心から敬意を抱けるかもしれない御方に出会ったんだ! それはけしてお前たちじゃない」


 シラソバが強い決意を胸に秘めて言う。

 そして、そのほほはうっすらと赤く染められていた。


「はっ、はああああああ? えっ、え、え? な、なに言っちゃてんの? 嫌だ! ダメだよ? ボクのモノだよ、君は。そんなの許すわけないじゃん」


 急に取り乱すクズオ。その様子は、まるでお気に入りの玩具を取り上げられた子供のようだ。


 そんなクズオの醜態しゅうたいに、シラソバは心底嫌そうな顔をする。


「―――あのなぁ、私はお前のモノじゃない。そもそも従者契約を何度も破棄してきたのはそっちだろ。今更いまさら寄ってこられても、こっちが困る。それに、今まで言わなかったが、この際だからはっきり言おう。―――勇者クズオ。お前。何が『ママ~』だ? 私はお前の母親じゃないぞ? 毎回毎回、してる最中に『ママ』って連呼されるこっちの身にもなってみろ? そのたびに、気持ち悪くて身体の震えが止まらなかったぞ」


「えっ、あれって感じてたんじゃないの? えっと、で、でも、だって、君はボクのママそっくりの大きな胸で―――」


 ワナワナと震えながら、ブツブツと呟くクズオ。

 完全に下に見ていたシラソバから思いも寄らぬ反撃をされたことで、気が動転していた。


「―――キモッ」


「!? シ、シラソバああああああああ。もう許さん! ボクがまたしつけてやる!」


 怒りに我を忘れたクズオが、シラソバにこぶしを振り上げる。


 すきが大きいとはいえ、勇者のパンチだ。

 疲れ果てていたシラソバには避けることは不可能だった。

 シラソバは殴られることを覚悟して、目をつぶる。


 ―――だが、殴られる衝撃はいつまで経ってもやってこなかった。


 うっすらと目を開けるシラソバ。そこにいたのは―――。


「カズト! さ……ま……」


 いつの間にかカズトが、クズオとシラソバの間に入って、クズオのこぶしを受け止めていた。


「カ、カズトォ~。な、なぜ? いつの間に!?」


「クズオ、どういうつもりだ? シラソバに殴り掛かるなんて!」


 クズオの拳を、カズトは完全に受け止めていた。クズオの拳は微動びどうだにしない。


「はっ? えっ? な、なんで、なんでカズトなんかが、ボクのパンチを受け止められるの? 君みたいな半人前の勇者に……なんでだよ、なんでだよおおおお」


「お前みたいな、努力もせずに自分勝手な勇者に俺は負けない。ただそれだけだ!」


「はぁ? ボ、ボクは、スペシャルで、従者枠が2枠で、模擬戦最強なんだよぉおおおお」


「―――知るか。そもそもお前が模擬戦なんてしたこと無いだろ……」


「うるさい、うるさい、うるさい! こ、こうなったら―――おい、ネネ!」


 半狂乱になったクズオは、従者ネネの名前を叫ぶ。

 すると、クズオのそばにメイド服を着た女性がいつの間にか立っていた。


「クズオ様、お呼びですか」


「ネネ! やっちまえよ。こいつらぶっ潰せ!」


 命令されたネネは、カズトとシラソバに一瞬視線を向けると、すぐにクズオに向き直った。


「申し訳ありませんが、遊んでいる時間は無いようです」


「あ? なんだそれ。ボクがやれって言ってるんだぞ! いいから、やれよ!」


 怒りを爆発させるクズオに対して、ネネは平然と言い返す。


「ショウ様から伝言です。どうやら―――誰かが近づいて来るようだ、と」


「…………」


「クズオ様、今はショウ様たちと合流しましょう」


「―――わかったよ。おい、シラソバとカズト。覚えとけよ……」


 イライラが治まらない様子のクズオが、ショウの元へと戻って行く。

 その様子を眺めながら、ネネが言う。


「カズト様、それにシラソバ。申し訳ありませんでした」


「いや……あなたが謝ることじゃないよ」


「そうだぞ。にしても―――ネネも大変だな。あんなのがあるじで」


「シラソバ。クズオ様のあなたに対する態度には申し訳なく思っていますが、それでもクズオ様の悪口は許しませんよ」


 ネネがシラソバをにらむと、シラソバは肩をすくめるだけだった。




 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――




 ショウを中心に、全員が集合する。


 誰かが近寄ってくる気配がする、と見回りに出ていたショウの従者が気づいたらしい。

 ショウが、両手剣を構える。他の者も臨戦態勢を取った。

 俺も剣を抜き、足音らしき音がする方へと剣を構える。


 相手はまだ見えない。だが、気配を隠す気は無さそうだ。

 2、3人くらいだろうか。やがて、はっきりと足音が聞こえるようになってきた。

 そして、木々の間から姿を現す。


 その姿は――――。


「アイナ!」


 俺はたまらず叫んだ。やっと会えた! アイナに!


「!? え、嘘……。カズト!」


 俺の声に驚いたアイナが、すぐに花が咲いたような笑顔になって叫ぶ。



 ―――1月半ぶりに再会したアイナは、記憶にあるアイナよりも、また一段と美しくなっていた。





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