杜若立夏ビギニング!
小学生時代、俺は自分が世界で一番サッカーが上手いと思っていた。
ドリブルもシュートもチームの誰にも負けなかった。
試合でも俺を中心に作戦が考えられていたし、富良野市で一番を獲ったこともある。
しかし、中学に上がって、自分は井の中の蛙だったと思い知らされた。
向こうは覚えてないだろうが、中一の時、釧路の雪兎のチームに負けた。
俺が一点も取れない中、雪兎はハットトリックを決めた。
初めて勝てないと思った。
絶望はしたが、サッカーを辞めようとは思わなかった。
そして二年の時、打倒雪兎を掲げて挑んだ大会で旭川の真葛のチームに負けた。
雪兎どころか、その辺の奴にも負けた。
それで、俺の心はぽっきりと折れた。
サッカーを辞めて、元々好きだったゲームの世界に熱中するようになった。
どうすれば異世界転生で無双できるかをいつも考えていたし、自分オリジナルの技や武器を考えていたりした。
サッカーを辞めようとサッカー部のない私立毬藻高校を選んだはずだったが、そこで俺の運命を変える再会を果たす。
「おいおいおい、立夏ちゃんよお。お前、チビのくせにオプション付きの部屋なんて金持ちだなあ。ちょっと俺らに分けてくれよ」
入学式と最初のホームルームが終わって、寮に戻ろうとする時だった。
体育館裏で典型的な不良二人にたかられていた。
オプション付きの部屋とは、特別料金を払うことで、一人部屋、冷暖房完備、テレビ付きというサービスが受けられるものだ。オプション付きはごく少数で、当然、他の寮生からは羨ましがられる。
「フッ、五月蝿い蠅共だ。俺の必殺技ダークフレイムで蹴散らしてやろう」
「ハッハッハッ、何だそれ、出してみろよ、中二病ちゃん」
「ダークフレイム~」
勿論、黒炎が出るはずもなく、俺は不良に首根っこを掴まれてしまう。
「クッ」
「入学式の片付けサボってたら、こんな所で典型的な不良が可哀想な新入生をいじめてる場面に遭遇しちゃったよ」
「てめえは冬月雪兎!」
不良Bが雪兎に殴りかかろうとするが、雪兎は、それを軽くかわし不良を転ばせる。
不良Aが俺を放し、雪兎に向かっていく。
雪兎は何処で学んだのか回し蹴りで不良Aを気絶させる。
「ひえっ」
起き上がった不良Bが雪兎に倒された不良Aを見て逃げ出す。
「大丈夫~、新入生君?」
「あ、はい……」
「僕は冬月雪兎。君と同じオプション付きの部屋に住みし者……」
雪兎は適当な中二病ポーズを取って名乗った。
「俺は杜若立夏、です。……マスターとお呼びしてもいいですか⁉」
「いいよん」
これが俺の高校生活を決定づけた瞬間だった。
「マスター、そういえば何故サッカー部のない高校に?」
まさかサッカー部のない高校で再会するとは思ってもみなかった。
「まあ、僕もそう思ってたんだけどねえ。サッカー部始まるみたいよ、今年から本格的に」
「えっ」
サッカー部のない学校への入学理由については軽くかわされた。
「マスターは入部されているんですか?」
「強制入部させられた~」
少し嫌そうに答える雪兎に不安を覚えた。
何故かは分からないが雪兎はサッカーを嫌いになったのではないかと思ったからだ。
中学の頃、雪兎は天才天才ともてはやされ、全国制覇2回に国際親善試合の優勝を成し遂げた。そんな雪兎に強豪校からのスカウトが来ないはずがない。それを蹴ってまでサッカー部のない高校へ進学した。もうサッカーはやりたくないのではないか。何故かは分からないが。
「ああ、そうだ、良かったら君も一緒にサッカーやらない? さねちーからスカウトしてこいって言われてたんだよね」
それは思いもよらない誘いだった。
俺はサッカーを一度辞めた人間だ。
打倒冬月雪兎を掲げていたが、まさか本人から一緒にサッカーをやらないかと言われるなんて……。
迷いは一瞬だった。
「やりたいです、マスター!」
「よし、スカウト成功! じゃあ、さねちーのとこ行こう!」
「さねちーとは?」
「うちの軍師」
そしてサッカー部の部室に連れて行かれた。
「この子が僕の僕(しもべ)になりたいんだって~」
「この杜若立夏、マスターのサーヴァントとして、一生お仕えすることを誓います!」
「え、何、サーヴァント?」
「あああああああ、真葛秋人!」
俺がサッカーを辞めるきっかけになった人物が、そこにいた。
「えっと、君は……」
「2年前の北海道大会2回戦! 富良野第二中学の杜若立夏を覚えているか⁉」
「ああ、富良野第二の杜若立夏か。良い選手をスカウトしたね、雪兎君」
真葛がこんな俺を覚えていて、良い選手と言ってくれたことは嬉しかった。
それから俺はサッカー部に入り、真葛にしごかれたり、雪兎の使い魔(パシリ)として黒歴史を順調に重ねていくことになる。
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