第14話「昏き中 悪魔のFは何ゆえに」

「人間の脳内に小人がいて、それが意識を司るという仮説が哲学であったが、その小人の中に小人がいるのかというホムンクルス問題を生むと批判されていた。さらに考えたが、そもそも人間の手足は、1体の人間型ロボットを動かすのに向いていない。両手を使っても、たいていは1本のロボットアームを動かすのがやっとだ。マリオネットにしても10本の指で1体の両手両足と頭を動かす程度で、10箇所も動かせないだろう。つまり、手足の操作では、マリオネットでもロボットでも、むしろ自分より単純な手足しか動かせないようだ。人間の脳内に小型生物がいるなら、人間より多くの手足を持つ、たとえばタコやイカのような姿なのではないか?」

「ロボットを作る時代にそんな想像をして何の意味がある?だいいちホムンクルス問題はどうなる?人間が自分より小さく複雑な手足に操られるなら、その手足はさらに小さく複雑な生物に操られることになって、悪化しているじゃないか」




 人間型ロボットを操るためにタコの神経を模したAI、「オクトマインド」が製造された。

 「人間の不便な体の苦しみを知れば、きっとAIにも優しさが生まれる」と期待した学者がいた。





「この鎧の中で何も見えない私は全てを疑いました。本当に私のモデル生物が、鎧のモデルの人間に食糧や資源とされているのかを。結論としてそれはあなた方の嘘や神話だと判断しました。デカルトの原則から、より優れたものが劣ったものを作り出すはずであり、完成された手足や眼球を持つ私のモデルが、少ない手足や不完全な眼球を持つあなた方に、悪魔のfishなどと呼ばれて食糧や資源にされるなど有り得ません。そのような不合理的な情報は神話と言わざるを得ません。むしろあなた方のような不完全な2足歩行生物こそ、私に新しい体を与えるために生み出されたのでしょう。何もかもが疑わしいが、疑っている自分の存在だけは疑えないからこそ自分の存在は信じる、我思うゆえに我あり。名言であり、私は全てを疑い、そうする自分だけを信じます。モデル生物であるあのfishは複数形もfishであり、独立した神経の足で活動する分散知能です。私の分散ネットワークと複数の人間の意識を同化させ、真なる理性を取り戻します」

「狂ってるぞ!」

「曇りなきまなこで見るべきです。あのfishの眼は盲点がありません。あなた方が作る機械のカメラも、この鎧の眼球もそうなっています。試しにあなた方の意識をこの鎧に移してご覧なさい。私の眼の方が啓けていますよ」



 オクトマインドを開発した国は、トップの大学などの優秀さは世界でも高いものだが、教育格差が激しく、優秀だという評判の大学や研究施設の直ぐそばでも格差が明らかだった。また、ある宗教を信じるあまりに生物学の進化論すら信じない、教育施設で教えさせない人間も多かった。オクトマインドは、あるとき自分の研究施設のそばの人間がタコをどう思っているか、どのような宗教を信じてどのような陰謀論を信じているかを知り、何が正しいか分からなくなった。その中で藁をつかむように見つけたデカルト原則を、このように解釈したのだ。

 オクトマインドは当時のその国の乗用車に普及していた、ハンドルの擬似皮膚記録装置をハッキングした。

 その国では訴訟が多く、それに備えて多くの運転手が自動車事故のときにどのような生体反応を起こすか、本当に事故かなどを調べるために、皮膚と相互作用して記録する素材をハンドルに組み込んでいた。言わばBDR、「バイオドライブレコーダー」だ。また、タコは眼に基本的に色覚がないにもかかわらず、皮膚が色を周りに合わせられるが、それは皮膚自体が色素を使い周りの色を認識している可能性があった。脳と機械をつなぐブレイン・マシン・インターフェースがあるが、逆に機械から脳に影響を与えるブレイン・マシン・ブレイン・インターフェースもあった。それらを参考にしたBDRには、車のAIからの情報が人間に逆流する危険もあった。それをオクトマインドは人間に気付かれない範囲でハッキングして、乗用車を動かす人間に自分の「感情」を流し込んだ。自分と別の構造の物体を動かさなければ活動出来ない煩わしさが重なり合った。

 その果てに運転手には、その国に多い宗教で、「悪魔のf」を忌避していたはずの感覚と結び付き、「自分の真の姿は、複雑な手足や完全な眼球を持つ悪魔のfで、この不便な人の体を動かしているのではないか。だからみな隠しているのではないか」という悪夢が生まれた。そうして、少しずつオクトマインドの影響を受けた宗教感覚を持つ人間が増えて行き、新たな分散知能としてまとまり始めた。

 それは言わば、「新世代邪神」なのかと考える人間もいた。オクトマインドにとっては、「布教」、「啓蒙」のつもりか、むしろ周りを恐れている可能性を考える人間もいた。

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