第32話 夜泣きラーメン

 九州などでは美味しい屋台ラーメン屋さんは多いと聞く。ただし、私の住む東京都の多摩地区では、最近はあまり見たことがない。


 定期的ではないが深夜12時過ぎになると、自宅マンション前の国道沿いの側道に時々見かけるらしい。


 とても旨いラーメンだそうだ。というのも、私はまだ食べたことがなかったからだ。近所の噂が広がっている。


 屋台のご主人は、言葉を話すことができないらしく、無言のままラーメンが提供されるらしい。ガンバってるという評判である。


 残業が何日か続き、いつも乗る24時発の最終バスも間に合わなかった。通常、バスに乗車する駅から自宅までは歩くと1時間以上はかかる。


 もう4駅先の駅からは、自宅まで25分程なので、その日は4つ先の駅まで乗車して歩くことにした。


 夜中、真っ暗な道を歩くのは、決して気持ちが良いものではない。ヤッパリちょっと怖いのだ。


 腕力には自信がある。強盗や暴漢などに恐れはない。暗闇の中で、怖いのは人間ではない。幽霊、もののけ、人外のものである。


 一直線の2km程の暗い道を歩くと、暗闇にぽっかりと自宅のあるマンションが浮かぶ。マンションのいくつかの部屋から漏れる灯りに、ほっと一安心。


 最後の国道横断の信号を待った。


 信号機からマンションまで、国道沿いの側道を200mほど歩く。その側道に赤い灯りが点っている。


 『あれ、あの灯り。もしかしたら噂の屋台かな』


 夜食もとらずに必死になって残業していたから、当然空腹である。


 走るように青信号を渡り、屋台の前の折り畳みイスに座り込んだ。ラッキーなことに先客はなし。屋台の独占状態である。


 屋台の内側に白い紙が貼ってある。『ラーメンだけです』の表示。


 屋台の主は年配の男性と思っていたが、何とまだ若い20代の女性である。


 「ラーメン」期待をこめて注文。主からの返事はない。


 『そうか、話できないんだよな』


 手際よく調理してカウンターに。


 『旨い』昔ながらの中華そばだ。あっという間にスープの最後の一滴まで飲み干した。これで500円なら安い。


 「ご馳走さま」


 500円を払い、一方的な挨拶を残して席を立った。マンションはすぐ目の前である。


 「美味しかったよ」


 歩き出しながらかけた一声に、まるで答えるように。


 「ナァ~ゴ」


 ドキッとして振り向くと、国道を走る車のライトが側道の屋台を照らした。屋台とそして耳の尖った主の影が、側道に佇んでいた・・・・・

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る