第七話 AIプロデューサー

 あいつはおれの目障りだった。

 昔からあいつだけはおれより強くて、おれより頭が良くて、おれより女にモテた。

 あいつのせいで、おれはいつだって二番手だった。

 小学校でも、

 中学校でも、

 高校でも、

 大学でも、

 そして、社会人となってからでも。

 おれとあいつは、一緒にアニメ制作会社として最高峰だった企業に入社した。そこで、ふたりそろってシナリオライターとして活動した。

 おれはきわめて優秀だったので、入社直後からヒット作を連発した。他の有象無象どもなんて相手じゃなかった。そう。おれの手がけた作品はどれも『第三位』以下を大きく引きはなすす興行収益を叩き出していた。だが――。

 そこでもやはり、あいつだけはおれの上にいた。

 興行収益一位を叩き出すのはいつだってあいつ。おれは常に二位。いつまでたっても二位。三位以下はぶっちぎりで突き放す成果をあげているというのに、あいつがいるせいでどうしてもトップに立てない。

 おれは永遠にこのままなのか?

 あいつの後塵を拝し、あいつの引き立て役で終わるのか?

 否!

 断じて否!

 そんな負け犬人生を送ってたまるものか。おれは一位になる。絶対になる。

 そのためには、どうすればいいい?

 あいつがいなくなればいい。あいつさえいなければ、おれはまちがいなく業界一位のシナリオライターとして君臨できる。事実、あいつ以外にはおれの作品を上回る収益をあげたシナリオライターなんていないんだからな。だから――。

 おれはあいつを罠にはめた。

 「あいつは自動生成AIを使ってシナリオを作っている」

 そんな噂を流してやった。

 もちろん、やつは反論したさ。だが、おれの計画は完璧だった。誰もかれもがやつの成績は生成AIのおかげだったと信じた。世間からは叩かれ、同僚からは白い目で見られ、ついには上からも叱責された。そして――。

 やつはとうとうクビになった。

 どんな反論も抗議も通用せず『卑怯者』として会社を追われたやつの姿。

 その後ろ姿。おれはそれを一生、忘れない。

 スッキリしたぜっ!

 それからはもうおれの独壇場だった。書くシナリオ、書くシナリオ、どれも大ヒット。興行収益はぶっちぎりのトップ。世間はおれを『天才』と敬い、会社はおれをべた褒めだった。同僚どもの嫉妬と妬みの視線のなんと心地良かったことか!

 ついに、おれの時代が来た。

 おれはとうとうあいつを追い落とし、トップに立ったんだ!

 まさに、この世の春。金も女も思いのまま。欠けるところのない満月のように満ち足りた気分だった。だが――。

 数年後。

 やつは戻ってきた。

 『AIプロデューサー』を名乗って。

 自ら指示して生成AIに作らせたアニメをひっさげて。


 やつの生みだしたAIアニメは、たちまち世界中を席巻した。世界中のアニメファンから評価され、収益はうなぎ登り。たちまちやつは時代の寵児になっちまった。

 そんなはずはない!

 おれはうろたえた。自動生成AIなんぞが作ったシナリオがおれが、人間さまが精魂込めて作りあげたシナリオに勝るはずがない。

 その思いでおれはやつのAIアニメを見た。そして――。

 打ちのめされた。

 そこに展開されていたのは、おれの知るAIアニメではなかった。

 絵はきれいだし、シナリオも無難。まちがいなく万人受けする内容。しかし、個性も特徴もない、欠点がないかわりに魅力もない凡庸な作品。

 それが、おれの知るAIアニメだった。ところが、やつのプロデュースするAIアニメはちがった。

 絵がきれいなだけじゃない。万人受けするだけじゃない。そこにはまちがいなく個性があった。特徴があった。欠点もあったがそのかわり、『その作品ならでは』の魅力があった。いや、欠点こそが魅力になっていたと言っていい。

 そう、つまり、やつのAIアニメには『人間性』があった。まぎれもなく『作家性』があったのだ。

 やつの大成功をきっかけに世界中で生成AIを使ったアニメ作りが大流行した。素人や駆け出しライターはもちろん、すでに名の売れたライターにいたるまでがこぞって挑戦した。

 しかし、駄目。

 ひとりとしてやつのように『作家性をもった』AIアニメを作ることはできなかった。

 かくいうおれも。

 おれももちろん、挑戦したのだ。しかし、ひとつたりと満足のいく作品は生まれなかった。AIのやつはおれがいくら注意してもおれの望みとはちがう作品しか生みださなかった。何度やっても、どんな生成AIを使ってもだ。

