ここで待っていて
ハスノ アカツキ
ここで待っていて
「ここで待っていて」
公園で遊んでいた少女は、ぬいぐるみにそう言うとどこかへ行ってしまいました。
のどが乾いたようでしたので、水飲み場か自動販売機にでも向かったのでしょうか。
ぬいぐるみは少女に言われた通り、ちょこんとベンチに腰掛けたままです。
風が吹いてきました。
ぬいぐるみは風に揺れながら、まだベンチに腰掛けています。
時折、轟音が響き、突風も駆け抜けていきます。
だんだん、雲行きも怪しくなってきました。
人々も逃げるように通りを走っていきます。
黒々とした雲が空を覆い、いつ降り始めてもおかしくなさそうです。
ぬいぐるみは相変わらずベンチに腰掛けています。
日が暮れてしまいました。
少女はまだ帰ってきません。
公園にも通りにも誰1人いないようで、いやに静まり返っています。
雨も降り始めました。
ぬいぐるみに、ベンチに、激しい雨が降り注ぎます。
ぬいぐるみだけではなく、公園中がずぶ濡れになってしまいました。
ぬいぐるみは雨やどりをすることもなく、びしょびしょになり続けます。
やがて雨もやみ、朝日が出てきました。
遠くでカラスが鳴いています。
ぬいぐるみは夜の間に降った雨をぽたぽたベンチに落としています。
ぬいぐるみと少女はもう会えないのでしょうか。
そのとき、数人の男たちがやってきました。
皆ただならぬ様子で、緊張感が漂っています。
「ここは誰もいないみたいだ」
「そうか、他をあたろう」
男の1人は重い溜め息を吐きました。
ふと、びしょ濡れのぬいぐるみを手にとり頭を撫でました。
「お前も戦争の被害者なんだな」
ぬいぐるみを握る男の手に力が入ります。
「誰か来てくれ! 被害が出ている! 死傷者いるみたいだ」
「すぐ行く」
男はぬいぐるみをベンチに置き、走っていきました。
「お前のご主人が無事だといいな」
こうしてまた、ぬいぐるみは1人になりました。
ご主人の帰りと戦争の終わりを、今も待ち続けています。
ここで待っていて ハスノ アカツキ @shefiroth7
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます