第33話 一人検証(Мダム)と新しい御守りと③
※この小説は自殺を誘導するものではありません。
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「……すみません。ちょっと今混乱してます」
朔夜くんは、そう言いながら困ったように笑った。
「頭の中の整理を兼ねて、状況を説明すると――カン。カンって二回金属音がした後に、誰かいるのかもしれないと思って、先に進んだり、戻ったり、橋の下に繋がる道があるかどうかも含めて、滅茶苦茶に歩き回っていたんですよ」
身振り手振りを交えながら、ゆっくりと説明するのを聞きながら、私は大きく頷いた。
「でも誰も居なくて、やっぱり気のせいだったのかなーって、結論付けて撮影を開始したんですけど……俺、いつの間にか橋の真ん中に居るんですよ。本当はもっと手前に居たはずなのに。……あー、すみません。意味分かんないですよね。俺も分かりません。まるでワープしたみたいだなんて言っても、信じられないですよね」
朔夜くんはまた困ったような顔で笑った。
朔夜くんが居る所よりも斜め上を浮遊している私には、橋の上の状況見えていた。
(今更かもしれないけど、幽霊なのでライトが無くても夜目が効くのです☆)
――そう。視えていたのだ。
誰かが居るのかもしれないと、探して歩き回っていた姿も、一度撮影が中断してしまった
その後、真ん中に向かって歩く姿も、全部だ。
朔夜くんの意思によるものかと思いきや、そうではなかったのだと、私はここで漸く気付いた。
思い起こせば、何かに導かれるかのように、フラフラ歩く朔夜くんの目はどこか虚ろであった。
自分の足で真ん中まで歩いて来たという自覚がないのだから、『ワープしたみたい』という感想になるのも仕方のないことだった。
今までソレに気付かなかった私は、朔夜くんの守護霊(仮)失格である。
ぐっ……。一生の不覚……!
「何でこうなったかは、後でカメラの映像を見て確認したいと思います。それよりも、検証を進めましょう」
カメラを持ち直した朔夜くんは、一枚だけ新品のように新しいフェンスを映した。
「ここだけ隣のフェンスと色が違います。そして、この下――フェンスがあって、直接下を覗き込むことはできませんが、橋の丁度真ん中になっています。……ん?よくよく見ると凹みがある。一つ……二つ?有刺鉄線も歪んでいるように見えます。やっぱり選ぶ所は皆同じなんですね」
ふと朔夜くんの表情が曇った。
朔夜くんはここに来て明言を避けているが……通常の橋に『フェンス』も『有刺鉄線』も必要はない。
それらがあるということは、そもそもこの場所で身投げをする人が如何に多いかを物語っていることになる。
フェンスに窪みを作り、足を掛けて登り、有刺鉄線を取り越えて欄干に降りるのだろう。
身投げをする人は、一番高くて、一番深い『真ん中』を選ぶのだと、私は昔に見た別チャンネルの動画内で霊能力者の人が語っていたのを思い出した。
一番高くて深い場所ならば、誰かに気付かれたとしても、止める手が間に合わず、確実に遂行できるからなのだと言っていた。
そして、吸い込まれるように入りそうな水面は、決して柔らかいわけではない。
水泳の競技の一つである『高飛び込み』を思い出して欲しい。
高さ十メートルの台から飛び込み、空中で回転やひねりを加え、入水するまでの動作の美しさを競う競技である。
落下速度は時速六十キロメートルを超え、入水時にかかる圧力は一トンにもなると言われている。
練習に練習を重ね、オリンピックに出るような選手であっても、入水時に身体のバランスを崩して、大怪我をしてしまうことがある。危険を伴う大変な競技である。
もっと身近な例を上げるなら、体育の水泳の授業だろうか。飛び込み台から、もしくはプールサイドから飛び込みをし、水面にお腹を打ったことはないだろうか?
――因みに、私はある。
首から太腿にかけて真っ赤になるほど滅茶苦茶痛い思いをしただけでなく、飛び込んだ衝撃でゴーグルが外れて意味を成さなくなった状態で泳いだ経験もある。そのために、私は二度と飛び込みをしないことに決めている。
飛び込んだ時に、入水する角度が浅いと身体全体で衝撃を負うことになり、真っ赤になるほどの痛みを受けたり、また逆に角度が深すぎると水底に頭を打ち付けて首の骨を折ってしまったりすることもある。
過去に水泳の授業中に飛び込み事故が発生したことから、現在は飛び込みスタートが原則禁止となっているそうだ。
一般的なプールの飛び込み台でさえも危険が伴うというのに、この橋からダムの水面までは約七十メートルほどの高さがある。
十メートルの高さで一トンの衝撃がかかると言われている。ここはその七倍。
その衝撃を受けた身体はどうなってしまうのか……想像を絶する。その後にダムの中に沈み、水に浸かることによって、更に見るも無残な姿へと変わってしまうだろう。
見つかった遺体は回収され、荼毘に付されるが――自死した人が失うのは、あくまで現世での肉体のみ。
亡くなった時の見るも無残な姿のまま、苦痛が消えることもなく、魂だけの存在となり、成仏することもできずに永遠に現世を彷徨い続けることになるのだという。
そのために、既に死んでいるのにも拘らず、何度も何度も身投げを繰り返し続ける霊が多いのだそうだ。
そんなことを続けても救いはないというのに。
フェンスの上にある『有刺鉄線』は、最後の良心の呵責だ。
痛みで我に返れることができれば、まだ引き返せる。
しかし、心から死を望む人には何の意味も持たないものである。
「この場所で、スピリットボックスをするのは不謹慎かもしれませんが……呼ばれた気がするので、やってみたいと思います」
朔夜くんはトリフィールドメーターの電源を切った後に、大きく深呼吸をしてからスピリットボックスの電源入れた。
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