第96話

 「テラ

 「あん?」

 

 タマラは地属性のレテラが使えるようだったから、僕が地属性の一文字で魔法を使ったのは理解できたはずだ。だけど過去で修羅場を経験して身につけたこの使い方はさすがに知らないようで疑問の声を出した。

 だけどそれで勢いを減じるようなこともなく、ためらいなしでダガーを突き込んでくるのはさすがに実戦経験の豊富な盗賊団の頭ってところだろうか。

 

 一般的にいえばかなりの速さで、そしてグイドと比べればあくびが出そうな鈍さで襲い掛かってきた刃を、ぎゃりぃっという音をたてて僕は岩の籠手で弾く。

 

 「魔法は失敗したようだけど、籠手なんてつけていたとは……なかなか周到じゃないか」

 

 一旦距離をとったタマラがそんなことを言ってくる。……ああ、地属性の一文字は焦った僕が失敗したと勘違いしたのか。

 

 「籠手?」

 「は? ……何をした?」

 

 魔法で出した岩の籠手は攻撃を弾いてもう消えているから、布地に皺すらない袖を見せつけるようにすると、タマラは心底から不思議そうな表情をしてくれる。上着の下に鉄製の籠手でも仕込んでいたと思ったんだろうね。

 

 「……ふふ」

 「何がおかしいっ!」

 

 再び思わず笑ってしまった僕に、タマラは怒鳴ってくる。今度は純粋に怒りの形相。意外と表情豊かな奴だ。

 

 「何がおかしいって……、それを敵に聞く奴がいるんだって思っちゃってさ」

 「……そうか、そうだな、どうせ殺すんだ。手品の種は抱えて逝きな!」

 

 そういうとタマラはあの跳躍力を披露して高く跳び上がった。だが、こっちに襲い掛かってくる軌道じゃなくて、その場にほぼ垂直に跳んだ……?

 

 「テラ放出パルティぃぃぁぁっ!」

 

 なるほど、斬りかかると見せかけての魔法攻撃だったのか。それにしても癖のある詠唱だね。

 

 「あたいの魔法戦闘術に震えろっ!」

 

 そして着地と同時にこちらへの突進を開始する。頭上からは岩の杭が飛んできて、地上からはダガーを構えたタマラが突進してくる二段構えの攻撃ってことなんだろう。

 だけど、魔法戦闘術とかいったところで、これは結局魔法と武器攻撃を連続でしているだけ。順番に飛んでくることには変わりない。

 だから、そんなに自信満々な表情で突っ込んできているところ悪いけど……。

 

 「消滅スコンパルサっ!」

 

 思えば実戦で使うのは初めてな気がするなぁ……とか考えながら、消滅の魔法を発動させた右手を払うようにして岩の杭にぶつけた。

 その瞬間、魔法で生成された岩の杭は存在そのものが嘘だったみたいに掻き消える。衝撃で砕くとか、弾いて逸らすとかじゃなくて、文字通りの消滅だ。魔法にしか使えない手段だけど、まさにゲーム『学園都市ヴァイス』で見た通りの“魔法パリィ”が成功した。

 

 「っ!?」

 

 驚いたタマラは、それでもやはり速度を落とさずに突撃を敢行してくる。この気質というか行動の癖は実戦的で、恐らくこれまでのこいつの盗賊人生で役立ってきたものなんだろうけど、格上との戦闘経験はあまりなさそうな気もする。

 

 「オーセア

 

 地のレテラは認識できるようだったから水の籠手をまとってみた。水……とはいっても、僕の魔力がたっぷりと込められた魔法の水だ。それは激しい水流となって僕の右腕の肘から先を覆っている。

 

 「また失敗かっ? 不思議なことは色々とできるようだけど、所詮はがくせ――」

 

 「所詮は学生だな」とか言いたかったっぽいタマラの言葉は最後まで続かなかった。その前に僕が迎え撃つように前進して、殴りかかったからだ。グスタフにかつて教わった倒れ込むような踏み込みは、やはり容易には動きを悟られない。

 そして僕の右腕――正確にはその周囲に渦巻く魔法の水流――がタマラの持つダガーにぶつかり、刃は僕の皮膚に届くことなく弾き飛ばされて路地の壁にぶつかった。

 

 「はっ!?」

 

 それでも止まらずに僕は右腕を振り抜き、ダガーを失って驚愕に恐怖が混ざり始めたタマラの顔面を殴りつける。

 殴打する鈍い音ではなく、水が迸るばしゃあっという音が路地に響いて、押し流されたタマラは路地の曲がり角へと叩きつけられてへたり込む。

 

 「魔法で……殴っ……た?」

 

 俯いているけど意識はまだあるようで、タマラは呟いた。ここまでされてようやく、さっきまでの僕が魔法に失敗していたんじゃなくて、併用していたんだってことに勘付いたらしい。

 

 というか、計画を聞き出したいから殺さないように攻撃したのは、僕の失敗だった。思ったよりもタマラに余力が残されていたらしく、それをすぐに痛感させられることとなった。

 

 「使い捨てだが……仕方がないかっ!」

 

 そんなことを口にしながら、タマラは“何か”を懐から取り出してすぐに地面へ叩きつけた。そのためらいも淀みもない動作に、止めるどころか反応もできない。

 

 「くっ」

 「アル君、無事かっ?」

 「あの野郎!」

 

 一瞬のうちに煙で満たされた路地で、僕もグスタフもフランチェスコも悪態を吐くくらいしかできなかった。

 というか……。

 

 「解析インダガーレ放出パルティっ」

 

 やや焦りながらレーダーのようにして周囲を探ろうとした解析の魔法からも何の手ごたえもない。発動する前から察していたけど、この煙は魔法も通さない。当然視界は利かないし、十中八九タマラは逃げようとしているとわかっていてもこんな状況で迂闊に動く訳にもいかない。

 ……つまり、まんまと逃げられてしまったということだった。

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