 「ちがう! そうじゃない。何度いったらわかるんだ。おれの望んでいるのはそんなものじゃないんだ!」

 「おれの言うことがわからないのか! おれはお前のご主人さまなんだぞ。おれの言うことに従え」

 「どうあってもおれの望みを理解しないつもりか。何様のつもりだ、この糞AI!」

 成果の出ない日々に、おれの苛立ちはつのるばかり。

 何度、AIを罵倒したことか。

 何度、発作的にパソコンをぶち壊そうとしたことか。

 その間にやつの生みだすAIアニメはますます人気となり、やつの名声はうなぎ登りだった。それに比例して、おれの仕事はどんどん減っていった。

 当たり前だ。やつのAIアニメが世界を席巻しているんだ。人間のライターの出る幕なんてなくなっていく。

 「くそっ。こうなったら仕方がない」

 おれは覚悟を決めた。

 恥を忍んで、やつにAIアニメを作るコツを聞きに行くことにした。

 なあに、大丈夫。そもそも、やつを罠にはめて、この業界から追い出したのがおれだなんて知っているはずもない。旧友として迎えてくれる。やつは、人が良かったからな。昔からの馴染みであるおれが聞けば、ぺらぺらとコツを話してくれるさ。

 それを知ることさえできれば、こっちのもの。もう一度やつを罠にはめて追い落とし、今度はおれがAIアニメ界の寵児になってやる……。


 「コツはAIを愛することさ」

 「AIを愛するだって?」

 やつのもとを訪れたおれの前で、やつは開口一番、そう言った。

 おれは驚いて聞き返した。

 やつは当然のようにうなずいた。

 「そう。AIを愛するんだ。自分の子どものようにね。そして、育てていく。決して、最初から完璧を期待しちゃいけない。AIの生成したアニメを見て、感想を伝えて、修正すべき点を教えて、改めて生成させて……それを繰り返すんだ。何回でも、何十回でもね。

 そうしているうちにAIにも個性と特徴、つまり、作家性が見えはじめる。そうなればしめたもの。あとはそれを育てていけばいい。そうして、単なる生成AIが作家性をもったAI作家に育っていくんだよ」

 やつはそう言ってからつづけた。

 「一番、やってはいけないのはAIを自分のかわりだと思うことだ。決して、絶対に、自分の思いどおりの作品を作らせようとしちゃいけない。自分の思いどおりの作品がほしいなら自分で作ればいいんだ。

 AIに作らせるならAIの作家性を尊重すること、つまり、AIが学習によって成長しようとする方向を見極め、うまく導いてやることだ。決して、絶対に、自分の考えを押しつけちゃいけない」

 「それじゃあ……AIアニメを作るなら自分では考えるなってことか?」

 「そうだ。それが一番、大切なんだ。考えるのはあくまでもAI自身。人間のやることはその手助け。まさに、子どもに対する親の態度だよ。

 人間の子どもだって親が自分の思い通りにしようとしたり、あれこれ先回りして指示してばかりいたらまともには育たないだろう? それと同じ。AIはAIとして、自分とは別の存在として育ててやることが必要なんだ」

 やつはそう言ってからふと、遠い目をした。

 「もう何年前になるかな。あらぬ噂を流されて業界をクビになって……思いきり仕事ができていた時期だから本当にショックだった。どこの誰がやったことかわからないけど本当に恨んだよ。でも、いまではむしろ良かったと思ってる。それがきっかけになってAIとの付き合いをはじめて、いまでは何種類ものAI作家を育て、一緒にアニメを作り、世界中の人々を楽しませることができているんだからね。本当。いまでは噂を立ててくれた謎の人物に感謝だよ」

 そして、やつはかつてのアニメ企業の最高峰にかわり、アニメ界の覇者となった。自ら育てあげた何種類ものAI作家と多くの従業人とを従えて。

 AI作家が報酬を受けとらない分、それを自分の懐に入れるのではなく、後進の育成やさらなる生成AIの研究に投資したのも世間の評判を呼んだ。

 そうしてやつは押しも押されもしないアニメ界の支配者となった。そして、おれは――。

 失業した。

                   完

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あいつはおれの目障りだった 藍条森也 @1316826612

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